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1月のShhh - 余白に誘われて

以前、何かの本で「余白とはWhite SpaceではなくImagination Spaceである。」と書かれていて、余白という言葉を一歩深く理解できたような気がした。例えば積み木のようなシンプルな玩具には「余白がある」といったときに先述の「Imagination Space」とはどのようなことかよく分かる。受け手の想像性を刺激することで、より能動的な鑑賞・体験へと誘い、作品と受け手の間で、何かを生み出すことが可能な状態。それを余白がある(Imagination Spaceがある)と呼ぶのだろう。

1月は、そうした可能性が広く開かれている作品に多く出会えた。Shhhの定例会で共有された「静謐で、美しいもの」を、月ごとに編集・公開する企画「Shhhで話題になった美しいものの数々」。今月もどうぞお楽しみください。

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余白で高まる感度

🎥映画『春原さんのうた』(監督・脚本=杉田協士、2022、日本)

歌人・小説家・脚本家の東直子による歌集『春原さんのリコーダー』の一首、

「転居先不明の判を見つめつつ 春原さんの吹くリコーダー」

歌集『春原さんのリコーダー』

から想像を広げ、映画化された作品。主人公の新生活とその背景にある喪失が、やさしく豊かな物語に描かれている。

劇中にある、常に開かれた部屋の扉のように、受け手へ開かれた作品。その部屋の扉から入り込み、肌をそっと撫で、いたわり合う風のように、やさしい余韻がずっと自分の身体の周りにふわふわと漂い続けている。

説明を排した表現の先には、これほどまで豊かな余白と、僕ら一人ひとりの中に眠る感性を目覚めさせ、自分の物語を揺り動かす地平が実は開けている。余白を通じ、表現の本質や物語の可能性について、新たに気づかせてもらえた。

🏛 「白井晟一 入門――第2部/Back to 1981 建物公開」(2022年1月4日〜1月30日、松濤美術館)

松濤美術館を設計した白井晟一(しらい せいいち)は、学生時代に哲学を学び、個人住宅や公共建築から、記念碑的建築まで手がける多彩な建築家だったという。現在も使用されている中公新書の装丁デザインを担ったり書家の顔ももつ彼の活動を、2部にわけて紹介した展示の第2部。

美術展では、壁面や台など、空間に什器や作品が置かれているのが常。しかし今回は白井氏が当初イメージした姿に近づけた状態で空間そのものを公開するという展開によって、その豊かな空間体験を存分に味わうことができた。

歴史ある美術館ほど、このような当時建築家が理想としたイメージに近づけるための空間体験企画をぜひ行って欲しい。ただただ、贅沢な時間だった。

📕 『ゆっくり、いそげ――カフェからはじめる人を手段化しない経済』(著=影山知明、2015、大和書房)

2008年に西国分寺にオープンした「クルミドコーヒー」は、金銭の物差しでははかりにくい価値を大切にしている。成長や経済効率だけでなく、理想と現実を両立させていくための考え方を綴った一冊。

この本からは、特に仕事の価値は「時間」にある、とする考え方に新たなヒントをもらえたように感じられた。

例えば、あらゆる場面で「いい時間を過ごしてもらうこと」に着目すると、僕らの仕事においても様々な新しい価値の可能性が見えてくる。ひとつ例を挙げてみると、昨年12月にリニューアルしたShhhのコーポレートサイトで言えば「見ている間、本や映画に触れてるような時間だった」と公開後に感想を頂くことが何度かあった。「そこで過ごした時間の価値」という意味で言えば「従来のコーポレートサイトを見ている時間」にこれまでと違う価値を提供できた、と解釈することも出来るかもしれない。

また違う例で言えば、キックオフMTGやワークショップのような場面で過ごす時間だって、内容の成果とは別の違う価値の機会を見つけることもできるかもしれない。

「いい時間を過ごしたな」という価値をあらゆるフェーズで感じてもらう。ここには多くのヒントがあるような気がしている。

🏛「柚木沙弥郎 life・LIFE」展(2021年11月20日〜22年1月30日、PLAY! MUSEUM)

染色家・柚木沙弥郎の絵本作品の原画や人形が、子どもも大人も楽しめるPLAY! MUSEUMでのびのびと配置された展示。

今回の展示では、もちろんメインは染色作品な訳だけれど、これまで観たことのなかった絵本作品について多く見れた事がとても良かった。

特に「たかい たかい」や「おふねがぎっちらこ」のような、シンプルな動作の中に宿る、親子間の愛情がぎゅっと詰まった慈しみ。普段の単純な行為の中にこそ根源的な愛の姿が詰まっていることを見つけ、掘り起こしていく柚木さんの優しい目線を確かに感じることができた。

「余分がないこと」と「余白があること」の紙一重さ

🎥映画『ハニーランド 永遠の谷』(監督=リューボ・ステファノフ、タマラ・コテフスカ、2019、北マケドニア)

ギリシャの北に位置する北マケドニアの首都・スコピエから離れた土地で暮らす自然養蜂家の女性の生活を3年と400時間という時間で撮影したドキュメンタリー作品。

この作品がドキュメンタリーであることが信じられず、何度もクレジットを確認してしまった。それくらい「衝撃的な現実」が幾度もカメラに捉えられている。ただショッキングなだけでなく、ときに息を呑むほど美しく、また息を潜めるほど恐ろしいショットもある。

映画には脚本を楽しむ、演出を楽しむ、俳優の演技を楽しむ、特殊効果を楽しむなど、色々な楽しみ方があるが、映像そのものを味わうという楽しみ方もある。そうした楽しみ方を意識して本作を見ると、まさに眼福といえるショットが絶え間なく続く喜びに浸ることができる。

『ハニーランド』には大量にある撮影フッテージから、映画の文脈に合う選りすぐりのシーンだけを集めて作られたような非常に高い純度がみられる。しかし一方で、90分という定形的な映画フォーマットに編集されることによって失われたものが多かったのではないかと、少し残念に思う。もし叶うことなら、もっと説明を排した、もっと余白を活かした、ディレクターズ・カット版としてこの芳醇な映像をもっと長く見続けていたい。

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以上、1月にShhhで話題になった「静謐で、美しいもの」でした。

編集 = 原口さとみ

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