見出し画像

珈琲の大霊師122

 そして、前日。

「……やべえな。納得できねぇ」

 ぐったりと椅子にもたれかかるようにして、ジョージは呟いた。その横では、モカナが椅子の足に背中を預けて眠そうに頭をこっくりこっくりとしていた。

「やれる限りはやった……やったが、どうにも納得いかねえ……。マルクから持ってきた豆も、今回の用件には弱すぎる。くそっ、マルク製は酸味と苦味はあるが香りは微妙だし、ツェツェ製は香りだけで味が薄いときてる。こりゃあ、間に合わねえかもしれねえ」

 連日、根をつめて研究を続けただけあって味は当初に比べてかなり向上していたが、それでも二人が求める基準には至っていなかった。

 それなのに、明日には会談が行われるのだ。恐らく、この数年サラク国内で最も重要な会談が。

 そこに珈琲の魔力を使おうと言い出したのは、他でもないジョージだ。マルクで一度経験している珈琲の力を持ってすれば、会談を上手く成立させられると踏んだのだ。

 だが、ここに来てその魔力への自信が揺らいでいる。今のままでは、嗜好品の域を超えられない。そんな気がするのだ。

「くそっ、どうすりゃぁいい」

 呟きはするが、もう頭もまともに働かない。

「はっ、……ボク、寝ちゃってましたか?」

 ジョージの声に反応して、モカナが目を覚ます。つたない足取りで立ち上がり、おもむろに珈琲豆の入った袋の前に座り込んだ。

「お、おい、モカナ、大丈夫か?」

「……はい?あ、はい。大丈夫です。珈琲は、凄いんです。ボクも、ジョージさんも、夢中にさせるくらい凄いんです。だから、ボクは、作ります」

 明らかに寝ぼけながら、それでも慣れた手つきで珈琲豆を加熱容器にザラザラと手で掬って入れている。体が覚えているのだろう。
 その様子をぼーっと見ていたジョージは、モカナがよろけそうになったのを見て慌てて立ち上がり、脇に手を差し込んで体を支えてやった。

 体が傾いたせいで、モカナの手は途中で隣の珈琲豆の袋に突っ込まれてしまったが、二人は全く気付かなかった。

 恐ろしい事に、寝ぼけながらでもモカナの作業はあくまで正確だった。少し深めに豆を炒り、すり鉢で中挽きにする。

「あ……ぎゃー……」

 ドロシーも目元を擦りながら、ちょろちょろと水を出した。

 ジョージは思考能力が完全に降参してしまって、目を閉じてしまった。

 何分間、そうしていられたのだろうか?

 ジョージにとっては、本当に一瞬の事だったに違いない。

 今まで嗅いだ事のないような複雑な香りが、ジョージの鼻に漂ってきて、一気に意識を覚醒させた。

「!?何だ?これ、どうした!?」

 芳醇で深みのある香り。そこに匂う水の甘さ。

 本当に美味しい珈琲は、香りだけで味の想像ができる。

 その香りには、モカナの故郷の豆以外始めてジョージの意識を刈り取るだけの力があった。

 急いでモカナの元に駆け寄ると、モカナの目がらんらんと輝いているのが見えた。

「……ジョージさん、ボク、見つけました。珈琲の、新しい道」

 朝陽を背に、モカナが差し出した珈琲は、ジョージに人生二度目の大衝撃を与える事になった。

只今、応援したい人を気軽に応援できる流れを作る為の第一段階としてセルフプロモーション中。詳しくはこちらを一読下さい。 http://ch.nicovideo.jp/shaberuP/blomaga/ar1692144 理念に賛同して頂ける皆さま、応援よろしくお願いします!