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珈琲の大霊師096

 山頂にそびえる王宮。不揃いの岩を絶妙なバランスで組み上げた武骨な王宮は、そのままツェツェという民族を表しているかのようだ。

 その中心部、玉座の間。褐色の戦士達が立ち並ぶ中、一人だけまるで月のように白く目立つ女がいた。

 名をリフレール。この国、ツェツェとは古くから交流のあるサラク王国の王位継承権一位の王女だ。

 強国サラクに対し、生き残るため友好的な立場を取ってきたツェツェだったが、武勇に優れた王が倒れ、その後を継いだ弟が失政を繰り返すのを見て、元々戦闘民族であるツェツェは血気盛んな王女ルビーを中心とした軍団を結成。長年の友好を捨て、再び戦禍を広げんとした。

 が、それはアーファクテ砦の亡霊によって、あっさりと覆されてしまった。

 王女ルビーの単独潜入により、人質を連れて帰ったまでは上出来だったが、護衛も連れずにやって来たリフレール一行の前に王女ルビーが率いる小隊が敗北。

 ルビーを人質とし、サラク王女リフレールはツェツェ王ハーベンに会談を持ち掛けたのだった。

 護衛の一人でも連れてくるかと思いきや、本当にたった一人で現れたリフレールを見て、戦士達がどよめいた。

「お久しぶりです、ハーベン王。5年ぶりでしょうか。相変わらず精悍でいらっしゃいますね」

「そうでもない。最近は目の調子が悪くてな。どこをどう見誤ったのか、努力の末精霊使いにまでなった娘を見込んで軍を任せたのだが、この有り様だ」

「いいえ、やはりハーベン王は天に愛されし慧眼の持ち主ですわ。今日は素敵なお話をしに参りましたの」

「ほう。それは、あのどら娘の首を捻って貰えるという話かな?それとも、そなたの情けない父親の話かな?」

「まさか。そのどちらも、素敵と言うにはいささか不足ですわ」

 リフレールが不敵に微笑む。

 ハーベン王は、見違えるように成長したリフレールに圧倒されまいと平然を装っていた。

 が、その美しさ、度胸、知性、そして前王を思わせるカリスマ性はハーベンの予想を遥かに越えていたのだ。

「では、一体何ならこの場に相応しいというのか?」

「この国の未来」

 ざわっと、兵士達が一様に殺気立つ。中には剣に手をかけた者もいた。

「そして、サラクの未来ですわ」

 王女を人質にして、国を要求してきたかと警戒を深める男たち。

 殺気立つ男達。そんな男達に、リフレールは突如氷のように冷たく言い放った。

「この国には、滅びる理由がある」

 低く響くその声は、並み居る男達の内臓を鷲掴みする。まるで死刑を宣告されたかのように、気力が奪われる。

「その1。この国が他国にとって必要ない事。市場を見れば一目瞭然ですわ。経済的に見て、ツェツェの世界経済に及ぼす影響力はゼロ。なぜなら、この国は自給自足していますが、輸入、輸出は全くと言っても良いほどありません。故に、世界はツェツェが例え今日突然消えても困らない」

 認めたくは無さそうだったが、周囲を囲む兵隊の内、若い者の中には首を縦に振って同感する者もいた。

「そして、その2。ツェツェは、サラクを敵に回した」

 リフレールの冷たい視線が男達を射抜く。

「軍事的にも経済的にも、サラクは世界経済に大きな影響力を持っています。例えば、主食をある国から輸入しているとします。それを他の国に変えるだけで、悪意無くとも結果的にその国の経済に打撃を与える事ができてしまう。それほどの影響力です。そのサラクに、友好条約を破棄してまで攻撃を仕掛けたツェツェを、どの国も支援しないでしょう。そんなことをしようものなら、サラクを敵に回しますから。ツェツェ族の戦士の皆様?時代は変わったのです。最早、力だけでは何も解決することができないのです。そう、例えば……国民の流出」

 図星であったのか、王の目が大きく見開かれた。

「この国は、はっきり言えば世界から浮いています。周囲の国々の文化レベルから、著しく落ち込んでいる。それを一度知ってしまえば知らなかった事にはできませんから、人が出ていくのも無理はありません」

 そして、リフレールは見透かすように透明な視線で王を貫く。

「いずれ、この国には頭の固い土民ばかりが残り、時代に取り残され、近代的な戦術や武器を持った国に滅ぼされます。……それを回避するには、国を開き世界経済に乗り込む必要がある。王は、それを知っておいでですね?」

 王は沈黙を答えとした。ざわざわと若い兵士達は動揺を隠せないようだった。

「王よ。このままでは滅びますよ?その滅びを回避するために、サラクを攻めたのでしょうが、結果はこの通りです。兵糧が無駄になりましたね」

「……前置きはいい。リフレール、この状況を打開する案がある。そういう事だな?」

「やはり慧眼。その通りです」

 どよっ

 突然、室内の温度が上がったような気がした。

 今や、兵士達は飲まれていた。リフレールの体からもやのように立ち上る王家の血と、ハーベン王から立ち上るそれが互いに絡み合うようにこの部屋を満たしていく。

「面白い。リフレール、わしは面倒な駆け引きは苦手だ。何が欲しい?わしの首程度ならやらんこともない」

 突然の過激発言に兵士達が王に駆け寄るが、リフレールはびくともしない。

「私、リフレール個人と、ツェツェ王国の、対等のパートナーとしての契約」

「ほう?国と、個人の、対等な、契約。……お前には、ツェツェが必要なのだな?」

「ツェツェが無くとも心当りはあります」

「だが、時間は無い」

 今度は、リフレールが沈黙を答えとした。

「リフレール、お前はこの国に何ができる?」

「この国の歴史上、最大の繁栄を。ツェツェは、サラクと共に世界経済に乗り込むのです。伝統を継承しながら、柔軟に時代に適応できる社会を構築することも、私ならできる」

「吹きおる。王都に戻ることもできぬ娘っ子が!!わしにできぬことを、そこまでやれると申すか!?」

「はい」

 ハーベン王は、リフレールに自分が無知ではないことをアピールして揺さぶりをかけようとしたが、リフレールは動じない。

 まるでサラク前王のような肝の座りかたに、ハーベン王は舌を巻くのだった。

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