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珈琲の大霊師126

「体に力入らないだろ?俺はいらないって言ったんだがな、リフレールも心配性でな。悪く思わないでくれよ」

「……殺された所で文句も言えぬ立場だということは理解している。俺は、負けたのだからな」

「物分りが良いってのは有り難い。……ん~~、もう少しかかるか」

 男が少女の方を振り向いて、何やら手元を見ている。

「はい」

「そうか。じゃあ、とりあえずは自己紹介といこう。俺はジョージ=アレクセント。こっちは、モカナ=アラビカだ。他の連中が忙しいんで、俺達があんたに状況を説明する役目を仰せつかったって所だ」

「リフレールの傍にいる男、という事は聞いている。……状況を話した後でいいが、リリーの事を聞かせてもらえないか?」

「そっちも話す予定さ。まず、あんたの扱いなんだが、基本的にここまで裏でやってきた事は不問にされるとさ」

 !?バカな!!
 
「なんの冗談だ?家臣でありながら、国を裏切り、王の信頼を裏切り、王家の簒奪を狙った男に、何の処罰もしないというのか?」

「ああ、リフレールも同じような事言ってたぞ?それこそ、今回の件で一番苦労したのはリフレールだったからな。それに、筋としても周りにしめしがつかないと言ってたっけな」

「当然だろう。むしろ、エルサール王とバドル王が何を考えているのか理解できぬ!」

「いや、喜ぶ所じゃないのか?何はともあれ、あんたにとっては都合が良いだろう」

「……裏があるのだろうが」

「まあ、あると言えばある。が、あんたが考えてるような事じゃあないな。今回の件、出費は安くなかったが、結果的には収穫の方がよほどでかかったっていうのが、あの兄弟王の意見らしい」

「収穫?」

「リフレールだよ。エルサール王が倒れてからの苦境が、リフレールの行動に主体性を持たせ、王としての成長を促した。あんたっていう敵が存在したからこそ、リフレールは王としての才能を開花できたって話さ。確かに、あいつがこれまでやってきた事を項目で挙げると、大した実績なんだよなぁ。実際は、あいつ一人の力じゃないんだけどな。まあ、結果的に巡り巡って兄弟王は、次代を任せるに足りる後継者を見つけられたってわけだ。王次第で、国は傾く。そう考えれば、本来どんなに金を積んでも手に入らない物が、あんたのおかげで手に入ったって事になる」

「……結果論だろう。それは」

「その通り。まあ、それに死人がいなかったってのも大きいな。これも偶然だが、あんたはエルサール王を殺さなかったし、アーファクテ砦に送った討伐軍も死者無し。だから、あんたを恨んでる人間がそもそも少ないし、恨んでる人間は大抵エルサール王の側近連中だったからな。そのエルサール王が、『リフレールは偉大な女王となる。これも、ドグマのおかげだ』と公言してるからな。あんた、運が良かったな」

「……あの二人に、そうまで言わせる程、リフレールは偉業をやってのけたというのか?俺は、ここまでのリフレールの動きは断片的にしか知らないが、実際どんな事をしてきたというのだ?」

「そうだなぁ。まず、単身マルクの水宮に乗り込んで、水精霊と契約。水宮の全面的な協力体制を得ただろ?次に、『鋼の鎧』をサラク軍のリフレール私設軍として編入。ビヨンの駐留部隊になった。当然、ビヨンの街も元通りサラク領内だ。次に、包囲されていたアーファクテ砦を解放して、王国軍とツェツェ軍を死者無しで撤退させる。次に、ツェツェと友好条約を結んだ。……まあ、先もあるんだが、十分過ぎるだろ?」

 何だ?何を言っているんだこいつは。そんな御伽噺のような事があってたまるか。マルクとは、前戦争から長い確執のあった間柄だ。それこそ、何世代もかけ、国交を正常化させていかなければならぬ、サラクの歴史の汚点の一つ。それを、全面的な協力だと?どんな魔法を使えば、そんな事が実現できる!?
 
「待て。いや、待ってくれ。少し、状況が把握できない。整理する時間をくれ」

「……まあ、だと思ったよ」

「助かる」

 俺なら、どうか?マルクとの国交正常化……俺が仮に王になったとして、そんな事は元より時間のかかるものとして後回しにしていただろう。恐らく、俺の代で国交が正常化する事は無かっただろう。それを、リフレールはどんな魔法を使ったのか知らないが、この短期間でそれをやってのけた。
 
 次も、信じがたい。『鋼の鎧』が、今はサラク軍としてビヨンを守っているというのか?あの『鋼の鎧』がだと?それが、どれだけの利益になると思っている。その事実だけで、むこう20年サラクはどこからも攻められない。いや、どんな大軍が来ようが、負ける事は無くなるだろう。
 
 更にはツェツェだと?山奥の少数民族と侮ってはいたが、サラクと組むとなれば話は違う。軍事的な技術力をサラクから導入すれば、ツェツェ族の戦士達は大陸最強の部隊となるだろう。
 
 だが、どうやった?ハーベン王は話の分かる王ではあるが、近代化への忌避、戦闘民族ならではの強者への不服従など、民族としての性格が邪魔して実現は難しいとされてきたというのに。
 
 どうやったにせよ、それはリフレールが王だったとしても偉業と呼ばれるだけの実績だ。そんな王を次代に迎えられるとなれば、確かに俺がしてきた事程度は安いものだと言えるかもしれないな。国が一番のエルサール王の事だ。自分が味わってきた苦痛や屈辱など、もう忘れて、リフレールの成長を心から喜んでいるのだろうな。
 
「信じられないかもしれないがな。対外的には、全部リフレールの実績だな。ま、リフレール一人だったら、最初の水宮の時点で暗殺されてたかもしれないがな」

「……お前は、詳しいのだな」

 この男は、余程傍でそれらを見てきたに違いない。

「まあ、あいつが水宮に最初に乗り込んだ時からの仲だからな。これを言うと毎回あいつは怒るんだが、あいつ最初は水宮を脅して精霊を手に入れようとしてたんだぜ?」

 ……ああ、それは俺の知るリフレールだ。それが、どうなれば友好に繋がるというのか。
 
「俺から言わせて貰えば、リフレールはとにかく運が良かったとしか言えねえな。ぶっちゃけ、殆ど珈琲のおかげじゃねえか?」

「ジョージさん、それは言いすぎですよ。それに、ジョージさんがいたからだとボクは思います」

 少女は照れ臭そうに笑ってそう言った。コーヒー、という単語は始めて聞くな。
 
「その珈琲というのは、何だ?」

「ん?ま、すぐに分かるさ。そうだ、あんた、タバコはやるのか?美味い物は食ってるだろうな?」

 妙な事を聞く……。
 
「これでも王族の端くれだ。それなりに舌は肥えていると思うが……タバコは、苦手だ」

 リリーが、嫌いだからな。
 
「そうか、そりゃあ楽しみだ」

 何をそんなに楽しそうに笑うのだ?この男は。
 
「何がだ」

「あんたの、反応がさ。どうだ?」

「……はい、できました」

 モカナといったか、少女がジョージにカップを手渡すのが見えた。
 
 ?何だ?嗅いだ事の無い香りがする。
 
 これは、何か、焦げた時の香りに似ているが、違う。もっと、複雑で、何だ?カップということは、これは飲み物だ。それは分かる。だが、こんなものは知らない。
 
 何だ、この頭が痺れるような香りは。何故だ、ぐいぐいと引き摺り込まれるような……芳ばしい香り。
 
 まさか、魔術の類か?
 
 警戒しようにも、心が緩む。こんな事は初めてだ。頭で、体が制御できなくなる……など……。
 
 気付いた時には、手がカップを手に持っていた。

 爽やかな酸味と、チリチリと舌を踊る苦味、鼻腔をくすぐる轢きたての珈琲豆のアロマ。後から頭をもたげる濃厚なコク。

 ドグマが始めて体験する珈琲は、本来異なるはずの個性がバランス良く混じり合い、七色の流れとなってドグマの感覚を瞬く間に埋め尽くした。

 思わず目を閉じて神経を集中したドグマの脳裏を翳めるのは若き日の思い出。不思議と郷愁を誘う香りに包まれて、ドグマは立ち止まり、ゆっくりと過去の虚像の中へと浸っていった。

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