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珈琲の大霊師089

「ウラウラウラウラー!!」

 銀髪褐色肌の少女は叫びながら腕をぶんぶん振り回して、その指先から炎を撒き散らした。銀色の三つ編みポニーテールが靡き、炎の揺らめきをキラキラと反射している。

 部屋の隅に移動した訳は、回り込まれない為だ。隅からならば、一方的に部屋全体に炎を撒き散らせると踏んだのだろう。

「ぬぅッッ!!ロウ!消防部隊を呼べ!」

「はっ、はいっ!!」

「させねーさ、バーカ!!」

 慌てて入り口に向かったロウの前に炎の蛇が身を横たえる。咄嗟に避けるも、退路は完全に絶たれたかのように見えた。

「おい、リフレール。あっけに取られてないで、サウロ呼べ。その為に修行してきたんだろ?」

 少女がロウとクルドに気を取られている間に、ジョージが縮こまっているリフレールに耳打ちする。

 無理もない。実戦は始めてなのだろう。あの火に巻かれて無事に済むはずも無い。恐怖が我を忘れさせているのだ。

 が、流石は王家の血。ジョージの耳打ちに正気を取り戻したリフレールは、自分の頬を両手でひっぱたくと、右手を挙げた。

「サウロ」

「やっと呼んでくれたか。しっかりしてくれよ」

「すみません。二度目はありません」

「了解。その言葉忘れるなよマスター」

 現れたサウロは手を広げると、天井に水を呼んだ。

 天井から滴り落ちる無数の水滴が、少女の炎を散り散りに打ち消していく。

「ゲッ!水精霊!?くのー!負けねえさ!!ツァーリ!」

 少女の肩の上に、ゆらりと炎が現れ、人形に形作られた。火の精霊。

 水の精霊とは、決して相容れない、犬猿の仲の精霊である。

「なあにー?ルビーってば情けないワケー?あっれー?なにあいつ水っぽいじゃーん。うわ、超うっざー。湿っぽいんだよてめーらさー」

「なんだ、頭の軽そうな火精霊か。場違いだ、失せろ。雑魚には興味が無い」

「ああっ!?上等じゃんよー!!」

 鉄をも溶かす火炎が弾になってリフレールに襲いかかる。

「クルド、どいてなさい!サウロ!!」

「慌てるな。問題ない」

 炎の弾に、同じ大きさの弾を水の塊を打ち込むと、瞬間的に蒸発して湯気が部屋に立ち込めた。

「ムッ!?」

 サウロが驚いて急ぎ水の盾を作る。もうもうと立ち上る湯気の向こうから、灼熱が押し寄せてきたのだ。ツァーリは、弾を同じ弾道に2つ撃ち込んでいたのだ。

 爆発にも似た接触の後、一寸先も見えない蒸気の中サウロが不敵に笑う。

「……へぇ。やるな。久しぶりに、楽しくなってきた」

 楽しそうなサウロというのを、リフレールはこの時始めて見たのだった。

 つくづく、非戦闘員枠だと、ジョージは火と水が縦横無尽に飛び交う部屋の隅で思っていた。水精霊サウロと、火精霊ツァーリが炎と水で撃ち合いを続けている中、火精霊にルビーと呼ばれた少女は曲刀を構えてリフレールに肉迫する。が、その前にクルドが立ちはだかる。火傷の跡がいくつか見えるが、動きは一向に衰えていなかった。

「たった一人でここまで来た度胸と、その武力は賞賛に値するが、精霊の力無き今、俺と打ち合う勇気はあるか?」

 ゆったりと、クルドが長剣を下に構える。

「……やってみなきゃあ、分からねーさ!!」

 ひゅんひゅんと曲刀を器用に回して上段に構えるルビー。

 一際大きな蒸気爆発が二人の間で起きた瞬間、もやの中で二つの影が交差した。

「うあっ!!かーッ!!やっぱ、砂漠の狼は伊達じゃないっさー!」

 もんどりうって倒れたのはルビー。右手に構えていた曲刀が、真ん中辺りから折れている。その先を探すと、天井に突き刺さっているのが見えた。

「ルビー!?何やってるワケ?そんなおっさん、ちょちょいっとやっつけちゃ」

「おい、余所見とは余裕だな」

 ルビーを心配して飛んできたツァーリに、サウロが容赦無く水弾を叩き付ける。ツァーリの背中で水蒸気爆発が起きて、ツァーリはルビーと共に床に叩き付けられてしまった。

「ツァーリ……、こ、こりゃピンチっさ……」

「ありえないんですけど……」

 何とか体を起こすルビーの首筋に、素早くクルドの切っ先が伸びる。

「ここまでだ。命までは取らない。武器を捨て、大人しくしていろ。悪いが、色々と話してもらう」

 ルビーの目が、クルドの刃に注がれる。微動だにしないが、もしルビーが動いたら躊躇せずにその刃が跳ね上がる事は目に見えていた。

 が、そのまま大人しくしている程、この少女は初心ではなかった。

「ッッ!!」

 ツァーリが、クルドでもなくサウロでもなく、リフレールに向けて高速の火弾を飛ばす。サウロが咄嗟に水の壁を作って火弾を蒸発させた。その蒸気に紛れて、ルビーは人間とは思えないバネで一気に跳躍し、扉を蹴破った。

「ぶっっ!?」

 ゴッと鈍い音がして、扉の向こうで誰かが倒れた音がした。もやの奥に、見慣れたサイズの浅黒い肌が見えた。そう、モカナだった。心配になって見に来たに違いない。

 部屋の外に出たルビーと、モカナの視線がぶつかる。

(モカナが、殺される!?)

 瞬時に、その映像が頭に浮かび、ジョージは叫んだ。

「モカナ!!逃げろォ!!」

 そして、ジョージの声が届くか届かないかの内に既にルビーの曲刀が閃いていた。それはもう、反射的なスピードだった。

 が、それはモカナの首の手前で止まった。

「……へぇ。こいつ、良く分からないけど、あんた大事なんだ」

 にやりと、薄くなったもやの向こうでルビーがジョージに笑いかけた。

 ルビーは素早くモカナの後ろに回りこみ、腕を締め上げて立たせた。

「いたっ、痛い!!」

 その首筋に、折れた曲刀の刃を当てる。勢い余って、僅かに首の皮が切れ、血がにじんだ。

「くっ!」

「モカナちゃん!?」

 ジョージとリフレールの様子を見て、ルビーは更に確信した。この取りえの無さそうな冴えない子供に、敵のトップがご執心であるということを。

「動くんじゃないさ!!」

 形勢逆転。上手くいけば、リフレールを誘拐することもできる!!と、まで思ったルビーだったが、現実はそう上手くいかなかった。

「貴様!!曲者だな!!捕えろ!!」

 ルビーの背後から、何も事情を把握していないクルドの部下達が乗り込んできたのだ。

 これが見えないのかとモカナを盾にして見せるが、兵士達はちらりとだけ見て無視して突っ込んでくる。

(ゲッ!?こいつら、こいつが王女の大事にしている子だって知らない!?)

 人質は殺してしまっては意味がない。また、その価値を全員が知らなくても抑止力に欠けるのだ。

 クルドが止めようと声を上げているのがルビーにも見えたが、兵士達の雄叫びの方が大きく、またルビーと兵士達の距離は殆ど無かった。

 ルビーの決断は、その一瞬に行われた。

 ルビーと、モカナは、消えた。

 正確には、視界から消えうせた。恐るべきバネでモカナを抱えたままルビーは窓の近くまで飛び退ったのだ。が、すぐに見つかって兵士達が突撃してくるのを見て、ルビーは溜息をついた。

「今夜は、ひきわけさ。でも、運があったのはあたいの方だったみたいさね」

 そういい残して、モカナを担いだまま、窓の外に身を躍らせた。

「うひっ、ひゃああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 モカナの間抜けな叫び声が、夜の砦に響き渡った。

 ジョージが急いで窓の外を見ると、ルビーは獣じみた動きでモカナを抱えたまま城壁の向こうへと降りていく所だった。

「……なんてこった……」

 リフレールは、初めてジョージが落ち込んで座り込むのを見る事になったのであった。

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