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心のコントロール

心の弱い人、というのがいます。

どういった状態を心が弱いかと定義づけするのは難しいのですが、少なくとも「ちょっとしんどい」と大体の人が思うようなことから(連続勤務とか、ちょっとした残業とか、ほとんどは仕事のこと)逃げてしまうようだと「心が弱い」という言い方をすることにしています。

異性に振られて半年も落ち込んでいたとか、ここでは心が弱いと定義しません。

会社で4月から新しい部下(パート)が入社しました。僕の下で新しく人が入社してくるのは、本当に久しぶりです。そのくらい小売業には人が来ません。辞める人はたくさんいれど。それが現実。

30代前半の男性で、これまでに転職を3回くらいしていて、僕のいる会社に入社したのが4回目の転職ということになります。とても穏やかな好青年という感じで、人当たりも良くマイペースに仕事をしています(何があっても急がない、という言い方もできるけど)可能であれば社員になりたい。このまま安定して働いてステップアップしたいという話があったので、短期間で成長させることができれば、僕も安心して退職できるな、という安易な考えがありました。まぁそんな真剣に会社の行く末なんて考えてませんが(笑)

真面目に仕事をしているし、お客さんの対応もわかりやすいし、体力仕事であるということを乗り越えられれば、まぁまぁやっていけるでしょ、という気持ちが僕の中でありました。

でもこれまでの転職の経緯を聞くと「◯◯をやってみたくて」とか、畑違いの仕事を転々としている感じだったんです。何か固定のスキルを鍛えたいとか、ステップアップや給料アップのために、という動機の転職理由ではなかった。だから「前の仕事が嫌になって、あームリってなったらポンポン転職してたのではないかな?」という印象が僕の心の隅に小さく残っていた。

そしてここ2週間くらいの話なのですが、急に「体調を崩して休みます」という連絡が入り休むようになりました。一回だったら「疲れたんだね」と思うのですが、急に3日連続とかで休むようになったんです。しかも会社ではなくて、僕に個人的に連絡してくる。最初は「どこに連絡すれば良いですか?」というメールだったので「個人ではなく、会社に連絡をして」と伝えました。でも2回目のときもメールで連絡をしてきたんです。完全にラクしてるなと思ったので、淡々と感情のない文面で「個人ではなく、会社に連絡をしてください」と伝え直しました。

この前は土曜に連絡が来たので「病院に行ってください」と伝えました。すると「土曜は病院やってないと思うので行きません」とはっきり言ってきた。なんとなく話のトーンからもピンとくるのはズル休みです。そんなことはありません。近所の診療所くらいなら、土曜日でもやっているとこはたくさんあります。つまり調べてない。体調不良の原因がハッキリしている、もしくは体調不良なんて発生してないから、病院に行く必要がないんです。たぶんオールで遊んで二日酔いにでもなって、そのまま仕事行くの面倒くさくなったんだろうなと思った。

言い訳みたいなのも「なんかぁ…僕はぁ…」みたいに語尾がめっちゃ伸びる話し方ではっきりしない。ああ、こうやってこいつはこれまでの人生で嫌なことから逃げてきたのかな、なんてことを瞬間的に考えちゃったんです。

本当はダメなんですが、正直なところズル休みしたいんだったらそれでもいいよと僕はどこかで思うんです。体力的にも厳しい仕事だし、休みも少ないし、拘束時間も長いし、ストレスも多い。接客業ってそうですよね。だから体調不良の理由を追求するつもりもないし、あなたはズル休みを一回もしたことないんですか?と聞かれたら、それはウソになるし。しかし明確な理由もないまま(適当に「なんかわかんないけど体調不良で」とか)ポンポン休まれたら、周りからネガティブなイメージがつくだけなんです。結局「病院には行かないらしいけど、体調不良で休むって」という報告しか周りにはできないのだから。聞いたほうは「は?」となります。当たり前ですよね。

そのイメージを払拭するには何倍もの働きをしなければならないし、時間もかかる。世の中のほとんどの人が毎日「会社行きたくねー」と思いながら、重たい一歩を踏み出して出社するわけです。そこからちょっとのストレスで逃げちゃダメなんですよね…話を先に進めます。

これが新卒の人とかではなく、社会人になって10年以上経ってる人がやっちゃうという。だけどそれでも発動させるなら、相手にズル休みだと思われない理由をでっち上げるスキルは必要だと思うんです。極端な話「持病があって、なんちゃらかんちゃら」という聞いただけですぐ問い詰められないような解答をあらかじめ提示するとか。「ああそうなんだね、お大事に」と言われるところまでイメージを膨らませて、自分をプロデュースできるかどうか。これって社会人にとってとても重要だと思うんです。

物事に対して、愚直に不器用に真っ正面から向き合うことも重要です。でも場面によって「どう自分をよく見せるか、どう見せたいか」という部分は社会人である以上、ずっとつきまといます。よく言われる「うまくやる」という部分です。全部が100%でも疲れるし、全部が20%では何も達成できません。よほどの能力があって、それを生かしているのであれば、目の前のことに向き合うだけで良いかもしれません。

しかしなんとなく心が弱く、すぐ逃げ出しちゃう人は自分自身のプロデュースも下手くそです。だから仕事が嫌だから体調不良ということにしようとか、そこまでしか考えてない。相手からどんな質問をされるだろうか?とか考えてないんです。可能な限りストレスなく「休む」という事実だけを伝えたい。伝えた相手から「じゃあこうしてもらえますか?」という提案に対してイライラする。「体調不良って言ってんだろ。とっとと休ませろよ」くらいのことしか考えてない。最終的に面倒くさくなって、辻褄の合わないウソの連打になる。それが自分自身のなかで、次の出勤ストレスをさらに大きくさせる。

もちろんそうさせてしまっている原因が、僕や仕事にあるのだとしたら、改善が必要です。しかし合わないものは合わないよなぁ、という気持ちがあるのも事実です。それは「うちの会社はこうだから」という現実を押し付けるのではなく、日々の仕事のなかで自分自身で「自分はここにいるべきなのか」など気持ちの整理を進めてもらいたいということですね。自立して思考することを、僕は強く求めます。その結果「やっぱ違うわ」だったらそれは仕方がないし、人が足りないんだから絶対やめないよう仕向ける、みたいなこともありません。逆にやる気がない人を無理やり縛りつけても意味がない。言い方は悪いですが、とっとと違う仕事に就いてもらった方がお互いにとって良い結果になるのです。

日本の企業マインドとして、人数がどれだけ減っても「いる人数でできるだけの仕事をする」という思考にどうしてならないのかな?と不思議に思っています。人が減ったのなら、どれだけ残った人が頑張っても稼げる売上にも利益にも限界が来ることはわかっているはずです。けれども経営層は「どうやったらその人がいたときの売上を得られるか考えろ」だけ言ってくる。人いないのに?じゃあ考えるから給料上げてよと労働者側は思います。でもそれを達成しても給料は1円も上がらない。「やればできるんだよね」とか言ってきますが、そうじゃなくて給料上げろよなんです。まず身入りを上げてから褒めてくれ。だから人がどんどん辞めていく。当たり前の流れです。

心のコントロールや考え方というのは、1日研修をしたからとか、ちゃんと指導をしたからといった理由ですぐに変化のあるものではありません。というか、そんな簡単に人間の心なんてコントロールできないのです。弱みも強みも同じく。その人の強みを活かせる仕事がその場所にないのなら、すぐに見切って次に行く。そういう時代になっている。

メンタルヘルスが叫ばれるようになって、心の状態の平均値や定義というものが世の中に蔓延しています。それは「この基準に満たないのであたなは弱い」というような線引きが極端にされている現実であるともいえます。通常心の状態というのは、日々揺らいでて強い日もあれば弱い日もある。もちろんその線引きによって助かったと感じている人も多いでしょう。でもそれに当てはまったから「自分はこうです」と受け入れちゃうと、そこで何もかも止まってしまう。あくまでそう言った定義は「こういう傾向」という言い方に留めておくべきで「あなたはこうです」と言い切れるものでは決してありません。それは先ほど書いた「心の状態は日々揺らいでいるから」に他なりません。

「私は心が弱い」と、その場所で宣言している人は単純に「あなたのいる場所が、今のあなたに合ってないだけ」であり、心が弱いということとは全く考え方が違うように思います。心の問題はとても複雑です。

平穏でいたい。悩みたくないし、困りたくない。
それでもやってくる心の弱さに打ち勝てる人間になりたい。

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