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珈琲の大霊師109

 さっき外したレンガの先には、石レンガの通路があった。松明や灯りの類は一切ない真っ暗な空間だ。

 辺りをぐるりと見回すと、カツーンカツーンという固い音が響いてくる方向があった。地下では風も殆ど吹いていない為、ツァーリでも火をつけない限り辺りを見る事はできない。とはいえ、こんな秘密の通路で火をともしたら確実に相手に警戒される。

 よって、二人は音を頼りに進むしかなかった。

 音は段々遠ざかっていくようだった。

 二人は時折壁にぶつかりながら姿を消してその後を追った。

 必死の追跡の甲斐あって、やっと二人は靴音の主を見つける事ができた。

 二人は、その顔に見覚えがあった。それも不思議ではない。彼は、牢屋の罪人たちの任期や食事を管理する看守の一人だったのだ。左手に松明を持ち、右手にはバスケット。その盛り上がりから、中味は食料であろう事が見て取れた。

 二人は姿を消して看守の背中にぴたりとくっついて、着いていく事にした。

 道は真直ぐ一本道で、所々に扉があった。が、何の為に扉があるのか理解に苦しむ構造だった。1本道の通路に、ただ扉だけがあるのだ。部屋も何もない。まるで、侵入者を拒むかのよう。

 看守はその扉の鍵を一つずつ外し、扉をくぐったらすぐに鍵をかけてから先に進んだ。

 そして、サウロ達が降りた場所から数えて6つ目の扉を開いた先には、唐突に明るい空間があった。

 眩い金色の装飾の数々がまず目に止まった。そして、豪華な天幕付きのベッド。そのベッドに、一人の老人が座っていた。

「国王陛下、お食事をお持ちしました」

 看守はその老人に跪き、恭しく一礼したのだった。

「外の様子はどうだった?」

「はっ、相変わらず厳重な警備です。王宮の中の人間は、そろそろこの厳重な警備がおかしい事に気付き始めた模様ですが、将軍命令を跳ね返すだけの理由が無い為、この状況はなし崩し的に続きそうであります」

「上は変わらずか。リフレールの噂は無いか?」

「この所はとんと聞きません。陛下は、随分リフレール様の事を気にかけておいでなんですね」

「あの娘が、この状況を黙って見ている訳が無いからな。これは勘だが、例の第8師団アーファクテの怪はリフレールの仕業ではないかと思っているのだ」

「アーファクテの怪が……でありますか?」

「うむ。人の意表を突くのはリフレールの十八番だからな。噂では、どこぞの外国に救援を求めたと聞く。あの娘なら協力を取り付けるだろう」

 老人は、ニヤリと笑ってそう言った。アーファクテの怪とは、サラク軍とツェツェ軍が出くわした広大な規模の幻術あるいは、霊障の事を示す。当然、リルケの事だ。

 サウロは、ここまでの会話でこの人物が誰であるか見当がついていた。

 前サラク国王。リフレールの叔父、エルサール=サラク。武王として恐れられた、サラクの雄だ。リフレールの話によれば、戦闘で毒を受けて以来病に臥せっているはずの人物という事になる。

「第8師団には、あれの乳兄弟クルドがいる。合流するのは当然の流れだ。タイミングも出来すぎているから、恐らく外国でクルドの危機を知って救援に行ったのだろう」

「では、今噂が聞こえないという事は……」

「準備中か、秘密裏に行動しているのだろうな。サラクは、どんなに砦を落としても首都を落とさねば意味が無い。次は間違いなく、ここサラクシューだろう」

「さすがは陛下!では、その時の混乱に乗じて脱出ができますな!」

「いや、このくらいの事はドグマも考えているだろう。だからこそ、絶対にこの俺を外に出すまいと過剰とも言える警備網を敷いているのだ。ドグマの手腕も鮮やかなものだ。俺が抜け出したその日にこの警備網を完成させたのだからな」

「ですが、このような無理、いつまでも続くものではありますまい」

「その通りだ。ドグマのやつめ、今頃じりじりと焦っている頃だろう。ふっふっふ、ドグマが勝つかリフレールが勝つか見物だな」

「まるで他人事のような事を……」

「より才のある者が国を治める。これは当然の摂理というものだ。俺が毒を受けたのも、そこに付け込まれたのも才が足りなかったからに過ぎない。ドグマが優れた統治者になるなら、王位を譲ってもいい」

「そのような!!あやつは、陛下を!!」

「自分の事よりも、より良い国の事を考えるのが王の責務だ。だから、ドグマにその力があるなら俺は祝福してやろうと思っている。だが、まああいつは顕示欲が強すぎる。自分の為に国を振り回すだろうからな。俺は、リフレールに付く。その上でドグマに敗北したならば、潔く国を譲る。そういうことだ」

 さっぱりと言い切るエルサール前王を前に、看守は何も言えなくなってしまった。

「……むむむ」

「ところで、君」

「はっ」

「いつから背中にペットを飼うようになった?」

「はっ?」

 サウロは戦慄を覚えた。姿を消しているにも関わらず、王の視線が真直ぐ自分達を捉えているのだ。

 歴戦の勇士というものは、かくも気配に敏感なものか。王の視線は厳しくはないが、おかしな動きをすれば即座に敵に回るだろう覚悟が見て取れた。置いて病に倒れてても、エルサールは武人なのだった。

 サウロは、少し考えて決断し、姿を現した。ツァーリがびっくりして手を引っ張るが、サウロは動こうとしない。

 王の目が丸くなる。どうやら、サウロは意外な客だったらしい。王の視線に気付いて看守が自分の脇のあたりを見てわっ!と飛びのく。

「姿を消しての訪問、失礼した。俺は、リフレールと契約した水精霊。名はサウロという。あなたの名前を聞いていいだろうか?」

「ほう」

 王は面白そうに笑った。サウロの不遜な物言いに対しての興味だった。先ほどから会話を聞いているのなら、エルサールが何者であるか見当がついているだろうに、態度を改めようともしない。

「面白い。俺は、エルサール=サラク。以前、この国の王だった。リフレールの叔父に当たる男だ」

「やっぱりそうか。俺は、リフレールに言われて王都の調査に来た。あなたの事は知らないで来たが、リフレールもこれを知ったらあなたを脱出させるよう動くと思う。だから、問う。俺は、あなたをここから抜け出させる事ができる。あなたは、どうしたい?」

 全く敬意を感じない、自分とエルサールが対等であるかのような物言いで、サウロはそう言った。

「お、おい貴様口の利きかたを!」

 看守がサウロに噛み付こうとするのをエルサールは笑って制した。

「ッフフフフ、フッハハ。聞いたか君、噂をすれば影というやつだ!リフレールが早速やってくれたぞ。無論、俺はここから出て行きたいとも。サウロといったか、是非とも頼む!もちろん、リフレールと契約した精霊だ。安全に送り届けてくれるのだろう?」

「当然だ。任せて欲しい」

「任せた。準備もあるだろう、俺はいつもここにいるからな。都合が付いたら来てくれ」

「分かった。他に連れもいるんだ。連れて来てもいいか?」

「味方だろう?当然良いとも。見つからないように、上手くやってくれ」

「……信頼には結果で応える。近い内に、また来る」

 サウロはそういい残してきびすを返した。ツァーリは展開の速さについていけなかったが、手を引っ張られてそれに付いて行くのだった。

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