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珈琲の大霊師261

「で、ですね。ここで引き上げるんです。」

 そう言いながら、モカナは黒く沸騰する鍋から亜麻の布袋を引き上げる。布袋に焙煎粉砕した珈琲を入れ、沸騰した湯の中に入れる抽出方法は俺が考案したものだが、既にモカナの方が使いこなしてる。

 モカナがそれまで淹れてた、鍋でそのまま粉砕した珈琲を煮出して、上澄みを掬う方法は後始末が面倒だし、どうしても破片の中に残る珈琲がもったいない。

 要するに湯に漬ければいいわけだから、湯が中に入る布で包んでやりゃあいいんじゃないかと思って編み出した方法だったわけだが、これがなかなか便利だ。

 なにせ、焙煎して冷めたら布に入れて持ち歩ける。あんまり放っておくと不味くなるんだが、湿気に気を付ければ結構もつ。大体、毎日淹れるから悪くなるのは稀だしな。

 この方式だと、纏めて炒っておいて、好きな時に湯さえ沸かせば袋を漬けるだけで珈琲が飲める。便利だろ?俺天才じゃねえかと思った瞬間だったぜ。

 しかも、この方法だとすっきりした味に仕上がるんだよな。最初の何杯かは布の味が出ちまうんだけど、その内布自体が珈琲っぽくなってって、気にならなくなるんだよ。

 とはいえ、今のところ一番旨いのはやっぱりモカナとルビーの合作、精霊抽出法なわけだが。あれは一般人には真似できないから比較対象にはしない。

「へぇ~~~。簡単なんだねぇ。うちも出してみようかね」

 と、感心しきりなのは宿の女将。宿の台所を担うだけあって、モカナの珈琲に興味を持ち、宿泊費をまけてもらう対価に珈琲を教えてる。

 簡単に見えるんだろうなぁ。焙煎はまだ教えてねえし。果実の頃から考えると、かなりの手間をかけてるんだがな。そうは見えないよなぁ。

「それ、とっても良いと思いますよ!!この辺りは景色も良いですし、風の通りも良いですし、外でここの景色を見ながら珈琲を飲む時間が、ボク大好きなんです!」

 これは全く同感だ。この村で飲む珈琲は美味い。だだっ広い山の裾野の景色は雄大で、麓を見れば遠く海が望める立地だ。机と椅子を外にだして、景色を眺めながら一杯やる。実に贅沢な時間だぜ。

「でも、その豆ってどこで手に入るんだい?私ゃ、見たことないんだけどね」

「その豆は、ある一部の地域の特産品でな。俺は、その豆を取り扱ってる商人でもあるんだな、これが」

「へえ!そうだったのかい!じゃあ、あんたの所から仕入れさせてもらうよ。この1杯分でいくらだい?」

「そうだな、産地とブレンドにもよるんだが・・・・・。安いのは・・・まあ、大体このくらいだな」

 と、サラサラと木炭で紙に値段を書くと、女将がうーむと唸る。

「安かないねぇ・・・・・。エールより大分高いじゃないか」

「まぁな。今のところ、俺達しか扱ってないからな。生産体制も確立されてねえから、まだ量が少ないんだよ。ま、金持ち用だな」

「うーん・・・・・・その値段だと、酒でいうなら一週間で2、3杯出るか出ないかの金額だよ?となると、ナマモノだし、日持ちしないだろう?」

「と、思うだろ?ところがだな、この豆は炒る前の生豆って状態だと、年単位でもつんだよなぁ」

 とは、モナカの知識だ。本当にそんなにもつのか、正直俺は心配してるんだが、モカナが自信たっぷりに言うって事は間違いないんだろう。

「年単位でかい!?そりゃあ・・・・・・悪くないねえ」

「だろ?ま、初回は世話になってるし安くしとくから、一度仕入れてみちゃどうだい?」

 どうせ、最初はうまく淹れられなくて失敗するに決まってるしな。

「か~っ、商売上手だねえ!!そんじゃ、まずはこのくらいの量からお願いしようかねえ」

 と、女将も木炭で紙に量を書く。妥当な、お試しサイズというやつだ。

「承り!!そんじゃ、おまけしてこの道具も作ってやるよ。俺の手作りだけどな」

 実は、この道具が最大級のサービス品だってのは、ガクシュから客が来るようになって初めて分かるんだろうな。その事を聞かされた時の、女将の顔が今から楽しみで仕方ない。

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