珈琲の大霊師129
「これは、不思議な飲み物だな。深い味だ。落ち着く。俺は、苦いものが苦手なのだがな」
「らしいな。彼女に聞いたぜ?あんた、甘党なんだってな?」
「なっ!?リリーが言ったのか?」
「ジョージさん、リリーさん内緒にしてって言ってましたよ?」
「あ、そうだっけ?まぁ、寝てるあんたの側で、そう、そこの椅子に座ってさ、穏やかに笑いながら、のろけられたぜ?あんたが、男で、しかも国の乗っ取りなんて大層な事をしてるってのに甘党ってことがバレるの恥ずかしがってて、可愛いとかな」
「かっ、俺はリリーにそんな事を言われた事は無いぞ。貴様、嘘をついたな!?」
「あんたに言えるわけねえだろー?怒られるに決まってるからな」
「むっ……。そうだ、リリーだ。リリーは、どこにいる?」
「彼女なら、今頃関係者に改めて謝って回ってるぞ。ありゃ、本当に良い女だな」
「リリーが謝る必要などない。……それは、俺がやるべきことだ」
「俺もそう言ったんだがな。それでも、けじめをつけたいんだとさ。何て言うのか、あんたがよっぽど大事なんだな」
「………俺、は……」
「ま、色々思う所はあるだろうけどよ。彼女から、あんたの目が醒めたら渡してくれって。ほら」
そう言って、ジョージは足下のバスケットをドグマに手渡す。
ドグマが、バスケットにかかった布を開くと、そこには見慣れた菓子がずらりと並んでいた。
焼き菓子、果物の砂糖煮、ケーキ等、一口で食べられるよう工夫を凝らした、多種類の菓子がそこには入っていた。
「ほわぁぁ……。綺麗ですね~」
モカナが目を輝かせてバスケットを覗き込んだ。
その横顔を見ながら、ジョージは思った。
(こいつも、甘党なんだよな。狙ってる狙ってる。気を付けろードグマさんよー)
当のドグマも、必要以上に接近してくるモカナから、何かの圧力を感じ、少しだけのけ反るのだった。
「……食べたいのか?」
「食べていいんですか!?」
聞くまでもない。涎が垂れそうになって、モカナは慌てて上を向いた。
「……この珈琲は、お前が淹れてくれたのだったな。甘いものは好きか?」
「はい。大好きです」
「そうか。お前は苦い物も甘い物も好きなのだな。……本来、リリーが作った菓子は全て俺の物だが、珈琲の礼だ。どれでも好きなものを食べろ」
「ドグマさん、良い人ですー!!」
目を輝かせて、バスケットを覗き込むモカナ。
「……良い人と言われたのは初めてだな」
ドグマにとっては新鮮な響きだった。つい気を許して、穏やかな気持ちになる。
それを、横からジョージがニヤニヤと見下ろしていた。
「どれが一番甘いんですか?」
「ふむ、そうだな。……本来は俺の好物だから、絶対他人にはやらんのだが、特別に、そこのケーキをやろう。ラクダのチーズと、ヤギのミルクを泡立てて砂糖を混ぜたクリームとかいうものを塗ったケーキだ。生地には胡桃や様々な種を練り込んである。リリーの芸術品だ。甘いだけではないぞ」
と、誇らしげにモカナに話すドグマは実に無防備で、ジョージはこのドグマという男の固めた仮面の向こう側が見えたような気がした。
「じゃあ、半分こしましょう!!」
「む?なんだ、そのはんぶんことは?」
「プッ」
思わずジョージは吹き出しそうになって、口元を押さえた。
「……何かおかしいか?」
無知を笑われて、あからさまに不機嫌な顔をして、ドグマが睨み付ける。
「ブフッ、いや、確かにあんた王族だもんな。そりゃ知らなくても不思議は無いんだがな。ヒヒッ、やべ、ちょっとツボ入った」
「はんぶんこは、半分にして、二人で食べましょうって意味ですよ?」
「……ほう。知らなかった。そうか、庶民ならば当然そういうことはあるのだな」
「そうだな。王族のあんたは、分けて何かを食べるなんて事無いだろうしな。あんた、一人っ子だろ」
「確かに、兄弟姉妹はいない」
「それなら余計縁は無いだろうな。俺なんて、10人以上の兄弟と飯を分けるなんて当たり前だったけどな」
「………なるほど、孤児院か」
「さすがに察しがいいな」
「ふむ。……待て、それを手で割ろうというのかお前は」
「ふぇっ?」
他にどんな方法があるの?と言わんばかりに目を丸くして、モカナはケーキに伸ばしていた手を引っ込めた。
「そのケーキは柔らかすぎて、手で割ることはできん。少し待て」
と、ドグマは懐から可愛いリスが彫ってある銀製の、刃の無いナイフを取り出した。それがまた似合わなくて、ジョージは吹き出すのを必死でこらえた。
「わぁ、可愛いナイフですねー」
「……そうだろう?リリーがな、誕生日に俺に贈ってくれたものだ。賢明だなジョージ=アレクセント。俺は、このナイフを笑った者に、情をかけた事は一度も無い」
ピタリと、ジョージの笑気が治まる。ドグマからの殺気に怯えたのではなく、ドグマがそれをどれだけ大事にしているか分かったからだった。そこには、大切な思い出があるのが分かったからだ。
ドグマはそのナイフを器用に使い、片手に収まりそうな小さなケーキを二つに切り分け、一つをバスケットに入っていた薄い紙に包んでモカナに渡した。
「ほわぁ~。ジョージさん、見てください。この切り口、すっごく綺麗ですよ!」
モカナが見せたケーキの断面は、大きく3層に分かれていて、それぞれ食感を楽しむための工夫が見てとれた。
「おー!……おい、本当に美味そうだな。クリームってのは見たこと無かったんだが、こんなもん、どうやって作るんだ?まるで、きめの細かい雪みたいな。あんたの彼女は、本当に菓子作りが上手いんだな」
貿易都市マルクは当然各国からの品が集まる土地柄で、自然と幅広い商品を手に入れる事ができるのだが、そこで長い間生きてきたジョージにも、このバスケットの中にある菓子は初めて見る物ばかりだった。
「ふふん。当たり前だ。こんな見事な菓子は、サラクではリリーしか作れないぞ?毎年、各国の菓子職人を逗留させ、リリーに教えさせているのだ。俺の収入の半分はそれで消えるが、フッ、安い投資だ。貴様も食べれば分かる。そうだな、貴様にはこの焼き菓子をやろう。中に果実を乾燥させた物が入っていてな。どんな果実かは食べてからのお楽しみという物だ。ただ美味いだけでなく、いかに楽しく食べられるかまで考える。これがリリーの『午後3時の心得』というやつだ」
凄まじく饒舌。なんという堂々としたノロケ。なんて得意気に恥ずかしげも無く話すんだこいつは。と、ジョージは急にドグマに親しみを感じた。
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