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4月のShhh - Be on the lookout

文庫になっていた『暇と退屈の倫理学』を読んだ。
結論の章で映画論や美術論についても著したフランスの哲学者ジル・ドゥルーズのエピソードが次のように紹介されている。映画や絵画が好きだったドゥルーズは「なぜあなたは毎週末、美術館に行ったり、映画館に行ったりするのか? その努力はいったいどこから来ているのか?」という質問に答えてこう言ったことがある「私は待ち構えているのだ」と。

著者は、その発言には「動物が獲物を待ち構えていること」と同様の意味があることを解説し、動物的な行いとは即ち「理性を超えた何かにとりさらわれること」であると言う。

「何かにとりさらわれる」こと。夢中になるとか、没頭するというと、自ら対象へ向かって集中していくベクトルがあるけど、「何かにとりさらわれる」ことというと、外からやってきたものにふいに心がとらわれてしまう感覚を適切に表していると思う。そう、その感覚は本を読み、映画を見て、アートを体験するとき、自分も求めているものだなと深く納得した。

さて、今月はドキュメンタリーを中心にリアリティの塊のような骨太な作品に多く出会いました。「Shhhで今月話題になった美しいものの数々」。今月もどうぞお楽しみください。(Shigematsu)

今月の映画

『ボクシング・ジム』(監督=フレデリック・ワイズマン、2021、アメリカ)

テキサス州オースティンのとあるボクシング・ジム。
小学年低学年とおぼしき少年、太った中年のおじさん、幼な子を抱え練習に来るお母さん、60過ぎに見える男性、引退を控えた年配ボクサー...。
年齢、性別、人種、さまざまに異なる人々がジムに集い、黙々と自己を鍛える姿だけがただ映し出されたドキュメンタリー。

映像を通じて聞こえてくるのは、バッグを叩く音、タイムを告げるブザー、コーチの掛け声、縄跳びの音...。それは静かに鍛え続ける者たちの音、と言い換える事ができる。

自分自身を鍛えること、その行為がもつ尊さ。ワイズマンらしい題材への眼差しは、人間を映し、称える彼のテーマにそのままつながっている。(Utsunomiya)

『薬物依存者 36年間の記録 / LIFE OF CRIME 1984-2020』(監督=ジョン・アルパート、2021、アメリカ)

ビデオジャーナリストのジョン・アルパートが、友人のような間柄の3人を36年間に渡り記録し続けたドキュメンタリー。窃盗品の販売を生業とした若かりし頃の暮らし。希望に溢れた結婚生活と、すぐにやって来る暴力と家庭崩壊。刑務所での暮らしと、出所後の行く先のなさ。そして止めることの出来ない薬物依存。

絵に描いたように転がり落ちてゆく人生の中で、束の間だが訪れる希望も掴むことができず、孤独な死へと邁進してしまう3人の人生…。

ジョン・アルパート自身がかつて他作品のタイトルにもしている「Only The Strong Can Survive」という無情なメッセージが胸に刺さる作品。(Shigematsu)

『HIDDEN』(監督=ジャファール・パナヒ、2020、フランス・イラン)

イランの映画監督ジャファール・パナヒによる18分のショート・ドキュメンタリー。監督と娘、娘の友人の映画プロデューサーの3人が、イランの農村に住む奇跡的な歌声を持つと噂される少女のもとへ映画の出演交渉に赴く。農村へ到着し彼女の家を訪ねるが、部屋の奥にひかれたカーテンの背後から彼女は姿を表さない。父親に公共の場に出演することを固く禁じられているという。なぜなら彼女の歌声を聞いた少年たちが呪われてしまうからだと。

そこで3人は出演交渉を諦め、せめてカーテンの奥からでも良いので歌を聴かせてくれないかと少女に頼む。長い沈黙の後に、山羊や鶏など家畜の鳴き声がけたたましく響く中、世界で最も美しい叫びのような歌声が紡がれていく。

iPhoneで撮影された、たった18分間の映画の中で、イランの文化、宗教、社会的基準、男女格差、そして禁断の歌声を味わうことができる、短いが豊潤な作品。まるで自分が4人目の登場人物として、一緒に少女のもとを訪れているような没入感のある素晴らしいショートフィルム。(Shigematsu)

今月の本

『すべての月、すべての年』(著=ルシア・ベルリン、2022、講談社)

本を開き、一篇目を読み始めた途端から、一気に引き込まれてしまう。言葉を発せず、ただ飲み込むことしか出来ない。このルシア・ベルリンでしか体感できない濃密な読書体験をどう表せば良いのだろう。

人間をそのまま剥き出しにしたかのような、ゴツゴツとした塊のような文学。自分の力ではまともに咀嚼出来ず、そのまま飲み込む他なく、かと言って消化できる自信もない。そんな太い作品群。

一体、どんな人生を生き抜けばこのような作品が産まれるのだろう。ついそう思ってしまう決定的な格の違いをそこに見てしまう。どんなジャンルにおいてもそのような「別格」の作品は必ず存在するが、文学においてはそれがルシア・ベルリンという事なのだろう。(Utsunomiya)

今月のデザイン

『四季草花下絵和歌巻』 (筆=本阿弥光悦・画=俵屋宗達、江戸時代初期、日本)

下絵を俵屋宗達が描き、その上に本阿弥光悦による書をしたためる。
抽象化された流れるような宗達の風景画を背景に、伴奏するかのような光悦による散らし書きによる書の美しさは、まるで音楽のよう。
レイアウトの最良の教科書と言って良いのではと思う。(Utsunomiya)

今月の展示

『篠田桃紅展』(東京オペラシティ アートギャラリー)

その瞬間にしか産まれない、一度にしか存在し得ないもの。
書が本質的に持っているその唯一性と、それゆえの緊張感は、観るものを正すようなある種の作用がある。

そこに篠田氏による、最小限で構成された、音楽的で時間的な線と構成の小宇宙世界が提示されると、生命そのものが書というフォーマットで刻印されているかのような没入感とともに、その渦中に巻き込まれるようなめまいを感じてしまう。

生きている線とはこういうものなのか、を垣間見るような素晴らしい回顧展。会期中もう一度行きたい。(Utsunomiya)

今月のメディア掲載

『月刊ブレーン 2022年6月号No.743』

「月刊ブレーン 2022年6月号」に、Shhhが制作として携わりました『JAF Mate Online』メディアサイトを「CREATIVE NAVI」のコーナーで掲載頂きました。ぜひ書店でお手にとってご覧ください。

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