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文芸部は海底都市の夢を見るか?

世田谷学園文芸部のOBと顧問の対談企画です。
中高を文芸部で過ごしてきた経験がどんな逸材を生み出すのか、お楽しみください。
なお、今回の対談は、昨年2020年8月~11月にかけて行われました。

鵜川 はいどうも、始まりました文芸部OB対談! 記念すべき第1回目は、加藤浩瑞くんに来ていただきました。それでは、軽く自己紹介をお願いします。

加藤 こんにちは。2014と2015年に文芸部の部長をしていました、加藤浩瑞と申します。今は大学4年生で機械工学を専攻しています(注:2020年時点)。SFと現代アートが好物です。今回の対談に呼んでいただいて嬉しく思います。

鵜川 いえいえ、こちらこそ。狭いところですが、くつろいでいってください(笑)。

未来志向とSF的想像力

鵜川 それにしても、もう4年生か。ということは、卒論? テーマとか聞いてもいいかな?

加藤 研究室が環境工学寄りなので、エネルギーや環境という視点からみたスマートシティの構築を目指して研究しています。この前は企業の協力のもと、原材料や製品の輸送などのサプライチェーンにおけるCO2排出量の算出をしました。

鵜川 それは面白そう。SF好きとしては、そのあたりの趣味も多分に反映されていそうね。未来都市のイメージを考えた時に、ぱっと思い浮かぶSF作品って何かある?

加藤 たぶん現実に近いものとしてはゲーム『Watch Dogs』の世界だと思います。

 IoTという概念が生まれる前に、家電や自動車などがインターネットにつながっている世界を描いていました。でも、未来都市を描いているSF作品って、貧富の差が極端になっていて、最先端か荒廃しているかっていうのが多くないですか?
 そういうのでいうと『ねじまき少女』や『カウボーイビバップ』、『エリジウム』なども視野に入ってきます。

鵜川 興味深いタイトルがならんだねー。確かに、近未来・遠未来を問わず、未来を舞台にしたSF作品は、多かれ少なかれディストピア的な状況が描かれているものが多いよね。それで言うと、文明が残ってるかどうかが分かれ目かな。残ってるものだと『Fallout』『DEATH STRANDING』とか。逆に、文明が失われている感じだと『Horizon Zero Dawn』みたいな作品もあるよね。

加藤 そうですね。あと科学のパラダイムシフトが起こっているという点でいえば『DEATH STRANDING』だけ特殊だと思います。

鵜川 そのあたりのバランス感覚に感心したのは『Detroit: Become Human』かな。アンドロイドが実用化された社会で、それが原因で仕事を失った人々とアンドロイドの軋轢も描きつつ、アンドロイドの人権(?)問題にも踏み込みつつ、でも、明らかに社会そのものとしては、めっちゃ便利になってるの。

加藤 僕は、ゲームはするより実況を見ることが多いのですが『Detroit: Become Human』だけ見れていないんですよね。適当な発言になってしまいますが『攻殻機動隊』みたいな世界なのでしょうか。帰ってすぐに確認したいと思います。
 でも本当にディストピアを描いている作品が多くて。そこで創作を通して「未来はどうあっているのが良いのか」を考えようと、友人と1週間に1つ、テーマに沿った創作物を見せ合うことにしました。YouTubeでも公開しているんですけど、短い期間でクオリティが保たれたものを作るのは難しいですね(笑)

鵜川 『Detroit: Become Human』は、実況じゃなくて、自分でプレイしてほしいな。選んだ選択・行動によってシナリオが分岐するという点ではアドベンチャーゲームなんだけど、選択という行為のリアリティが異常でさ。映像のリアリティや、シナリオの秀逸さもあるんだけど、プレイヤーの関わらせ方がとにかくうまいんだと思うのよ。

加藤 なるほど。やってみたいのですが実はハードの方を持っていなくてできてないんです……(笑)。いつかやってみたい!

鵜川 ハードは僕も持ってない(笑)。一時期以降、PCに移行してしまいました。だから、『DEATH STRANDING』も実は、まだ買ってすらいなかったり(発売されたばっかりなので、セールを狙ってます)。

加藤 なるほどPCという手がありましたか! 検討してみます。

小説のイメージと映画

鵜川 話を戻すと、物語世界との距離の感覚って、加藤君も創作畑の人だから、人一倍敏感だと思うんだ。小説を書いてる時って、読んでる時とは全く違う臨場感とかリアリティがあったりしない?

加藤 たしかにそうですね。臨場感は全く違いますね。友人にも言われたのですが、僕の創作は映像的で、実際に頭の中でもカメラマンになったつもりで文字に落とし込んだりしているので生な体験をしている気持ちになります。

鵜川 小説の創作って、一人で監督・脚本・カメラ・演出・主演・助演・エキストラ等々、全部やる感じじゃない? だからこそ、その人によって映像的だったり、セリフが際立ってたりっていう特徴が出るわけだけど。
 確かに、在学中から、加藤君の小説は映像的なイメージが豊かだったなあ。それも、ありきたりなイメージじゃなくて、ディテールの拾い方に独特のセンスがあって。それこそ、ヨーロッパの映画を見ているような。

加藤 力の入れどころが個人で違いますよね。普段どういうメディアを観ているのかに依るのでしょうかね。
 「ヨーロッパの映画をみているような」っていうのはやはり文芸部で毎週1~2本映画を観て鍛えられたからのような気がします。あとこれですかね?

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加藤 これと「これから小説を書く人へ」をずっとノートに挟んで未だに持ち歩いてるんですよ。

鵜川 すっごい懐かしいプリント! 「スケッチをしよう」の方は、僕自身がスケッチを書きまくってた時のものだわ。基本、文芸部は、僕のやりたいことに生徒を巻き込んでいます(苦笑)。
 「スケッチ」の方のきっかけを話しておくと、2007年から3年間、作家の佐藤亜紀先生が明治大学商学部で公開講義をしてたことがあって、そこにずっと聞きに行ってたんだよね。で、多分その初年か2年目かに、創作の相談をして(何を聞いたか、よく覚えていない)「だったら、スケッチすれば」って言われたのよ。
 で、その時は、感激混じりに「なるほど!」と思ったんだけど、実際やろうとして、「スケッチってなんだ?」ってなったわけ。それで、自分の中でルールを決めたの。それが、このプリントに書かれている内容です。

加藤 そうだったんですか! 佐藤亜紀先生というと『小説のストラテジー』を執筆なさってますよね。豪華な相談ですねぇ(笑)。
 プリントでは「スケッチは週1くらいでしよう」って書いてあって、そんな頻度で書いたことはありませんが(笑)、僕の創作の支えになっていると思います。

鵜川 それはよかった。僕もそのペースで書いたのって、最初の半年ぐらいで、後は今日が乗った時に何回か連続して書いたりしてたな。
 ちなみに、『小説のストラテジー』は『ユリイカ』での連載をまとめたものなんだけど、その続編、『小説のタクティクス』は、この連続講義を下敷きにしたものです。

映画選びあれこれ

加藤 あと、映像的に描くことを鍛えられたこととして、文芸部での映画鑑賞があると先述しましたが、今でも学内での部活の主な活動は映画鑑賞なんですか? ちょっと相談事がありまして。

鵜川 映画鑑賞は続けてるよ。ただ、今は部活そのものが禁止されているので、次いつ見られるか分からないけど。今でも忘れないよ。加藤君が初めて『ファニーゲーム』を見た時の興奮ぶりったら。

加藤 いやぁ、いま思うとちょっと恥ずかしいですね(笑)。でもあのときは『ファニーゲーム』単体ではなくて、その前に『隣の家の少女』と『小さな悪の華』を観たあとだったってのもありましたね。ハードな合宿だ。

鵜川 あれは合宿の時だったのか。しかも、すごいラインナップ。いや、ある意味、合宿にふさわしいとも言えるか(笑)。

加藤 それにしても、部活が禁止されているのは痛いですね。部活と同じ頻度で、各自、家で映画を借りてきて(もしくはサブスクに加入?)ってやっていたら、中学生高校生だとまぁまぁな出費になってしまいますよね……。
 で、相談事なんですが、先日Tカードの更新をしまして。その時の特典が「無料で1本、準・旧作DVD・CDアルバムを借りすことができる」というものなんですが、何を借りるのがいいのか、と。この行為でその人のセンスが出てくると思うんですよね。先生だったら、どのような思考になりますか?

鵜川 何その〈究極の選択〉みたいな相談は! しかも「センス」って言われちゃったら適当なこと言えない(笑)。お金より時間の方が大切だから、見たいものを借りればいいんだよ、とか言ってお茶を濁そうと思ったのに。
 やっぱり、「無料で」ってところが決め手だよね。つまり、「無料」にでもなってないと見ないよ、みたいな作品じゃなくて、あえて珠玉の一本を「無料」で借りることによって、その作品の価値を最大化する。Steamのレビュー読んでて「無料で入手した製品」って書いてあると、なんとなく負けたような気分になるじゃない。そんな感じ。

加藤 言いたいことを全部言ってもらえている! そうなんですよ。で、観たことがある作品だとたぶんもう一回観たいときはお金を払うと思うんですよ。かと言って、観たことがない作品だと本当に自分の好みとマッチしているか分からない。となると、「名作だと言われているし、たしかに名作な気がする、けれども鑑賞途中で寝てしまった作品」になってくる気がしているんです。途中で鑑賞が中断してしまった作品ですね。そうすると、僕の場合は『2001年宇宙の旅』になります。この映画、当時は文芸部で観たんですけどその場にいた全員が寝るという事態に陥ってて、それから観てないんです。今は裏話とかを見聞きしたので、それでだいぶ観やすくなっているのかなと思います。

鵜川 『2001年宇宙の旅』の回は、寝たねー。僕は、この先の人生で、この映画を寝ずに見る機会はもう二度とないと思っています(ファンに怒られそうだけど、一回は見たから勘弁して……)。
 それか、確実に名作だっていうことは分かっているんだけど、タイミングを逃してしまった結果、ずるずると見ないまま今まで来てしまっている作品、とか? 今、パッと思いついたのだと『タイタニック』!

加藤 うわっ! 盲点でした。たしかに『タイタニック』は人生で絶対に観ときたいのに観れてないです! そういう選択肢も強くアリですね。それでいうと『スタンド・バイ・ミー』も加わってきます。迷っちゃいますね(笑)。

鵜川 王道とか名作の扱いって、時代とか映像技術との関係もあるから、難しいよね。例えば、『スター・ウォーズ』の旧三部作は王道で名作だろうけど、今の大人が初見で楽しめるかって言うと、難しいと思うんだ。逆に、ヒッチコックの例えば『鳥』なんかは、今見ても十分に面白い(し怖い)。もちろん、『スタンド・バイ・ミー』も古びない面白さがあると思う。
 加藤君は、古い映画はどのくらい見てる?(この「古い」の基準も難しいけど)

加藤 なるほど。実はあんまりというかほとんど観ていなくて(笑)。『エクソシスト』などのホラーの古典は一度勉強がてら観てたこともあるんですが他はほとんど観てないですね。って、めっちゃ不勉強!

『映像研』と設定の妙味

加藤 ちなみになんですが、CDを借りるとしたら先生は何を借ります? 僕はTSUTAYAで借りる習慣はなくなっちゃったんですけど……。

鵜川 CD! 難しすぎる……。借りるようなものは、サブスクで聞けるし(僕はAmazon Music Unlimitedを利用してる)、逆にCDでなきゃ聞けないようなものは、レンタルには置いてないと思うんだよな。
 大学卒業してからもう二十年になるけど、音楽の聴き方が一番変わったかも。メディアも、再生する道具も、聴く時の姿勢も、選び方も。
 逆に、今の若い人(この言い方、おじさん臭いな)は、どういう時にCDを買ったり借りたりするの?

加藤 すみません、聞いといてなんですが僕もCDは滅多に買わないし借りないですね。ずっとYouTubeか過去に買ったり借りたりした音楽を聴いています。最近手に入れたのは特典で入っていた映像研のサントラ……。

鵜川 映像研はよかったなぁ。あれ、中高の頃に見てたら、人生変わってたかも。
 何度か話しているかもしれないけど、僕って子供の頃から設定厨でさ。中高時代も小説を書く以上に、大量の世界設定を書きまくってた。その時の自分が、もし浅草氏の設定画の数々を見ていたとしたら、絶対にディテールについての考え方が、180度変わってたと思うんだよね。
 当時の僕は、歴史とか地理とか、魔法や神話の体系とか、そういうマクロな設定に凝っていたんだけど、これじゃあ小説に反映させるのは難しかったりするのよね。ところが、浅草氏の設定って、とにかくディテールじゃない? そこから物語が浮かび上がってくるじゃない? そのことを僕が理解したのは、SFを書くようになってからなの。中高で、これを知ってたら、今頃の僕は……。

加藤 悲痛な叫びが……(笑)。たしかに浅草氏の設定画はめちゃくちゃ影響されました! 僕はアニメから入ったんですが、1話みてすぐに漫画の方を買いに行きました。カイリー号の詳細をもっとじっくり眺めたくて。ちょうど設計の授業でポンチ絵を描いてたので、それに応用できる!とか思って(笑)。
 ディテールがあると物語が進むし、物語を進めると逆にディテールの解像度も上がりますよね。そのループに入れれば勝ちなんですが(笑)。

鵜川 そう。ディテールがうまくはまらないと、ストーリーも世界観も減退するんだよね。ここ数週間、第8回星新一賞の応募原稿をブラッシュアップしてるんだけど、一番難航してるのは設定に関する部分。特にSFだと、設定がそのままテーマに結びつくし、作品そのものの魅力にも直結するから。(注:その後、第8回星新一賞の優秀賞を受賞)

加藤 本当にそうですよね~。設定はSFの、読者の見所でもあり作者の見せ場でもありますよね。上田早夕里さんの『魚舟・獣舟』は設定の印象が強烈だった気がします。

鵜川 上田早夕里先生は、今回の星新一賞の選考委員でもあります! というか、もともと今回は出さないつもりだったんだけど、上田先生と中江有里さんが選考委員だから、出すことにしたのよ。絶対に獲らなきゃ!

作品への没入感と伏線

鵜川 ところで加藤君は、設定を考えたりする時って、やっぱり絵が中心に来る感じ?

加藤 そうですね。絵にすることが多いですね。先にも言ったように映像的に場面を考えたりするので。先生も絵にすることが多いのですか?

鵜川 学生の頃は、設定もキャラも絵を描いてたけど、今はもう描いてないんだ。……と言いつつ、実は改稿中の原稿は、めっちゃ久しぶりに絵を使って練り直してます。これがうまくいったら、その次の応募原稿も絵を使うかも。
 僕の場合、執筆中は作品世界の中に入りこんで動きながら書いていくから、ビジュアルなイメージがあった方がやりやすいと思う。それこそ、オープンワールドのRPGをプレイしているみたいな気分。実際、プロットが決まってても、思わぬ伏線や伏線回収に遭遇することがあって、普通に驚くよ。「冒頭のあれって、そういうことだったの⁉」みたいな(笑)。

加藤 僕は短編を書くことが多いのであんまりその感覚が分からないんですよね~(笑)。小学生のころにドラクエ(?)をベースとした物語を書いていたって前におっしゃってましたよね。それが執筆を、RPGをプレイをしている感覚に近づけているのでしょうか。

鵜川 小学生の時に書いたものとは、全く別だと思う。あの時は、ファンタジーの世界設定を語る言葉が「ドラクエ」しかなかったというだけよ。言ってみれば、仮面ライダーごっこの延長、みたいな感じかな。

加藤 あと、伏線の散りばめ方ってどうやっているんですか? キーワードとかとして入れておくということなのでしょうか。

鵜川 いや、何だろうね。正直、よく分からない(笑)。例えば、冒頭のシーンで、主人公がコーヒーを飲んでて、それがめっちゃ不味い、みたいな描写を入れいていたとするじゃない。それが、後半のシーンに来た時に、その不味いコーヒーが別の意味を持って再登場する、みたいなことが、よく起きるんだわ。
 もちろん、計算で入れる伏線もあるよ。でも、そうじゃないケースが結構多い。ただ、余計な話の場合も多くて、そういう時は推敲する時に削っちゃうけどね。ただ、書いている時のテンションや集中力を維持する上ではすごく重要。
 でも、伏線の話は一例として、自分のキャラクターが思ってもみない行動を取ったり、すごいセリフを口にしたり、っていうのは、経験があるんじゃない?

加藤 たしかに経験ありました。物語が進んでいくとキャラクターの性格が正しく掴めるようになっているから自由に動き出させることができるんでしょうかね。

鵜川 多分、そのキャラクターを演じてる、みたいな感じになるんだと思うんだよね。文芸部ではコントもやったけど、それにも近いのかもしれない。演じるほどに、そのキャラクターにシンクロしていって、だからアドリブなんかも出てきたりする。

加藤 コント、やりましたね(笑)。当時はセリフを覚えるのに必死で余裕がなかったのですが、小説に通じていることを考えながら演技していたら、もっとキャラクターになりきる、表情を豊かにすることが出来ていたかもしれない、そう思いました。といっても、緊張すると急に頭に血が上って脳味噌が混乱してしまうので、余裕は相変わらずなかったと思いますが(笑)。

鵜川 あとは、TRPG(テーブルトークRPG)かな。やったことある? 自分で設定したキャラクターになりきってプレイする、会話型のゲームなんだけど。言ってみれば、設定と筋書きがある即興演劇みたいな感じ。それに、すごく似てる瞬間があるんだよね。
 もっと言うと、ゲームマスター(TRPGの種類によっていろんな呼び方があるけど)は、もっと小説を書いている感覚に近いな。あらかじめシナリオを準備していって、ナレーションや設定の説明を織り交ぜながら、プレイヤー以外のキャラクターも演じる。プレイヤーが、マスターの思惑通りに動いてくれないところなんか、今話してたことに通じるよね。

加藤 ひとりでやるTRPGしかやったことないのでゲームマスターになったことがないのですが、それは面白そうですね! ひとりTRPGはシナリオが完全に用意されていたのでその感覚はなかったです。

ディテールの想像力とリアリティ

鵜川 TRPGにせよコントにせよ、やってると、没入して演じることが得意な人と苦手な人がいることに気付かされるよ。プレイヤーなのに、シナリオと無関係な行動に走ってみたり、明らかにストーリー進行を妨害するようなアクションを取ってみたり、ね。コントの場合も、脚本から逸脱するようなアドリブをする人とか。
 それはそれで、メタな面白さがないこともないんだけど、一人でやるゲームとは違うので、まあ、迷惑だよね(笑)。
 それとは別に、どこまで想像できるか、っていう問題になってくると、経験も絡んでくるのかな。例えば、初めてTRPGをやると、「洋館の前にたどり着いた」って言っても、具体的な洋館をイメージできなかったりする。多分、豆腐みたいなのっぺりした物体としか捉えられていない。だから、いきなり扉を開けて突入したりするのよ。
 小説を書いてても、そうだよね。「洋館」が完全に記号になっていて、具体的な場所になってない、っていうのはよくある。「学校」とか「教室」みたいな、よく知っているはずの空間でも、同じようなことは起こりがちだよね。
 これって、さっきの設定画の話にも通じるね。絵だと、空間をディテールで埋める必要があるから、具体化せざるを得ないじゃない。

加藤 そうですね。小説だとなるべく多くの描写を入れないと、特に初めて出てくる場所や建物、人物さえも読者にイメージは伝えづらいですよね。小説だったら、設定画を描いてもその特徴を文章にするときにはある程度ギミックとして場面に登場させますね。それが後々の伏線に繋がっていくということもありますけど。

鵜川 SFやファンタジーの場合は、特に難しいよね。それこそ、誰も見たことのないガジェットや風景を、誰もが理解できる言葉でイメージさせなきゃいけないわけで(もちろん、魅力的な造語も欠かせないわけだけど)。
 説明がないと分からない一方、説明ばっかりになると物語が停滞してしまう。もちろん、説明がめちゃめちゃ面白い小説というのも、なくはないんだけど、読む人は選ぶよね。とすると、そのバランスが問題になるんだけど、これがほんと難しいんだ。ついこないだも、がっつりダメ出し受けたばっかり。
 いずれにせよ、僕はこの先まだまだSF小説で勝負していくつもりなので、精進し続けます!

海底都市の可能性

鵜川 それはそうと、加藤君の将来の展望は?

加藤 僕は海底に最新の科学を基盤とした地区を作り、その地域のマネジメントをしたいと思っています。そのために、今やっている大学の勉強や研究は大切にしていきたいですね。
鵜川 海底! ワクワクしかしない!
 清水建設も、2014年以降「深海未来都市構想」を打ち出してるよね。

 そもそも、海底に関心を持ち始めたきっかけって何だったの?

加藤 海底に興味を持ったのはゲームの影響なのですが、『バイオショック』とか『ウルフェンシュタイン』がベースになってますね。海底に興味を持つ前は、宇宙環境の居住の方に関心があったんですが。

鵜川 『ウルフェンシュタイン』は海底のシーンが出てくるの? ベセスダゲーだけど、ノーマークだったので、全然知らないわ。
 『バイオショック』は、Steamの中に積みっぱなしだ。海底都市ラプチャーにはめっちゃ魅力を感じて、とりあえずセールの時に買ったのがいつのことだったか……。不真面目なゲーマーでごめんなさい(汗)

加藤 いえいえ(笑)

鵜川 それぞれの設定を、軽く解説してもらってもいいかな?

加藤 『バイオショック』はテクノロジーが暴走してしまった海底都市に辿り着いてサバイブするというもので、『ウルフェンシュタイン』は移動の際に潜水艦を使うんですよね。で、その潜水艦が居住スペースになっているという感じです。
 海底に都市があったら面白いな、と思ったのは『バイオショック』をみてからなのですが、実現可能性のヒントは『ウルフェンシュタイン』から得ました。

鵜川 なるほど。これは、プレイしてみないと!
 それと、さっきマネジメントもしてみたいって言ってたじゃない? これって、学問領域で言うと都市工学に入るのかな?

加藤 たしかに、結果的には都市工学もやってると思います。ですが、こういう学問って総合的なものなんで分野とかはぐちゃぐちゃですよね。僕は機械工学由来の環境工学よりの都市工学をやってるといえるんですかね(笑)。

鵜川 確かに、特定の学問分野で専門的に研究していくというより、何らかのプロジェクトに複数の専門からメンバーが集まって進めていく、というイメージがあるわ。本を読んでいると、そういう話をよく目にするけど、実際の大学なり研究の現場がどんな様子か、とか、どうやって具体的なプロジェクトに参加するのか、なんていう点になると、全くイメージが湧かないわ。
 加藤君は4年生という話だったけど、卒業後はどういう方向に進んでいくの? 大学院経由で研究室に入る感じ? 海洋技術環境学という領域があるよね(調べてみた)。

加藤 もともとは『エリジウム』に感銘を受けてますので、宇宙構造物の設計に行こうとしてました。

 しかし、宇宙開発って世界的にも進んでいる気がして……。そこで、上に行けないなら下に行けばいいや、と(笑)。

鵜川 それは妙に納得できるな(笑)。
 海底に都市を築く、となると、どのような社会環境を創り上げるかというシステム的な側面と、その都市にどのような機能を持たせるかというソフト的な側面と、あとは、そもそもどのようにその空間を構築するかというハード的な側面があるのかな、と思うんだけど、加藤君が一番興味があるのは、ハード的な側面ということになるのかな。
 海底に都市を築こうとした場合、一番障害になるのって何なのかな?

加藤 おそらくエネルギーの調達ですね。太陽光は届かないので、風力発電をベースとした海流発電や海底火山を用いた地熱発電を行うと思うのですが、それの技術開発をしなければならないですし、太陽光発電を抜いた再エネで都市全体のエネルギー供給が追い付くのかは心配です。
 あとは水圧ですかね。まだ調べてないので分からないですが、潜水艦もそこまで深く行けるのかは疑問です。2人乗りなどの小さいものだと現在の技術でも深海までいけますが。

鵜川 エネルギー効率の問題は、大きそうね。電力輸送の効率化によっては、海上で風力・太陽光発電した電気を、海底に送ることもできるのかな。
 そもそも、海底に建造物を作るのって、どうやるの? 宇宙だと、完成品を持っていくってわけにはいかないから、材料を運んで組み立てるわけだけど、海底の場合は地上で作ったものを、そのまま下ろして設置できるのかな、とか素人考えだと思っちゃんだけど。

加藤 僕も先生と同じように考えていて(笑)、水圧に耐えられる構造物は地上で作っちゃうのがいいと思います。でももっと良い方法があると思っていて、それが潜水艦を住環境にしてしまおうというアイデアです。
 住環境がある潜水艦を複数でドッキングできるようにすれば、それは都市と言っていいのではと思っています。

鵜川 確かに。基礎から作るのでなければ、建造物だからといって静的に捉える必要はないもんね。地上でも、家ごと引っ越しをする地域もあるし。移動するための船をそのまま住空間にっていうのも、宇宙船の発想に近い。今の話で、一気にイメージが明瞭になったわ。
 コロナ禍の影響で、今後、生活空間の選択基準が変わっていくだろう、という話があって。職種や部署によっては、リモートをベースにした方が効率的・効果的なものもたくさんあって、だとすれば、住む場所が通勤に便利である必要はない。「リゾートワーク」とか「ワーケーション」とか、そういう考え方が、一過性のものではなく、日常的なものになっていく。その時の選択肢としても、潜水艦都市は魅力的に思えるわ。

加藤 潜水艦都市がちゃんと機能することが分かったら、それを地上にも適応しようと思っています。ちゃんと空気が確保されているか、エネルギー需給は平衡を保っているか等、潜水艦という閉システムでサステナブルだということが証明できれば、地上もサステナブルになるんじゃないかなと思っています。回り道かもしれませんが、小さいところから実証を進めていくのが王道なのでは?とも思っています。

鵜川 今後の進展が楽しみですね。加藤君自身も、研究者としての視点と、創作者としての視点が、どんな相互作用を生み出すのか、今後の活躍を期待しています。また、ちょくちょく話を聞かせてくださいね。

加藤 浩瑞(かとう ひろみつ)
鵜川 龍史(うかわ りゅうじ・文芸部顧問/小説家)

Photo by Víctor Vázquez on Unsplash

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