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珈琲の大霊師113

 顔を真っ赤にして蹲っているリフレールを尻目に、ジョージがその肩をぽんと叩いて立ち上がり、エルサールと対峙した。

「リフレールの知り合いか?悪いな今……あんた、何者だ?」

 言葉の途中で、ジョージは何かに気付いたように目を細めた。

 それに興味を抱いたエルサールは、リフレールが色ボケしていた衝撃から立ち直って、興味の対象をジョージへと移す。

「俺か?俺は、その娘の親戚だ。職業は、まあ元軍人といったところか」

 間違ってはいない。もし、身のこなしや立ち姿でエルサールを戦士だと思ったのなら、それで騙されるはずだ。

「へえ……リフレールの親戚ってことは、王族か。将軍でもやってたの……ん?」

 また途中で言葉を切った。エルサールは、期待に胸を膨らませた。

「……まさか、いや、それなら辻褄が……」

「?どうかしたさー?」

 外から一瞬、聞き覚えのある声が聞こえた瞬間、ジョージの思考のパズルがかちりと揃った。

「……!!失礼しました。前王、エルサール=サラク様ですね?」

 ジョージは素早く跪いた。

 エルサールは、嬉しそうに満面の笑みを浮かべて、ジョージの肩に手を置く。

「見事!!流石はリフレールが認めた男だ!慣れない言葉など不要。俺は、昔王だっただけの男よ。対等に話そう、な?」

 こんな親しげにしようとするエルサールを、リフレールは初めて見たのであった。

「叔父様、これは一体どういうことなのでしょうか?叔父様は、病で動けないはずだったのではないのですか?」

 恥かしさを隠すように話題を切り替えようとするリフレール。

 からかいたいのは山々だったが、まずは用件が先とエルサールはあぐらをかいて、入り口の方を振り返った。

「うむ。それを話すならば、ルビーもおらねばなるまい?ルビーも入れ」

「ほいさ。それじゃ、二人とも行ってくるさ」

 ルビーは、サウロとツァーリにそういい残してテントに入って行った。

「?何だ?俺は入れないのか?」

 サウロが首をかしげる。

「…………」

 きょとんとするサウロに、バツの悪そうなツァーリ。その手は、ギュッと握られていた。

「まあ、後でリフレールから聞けばいいんだけど。しかし、長かったな。お前も疲れただろ?」

「へ?あ、う、うん」

「もう、手を離してもいいんだぞ?この距離なら、もうリフレールの領域内だからな」

「……うん」

 唇をギュッと噛むようにして、ツァーリは俯いて、一瞬手の力を抜いたが、またギュッと握ってしまった。

「?どうした?」

「……別に、なんでもないんですけど……」

「離さないのか?」

「……離して欲しいわけ?」

 と、ツァーリに睨まれてサウロは何が何だか良く分からなくなって、首を捻った。

「欲しいとか良く分からないが、もう繋ぐ必要はないだろ?」

「そうですけど~?だから、何?」

「いや、何って……良く分からない奴だなお前」

「むむ……」

 ツァーリは、イラついたように繋いでいる手を上げて、一気に振りほどこうとするようなそぶりを見せた。サウロは、それが何を意味しているのか全く分からずに、されるがままになっていた。

 頭の上にまで振り上げられた手は、しかし振り下ろされる事は無かった。

 自分から振り下ろす勇気が、ツァーリには無かったのだ。

 手の中の安心感を、そぐそこにいる認めてくれる存在を、自ら振り切る事ができなかったのだ。

「良く分からないな。お前、手を離したくないのか?」

「そ、そんなわけ……」

 二の語が告げない。

「…………ああ、そうか。ずっと繋いでたから、落ち着かないのか?」

「え?」

「なんだかんだで、1ヶ月近く手を繋ぎっ放しだったからな。急に一人になるのが心細くなったのか?」

「あ、えっと、う、あ」

 そんなに弱くない。と、跳ねつけたくなる心と、このまま手を繋いだままでいたい心がせめぎ合い、ツァーリは言葉を失った。

 少しして、ツァーリは、ただ首を縦に振った。

「そうか。……なら、今日だけだぞ?」

「?」

「俺も、帰ってきた以上リフレールとの契約があるからな。戻らなきゃいけないが、お前には世話になったしな。今日一日くらいは、手を繋いだままにしようか」

「……いいの?」

「期待以上の成果を上げて来たんだ。そのくらいの希望は叶えてもらう。で、傍にいるだけでいいのか?」

「うん」

 傍に居るだけで、いい。

 そう言おうとしたのを、ツァーリは飲み込んで、手の平の感触だけに神経を集中させた。

 まるで、既に自分の一部のように感じられるそれは、ひんやりとしていて、ツァーリの手とは対照的だ。

 最初はあれだけ嫌だった水精霊が、自分の中でこんなに大きな存在になるとは予想だにしなかっただろう。

 ツァーリは、明日になったら手を離そうと心に決めた。だから、今日だけは隣にいるこの無愛想なのに不思議と思い遣りのある水精霊に甘えよう。

 そう思った。ツァーリの柔らかい、安心した微笑を横目に、サウロはやはり良く分からないといった風に顔をしかめているのだった。

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