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10月のShhh - 希望はどこからやってくるのか

『これからの「正義」の話をしよう』で知られるハーバード大学教授マイケル・サンデルは著書『実力も運のうち 能力主義は正義か?』の結論の章で次のように書いている。

機会の平等に変わる唯一の選択肢は、不毛かつ抑圧的な成果の平等だと考えられがちだ。しかし、選択肢はほかにもある。広い意味での条件の平等である。それによって、巨万の富や栄誉ある地位には無縁の人でも、まともで尊厳ある暮らしができるようにするのだ。

ここで言う「広い意味での条件の平等」とは一体どのようなことだろうか。今月は現代社会の内なる姿を1つづつ解体していくように見せてくれたこの本を出発点として、シビアな現実と「広い意味」を考え続けていました。

Shhhの定例会で共有された「静謐で、美しいもの」を、月ごとに編集・公開する企画「Shhhで話題になった美しいものの数々」。今月もどうぞお楽しみください。

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現実を受け止め、変化を起こす市井の声

📕 書籍『実力も運のうち 能力主義は正義か?』(著=マイケル・サンデル、訳=鬼澤 忍、2021、早川書房)

「能力主義(メリトクラシー)」をテーマに現代社会を問う。「出自に関係なく、人は自らの努力と才能で成功できる」という考えは、機会を掴めないのは自分の努力が足りないからだとでもいうような残酷な自己責任論と表裏一体。「勝者対敗者」という分断を生む社会構造の難題に挑んでいる一冊。

政治哲学に軸足を置くマイケル・サンデルが政治と現代社会の関係性を一つずつ検証し、その姿を暴いていくさまを見て、批評という行為がどれほど創造的な行いなのかがよく分かった。

この本に書かれているような批評を通じて「では、自分たちにふさわしい政治とは何か」を考えられるようになると思うけど、そうした機会は自分の周りではだいぶ少ない。

📕 書籍『プロジェクト・ファザーフッド――アメリカで最も凶悪な街で「父」になること』(著=ジョルジャ・リープ、訳=宮﨑真紀、2021、晶文社)

舞台は、ギャング抗争が頻繁に起こるスラム街、ロサンゼルス南部の街ワッツ。貧困・暴力・抑圧が幾代にも渡って負の遺産として受け継がれているこの地域で、その連鎖を断ち切るために立ち上がった男たちのドキュメンタリー。

「こんな俺達がどうやって父親に」父を知らずに育った男たちが自分自身のことをさらけだし、語り合い、父となることを手探りしていく。

人類学者でソーシャルワーカーの著者は、元ギャングメンバーに頼まれて、父親たちによる自助グループの運営を手伝っていく。アメリカで最も治安の悪い地域と評される場所の、黒人男性限定のコミュニティに、白人女性ながら加わり4年間に渡りプロジェクトを遂行していく著者の強さにも痺れる。

🎥 映画『レボリューション -米国議会に挑んだ女性たち-』(監督=レイチェル・リアース、2019、Netflix、アメリカ)

2018年のアメリカ下院議員選挙に出馬した女性新人候補者のうち、アレクサンドリア・オカシオ=コルテス(通称AOC、ニューヨーク州)をはじめ、4人の女性新人候補者の戦いを追ったドキュメンタリー。

清掃員として生計を立てていた母親を、ウェイトレスやバーテンダーの仕事をしながら経済的に支えていた、労働者階級にいる「普通」のAOC。力漲る心からの言葉と誠実な態度で戦い抜き、結果、11期目を目指すベテラン現職議員を破り29歳で米国史上最年少の女性下院議員に。

富と権力が必要とされる政治の世界で、候補者を支える選挙対策チームの草の根の様子。女性であるがゆえに過小評価される側面(と、自信を示したところでジェンダーロールに当てはまらないと起きる理不尽な反発)がある現実も受け入れ、強さに変えていく様子。思わず画面に向かって声援を送ったし、先日の衆議院選挙で大奮闘した香川1区の小川淳也さん(映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』)の陣営をSNSを通じリアルタイムに見て、日本にも存在するAOCのような希望にちょっとグッときた。

感受の表現

🎥 映画『サウンド・オブ・メタル〜聞こえるということ〜』(監督・脚本=ダリウス・マーダー、2019、アメリカ)

突如難聴になったメタルバンドでドラマーとして活躍する主人公が、音のない世界を受け入れることの難しさに直面しながらも、さまざまな仲間と関わりあいながらある決断をする――。

この作品のおもしろさは、何と言ってもサウンドデザイン。主人公のルーベンの状態を、まるで自分が本人になったかのように疑似体験できる。ルーベンが聴覚ではなく何で音を経験するのか。“音”と“静寂”で描く人生の切なさ・人間の強さ、そして挫折と再生を、あたかも自分の体験として味わえる本作。聞こえなくなることによる解放があることを知り、こう思う。「いったい世の中はどんだけうるさいんだ!」。

🏛 展示『川瀬巴水 旅と郷愁の風景』

大正から昭和にかけて活躍した版画家・川瀬巴水(かわせ はすい・1883〜1957)の回顧展。

その一時代前である江戸時代から描かれていた浮世絵版画にかわる「新版画」を構築していった巴水は、伝統木版技術を駆使した詩情豊かな版画が特徴。歌川広重のような線描の雨の表現や、雪の一粒一粒など、その繊細さがとても美しい。

ある種「型」が決まっていて、それを「ワンパターンだ」を評する人もいるが、だからこそいいという見方もある。近代化が急速に進んだ当時は、街や風景がどんどん変化した時代。日本の原風景を求め旅しながら巴水が描いた、家から光が漏れる様子や光の描き方は、日本人の心にぐっとくる。

今月の音楽

『Typical of me』/ Laufey

シャーデーのようなコリーヌ・ベイリー・レイのような、美しく個性的でビターな歌声に一瞬で虜になりました。特に部屋でギターやチェロを持って、スタンダードのカバー曲を弾き語りしているyoutubeチャンネルは最高オブ最高。

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以上、10月にShhhで話題になった「静謐で、美しいもの」でした。

編集 = 原口さとみ

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