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かけがえのない地球:1970年から2050年までの環境問題を考える!!

今回はリアル学会のシンポジウムでの基調講演準備ノートです。6月13日に富山で開催された環境化学物質3学会(日本環境化学会,日本内分泌撹乱化学物質学会,日本環境毒性学会)合同公開シンポジウム「2030アジェンダおよび将来の化学物質管理に向けた科学と政策の活動」に呼んでいただき、今年で50周年を迎えるUNEPの今までの取組みや課題、国連環境総会等における化学物質や廃棄物に関する最新の外交交渉や国際的な話しをする予定です。

今回の講演では初の試みを行います。それは、僕の好きな番組、「100分で名著」風の基調講演スタイルにしたいと思います。つまり、名著を読みながら講演を進めます。と言ってもいただいた時間は20分なので、「20分で名著」ですね。

その名著はこれ、1972年に58か国の当時の最先端の研究や知識を持っている152人の専門家で作成した「かけがえのない地球:人類が生き残るための戦い」です。この本は、日本では公害、国際的には環境汚染に正直に正面からようやく見つめるようになった時期です。50年前の本なので文学書や哲学書と比べてばつい最近の本ですが、環境汚染分野においては古典と言える本です。本の中身を読むと、50年後の私たちが直面している地球環境問題や経済問題など、単語は違うにせよ、それがそのまま書かれています。という事は、我々人類はこの50年間何をしていたのだろうか?環境問題を認識し対策を打ってきたがその成果はあったのだろうか?

この本は、環境問題を止めるために人間社会の高度化を止めないといけないのに、それを知っていて目の前の利益に走ってきた人類の愚かさをまざまざと痛感するような内容が書かれています。

そして、この本は、1972年6月5日にストックホルムで開催された国連初となる環境に関する会議「国連人間環境会議」に向けて取りまとめられた本です。このストックホルム人間環境会議の結果を踏まえて、同年9月の国連環境総会で設立されたのが、僕が今勤務している国連環境計画、UNEPです。

今回の学会シンポジウムでは、この50年前に書かれた名著を読み解きながら、現在私たちが直面している地球三大危機、それに対する国際的な取組を参加者の先生方と議論したいと思います。


はじめに

日本ではそれが公害と呼ばれていた時代、国際的にも汚染という言葉がようやく使われるようになった1972年に出版された本があります。この本、「かけがえのない地球、人類が生き残るための戦い」です。今から50年前に出版された本です。この本は、私たちの大先輩にあたる当時の化学物質、自然や生態系分野などの地球環境を専門としている世界58カ国152人の当時の最先端の知識を集めて、世界初の人間環境の現状に関する報告書として誕生しました。

今日ここにお集まりの先生方は、2022年において環境化学物質の最先端の研究を実施されておられると思いますので、今から50年前の本や文献はあくまでも参考として読まれていると思います。でも、この「かけがえのない地球」の本は、今から読み返しても、現在私たちが直面している課題をズバリ述べています。例えば:

「現在の環境問題が、自然への誤った人間の接近の仕方によって生じていることは厳然たる事実である。われわれは、往々にして、地球の住人の一部である事を忘れ、地球の主人であると認識しがちである。人類の進歩とは、人間を取り囲む外界の環境を改造、征服することに追って達成されると認識する。すなわち、人間の利益に反すると考えられる環境部分を破壊してでも、人間の利益を優先させようとする悪しき態度である。高級な知能を持つ人類は、自然を破壊し、劣悪化することによってもあるいは生物の一緒として存在することは可能であるかもしれない。しかし、そんな環境のなかで、人間として尊厳を保った形の生存ができるものであろうか?」

50年前の世界的権威の専門家の英知の言葉です。この本と共に1972年に開催されたのが、国連初となる環境に関する会議、国連人間環境会議です。当時、日本では水俣病、水俣病事件と言った方が良いかもしれませんが、いわゆる4大公害病、これも4大公害事件と言った方が良いかもしれませんが、により日本の社会そのものが問われていた時期でした。国連人現環境会議の結果を踏まえて、同年9月の国連総会で設立されたのが、国連環境計画です。

それからちょうど50年。人類として、私たちは何を解決してきたのでしょうか?私個人的には、国連環境計画として何を解決してきたのだろうか?と自問自答するところです。

この本には、当時の解決するべき課題も書かれています。例えば:
「われわれは現在、様々な経済上の問題をかかえている。例えば、環境の問題、高い消費性向、消費者運動、資源利用の問題、都市部への過度の人口集中の問題等である。政治の分野では、外部不経済、資源不足、都市化の減少問題について、場当たりの解決で済ませようとする悪しき傾向がみられる。従って満足すべき成果はあがっていない。目下、様々の問題、都市化や技術発展に伴って生ずる諸矛盾は著しく増大しており、相互間の緩衝作用も増大してきている。科学思想において事実を総合的に理解する必要が認識されているのと同様に、経済学の分野でも人間の工業生産活動と都市生活感の独立性および相互関連性について総合的に解決すようとする動きが生まれてきた」。

また、この本には地球環境問題の解決策も書かれています。
「望ましい人間環境を生みだすということは、単に自然の調和を保ち、天然資源を経済的に管理し、生物、人間の健康をおびやかす脅威を取り除くことだけでは達成されない(つまりDoingだけでは解決しない)。自然の力と人間の意志のたえまない交流によって実現しなければならない(人間と環境のBeingをシンクロさせる)ということです。

そして50年後、私たちは自然環境と共に生きるための社会構造、持続可能な社会を目指してようやく動き出したところです。少なくとも、私たちはこの50年間、様々な地球環境問題を管理するために、様々な国際的なルール作りとそれらを実施してきました。でも、この本に書かれてある50年前の現状と比較すると、それほど進んできたとは思えないのが現実です。

それはなぜなのか?今日は、国連環境計画が実施している国際的な化学物質・廃棄物管理の観点から考えてみたいと思います。

50年間の我々の歩んだ道、その結果…

1972年から我々はどのように歩んできたのでしょうか?この本に1972年から見た2000年の未来が書かれています。

「先進国における国民一人当たりの所得は、紀元2000年には容易に1万ドルに達するであろう。そして中流以上の階層では、二軒の家、三台の自動車、四台のテレビが標準となろう。この段階では、先進国の15億人の特権階層と、残りの50億の恵まれない階層とに区分されよう。」

OECD加盟国の平均所得は1980年に既に1万ドルを超えています。この予想は少々外れていますが、先進国における技術の日進月歩、それに伴う豊かさの向上の未来予想は難しかったと言えるかもしれません。

今日一つデータを持ってきました。このグラフは1970年の人口、資源採掘量、一般廃棄物排出量の数値を1とし、2050年までの経年変化実績と予想を表示しています。人口は約36億人から約97億人、約3倍増加し、資源採掘量は約2000億トンから約1兆8000億トン、約9倍増え、廃棄物は12億トンから27億トン、約2倍以上に増えると予想されています。ちなみに、地球のバイオキャパシティ、つまり地球が1年に再生できる生物資源の量は約4500億トン、既に1990年以降はその量を越えて資源を採掘しているのが人間社会です。

このグラフが物語っていることは何でしょうか?人口増加と共にその増加率をしのぐ勢いで我々は天然資源を掘り起こしており、それを人間社会で使い続けている。廃棄物発生量は人口増加とほぼ比例しているという事は、ありとあらゆる天然資源が人間の技術により様々な化学物質に変換され、我々の社会で使われ続けている、という事になるでしょう。その化学物質の数は6万種類ともいわれています。そのうち約6000種類が全体の約99%占めており、その約62%が人の健康や環境に有害と認識されています。

私たち人間が人間が持っている欲望と言うパワーを基に、今より豊かな生活、便利な生活、快適な生活を誰もが求めて努力をしてきた結果として、たどり着いた先が、現在直面している気候危機・自然危機・汚染危機です。中でも化学物質不適正管理が直撃する汚染危機においては、その被害額が年間4.6兆ドル、約900万人もの人々が汚染により死亡しているとも言われています。この死因は交通事故死者数約150万人をはるかに超えています。国際的な環境問題対策を実施するために、現在では約200もの多国間環境条約があります。

この化学物質や廃棄物由来における環境汚染の国際的な対策を実施するために、今日ここにお越しの先生方にも大変お世話になっております、化学物質・廃棄物環境条約、つまり、バーゼル条約・ロッテルダム条約・ストックホルム条約・SACIM、そして水俣条約の設置・実施へと進んできました。

そして今年2022年。また新たな動きが始まりました。それはプラスチック。
このグラフにプラスチック製造量の変化を加えてみると、こうなります。1970年のプラスチック生産量は約3500トン、それが現在では約11倍の約4億トン、2050年には約5.9億トンにもなると見込まれています。製造したすべてのプラスチックが環境上適正に管理・処理・リサイクルされていれば何も問題はないのですが、残念ながら私たち人間はまた過ちを繰り返しています。

この本の言葉を借りると、「人間は自然を無料の浄化装置や無料の処分場としか見ていなかった」、「目の前の豊かさを得ることに目をくらみ、その長期的な結果がどうなるか見て見ぬふりをしていた」。

人は歴史を繰り返します。私たち人間が引き起したプラスチック汚染対策を実施するために、法的拘束力のある国際約束に向けた交渉会議がこれから始まります。

プラスチック汚染を終わらせる:法的拘束力のある国際約束に向けて

このビデオの冒頭は、今年3月にケニア・ナイロビにあるUNEPの本部で開催した第5回国連環境総会において、5日間にわたる激しい国際交渉の結果として「プラスチック汚染を終わらせる:法的拘束力のある国際約束に向けて」に関する決議が採択された瞬間です。国連加盟国193カ国が一つになり、この問題を解決せねば、と意思を決めたその時です。その瞬間は感動的でした。

プラスチックは先ほどのグラフでも示したように、1970年代から私たちの生活に入り込んできました。私も小さかったころ、プラスチック製品はかっこいい、最先端の素材、と言う思い出が何となくあります。シンポジウムに参加されている多くの皆さんもそのような思い出があると思います。それと、このころから近所にコンビニができ始めて、プラスチックに一つづつ包装されている三角のおにぎり、そのパッケージを上手に二つに割って、パリパリの海苔で食べるコンビニのおにぎりのそのカッコよさ、それも記憶にあります。多くのプラスチックが、他の主役を活かすために自分はすぐに使われ捨てられる存在と言う、自らは犠牲バント的な運命、でもそれが当たり前にあるからこそ成り立っているこの人間社会、わずか数十年で限界を迎えました。地球の歴史的には一瞬の大事故でしょう。

プラスチックに「汚染」と言う単語がくっついて、世界的にプラスチック汚染が注目されるようになったのは、ほんの数年前です。過去の様々な環境問題の中でも、プラスチック汚染のようにわずか数年でここまで国際的な注目度を集めた例はありません。様々な要因が複雑に絡み合った結果ではありますが、一つはスマホとSNSが環境分野の在り方も変えたことは間違いありません。その小さなポイ捨てが、その亀にストローが刺さった投稿が、その釣り糸が首に巻き付いてしまったオットセイの投稿が、それを救出する投稿が瞬く間に数万もの「いいね」を獲得し、その情報が瞬く間に世の中に拡散した、そしてその動きが193か国の国連加盟国全体を動かした、と言う事実は間違いありません。もともとは世界の中でも、隅の隅にあったそのわずかな状況がスマホとSNSにより瞬く間に、多くの人々の心を動かした結果です。科学的な根拠を週十年かけて明確にしてから国際的な対策を取るというこれまでの常識が覆りました。

今回のプラスチック汚染は、様々な状況の全体を含めてプラスチック汚染と言っておりますが、一番注目されているのは海洋プラスチック問題でしょう。でも、そもそも海洋ごみ問題は、既に50年前から問題視されています。

「我々は自然そのものも、そして海洋を無料のごみ箱として使用している。海洋が恒久的に受けているごみの被害についても考慮しなければならない。なぜなら工業部門の汚物の廃棄は無神経に行われている。都市廃棄物を海に流し去ってしまいすれば、それらは海の果てのいずこかへ消え去るものと錯覚しがちである。1970年にノルウェーのある水産省関係の役人が気付くまでは、ヨーロッパ各国全てのプラスチック製造工場は有毒物質を平気で北海に流し続けていたのである。」

プラスチック汚染に対してようやく世界が一丸となって動き出しました。プラスチックが世の中に出始めてから50年程度。地球の時間軸で言えば瞬間の大事故、人間の時間軸で言ったとしてもわずか2世代、水俣病事件に匹敵するほどの急激に発生した環境汚染となるのではないでしょうか?残念ながら人はここでも過ちを繰り返しています。プラスチック汚染、ではなく人間が引き起こしたプラスチック汚染事件と言った方が良いでしょう。

プラスチック管理の国際条約に向けた動きは、今まさしくスタートを切ったところです。2週間前にセネガルのダカールで準備会合を開催し、交渉会議のルールや方向性の議論が行われました。今年後半に第一回政府間交渉会議をウルグアイで開催し、2024年末までに全部で政府間交渉会議を5回開催し、条約を取りまとめる予定です。通例ですと、条約につけられる名前の場所でその後外交会議が開催され、条約を採択し、条約への著名が開始されます。

今年3月の国産環境総会の決議には、条約の交渉の柱となる要素が明記されています。その中でもプラスチックの包括的なライフサイクルアプローチの導入、リオ宣言の原則、つまり「共通だが差異のある責任」が注目されるところです。科学的な観点から重要なライフサイクルアプローチと外交政策上重要な共通だがサイのある責任がどこまで融合するのかが、交渉上の重要なポイントとなるでしょう。

また、具体的な対策事項の中で注目されるのが、いわゆる国際条約上の背骨となる三位一体構造、①条約本文に法的拘束力を持たせるか?、②独立予算制度を設けるか?、③遵守システムを条約内部に組み込むか?、がどうなるかという事です。参考までに10年前に交渉が行われた水俣条約は①条約本文に法的拘束力を持たせ、③遵守システムを条約内部に組み込みました。予算に関しては、自主的な財源による予算システムを条約内に入れ込みましたが、基本的には地球環境ファシリティーの予算を使うことになっています。今後の交渉を注視していきたいと思います。

そして今日お集りの皆様が一番興味を持っておられる化学的な知見による条約の在り方ですが、条約実施を支援するための科学亭な知見や専門知識の重要性や、プラスチック汚染のモニタリング実施や評価が条約の対策案として挙げられています。おそらく、プラスチック汚染の定義づけ、科学的な根拠の明確化、モニタリング手法の国際的な共通化、その実施方法・評価について、今後議論が行われる見込みです。


化学物質・廃棄物の適正管理及び汚染の防止に関する独立した政府間科学・政策パネル

今年3月の国連環境総会で採択された14決議のうち、今日はもう一つ紹介させていただきます。その前に、改めて50年前のこの本に書かれている文章を読んでみたいと思います。

「地球の保護の戦略を考える際にまず第一に行うべきは、諸国家が自然のシステムをさらに深く理解し、また人間の諸活動によって自然がいかなる影響を受けているかについて理解を深める努力を続けることである。具体的には、諸国家が過去に前例のないような国際的規模で、共同の監視、調査、研究活動を進め、その研究成果の知識、経験を世界的規模のネットワークを通して組織的に交換するべきである。またこれには、知識を行動に移す際の国際協力の促進が必要となる。」

私たちは現在、気候危機・自然危機・汚染危機と言う地球三大危機に直面しています。気候危機には「気候変動政府間パネル:IPCC」、自然危機には「生物多様性に関する生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム:IPBES」、汚染危機は、残念ながらありませんでした。しかし、ついにその時が来ました、3月の国連環境総会では、「化学物質・廃棄物の適正管理及び汚染の防止に関する独立した政府間科学・政策パネル:Science-Policy Panel on Chemicals and Waste」設立に関する決議が採択されました。皆さん、いよいよです。私たちの分野でも国際的な政府間パネルの設置が決まりました。今までは、UNEPが世界化学物質概況や世界廃棄物概況を定期的に出版する際に、世界各国中専門家の先生方と共に作成していました。本日のシンポジウムにご参加の先生にもお世話になっております。UNEPよりお礼を申し上げます。

今後2年かけて、化学物質・廃棄物の政府間パネルをどのような内容にするべきか、目的からその使命、メンバー構成、期間、おもなアウトプット等に関する詳細に関して、明確にしていく作業が始まります。2024年2月に開催される次回国連環境総会にその案を提出し、その後設立に向けて動き出す予定です。


おわりに

さて、今日は今年の3月の国連環境総会で採択された決議における国際的な環境対策アプローチについて、50年前に出版されたこの本を読み解きながら考えてみました。いかがでしたでしょうか?私たちの大先輩が50年前に考えていた科学的な知識は、今なお、全くをもって通用するものです。むしろ、我々はまだ同じスタートラインにいるのかもしれません。言い訳になるかもしれませんが、それほど私たちが直面している地球三大危機と言うのは、非常に難しいという事です。

50年前のこの本は、このように結ばれています。
「この地球の存在は、われわれ人類が想像と努力と寛容をつぎ込んでその環境劣化や環境破壊を防止してゆく貴重な対象である。このような環境保護の努力を推進することが翻ってわれわれ自身の生存をも保証することになろう。」

この50年間、止まることを知らずに追いつつけてきた人間の欲望、でもどこかで止まらないといけないことを知りつつも止まることができなかった私たちがいるはずです。その結果として、気候危機・自然危機・汚染危機に至ったという事は誰もが認識しているはずです。2022年、今回こそ止まるべきである事も知っています。ここで止まらなかったら、人間が引き起こしている第六次大量絶滅期としての、人間も滅びるかもしれません。

プラスチック汚染問題の報道発表はもちろん、国際的な議論を聞いていて、個人的に、どうしても腑に落ちないことがあります。それは「プラスチックは悪い説」です。本当にそうでしょうか?プラスチック対策の国際条約、それは良い対策だと思います。地球三大危機を止めるための一つの信号をまた作るのです。あと何個信号を作ればよいのでしょうか?本当に問わなければならない本質は何でしょうか?

ルールを作る・実施する、法制度を作る・実施する、国際条約を作る・実施する、みんなで作ったSDGsを実施する、これら全てはDoingです。Doing は目の前の問題を解決するためには良い手段でしょう。でも、本質的な解決方法は、being です。人のbeing が変わらない限り、人間は信号機を作り続けるでしょう。

私たち人間が、本当に、真に、自然と共に生きていかなければならない。これに尽きるのではないでしょうか?

おまけ

富山テレビに報道していただきました。ありがとうございます。

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