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2月のShhh - 酩酊するほどの美に触れて

ここ最近、頭の中で太極図のようなイメージが離れない。調和と乱調、豊穣と腐敗、静寂と狂騒の間の、絶妙なバランスを保ちながら存在する傑作に次々と出会ったからだと思う。あまりの美の凄まじさに酔ったのか、思い返すだけでも少しクラクラしてくる。

今月は日本の作品を筆頭に、そんな美学が最大限に現れた作品が集いました。Shhhの定例会で共有された「静謐で、美しいもの」を、月ごとに編集・公開する企画「Shhhで話題になった美しいものの数々」。今月もどうぞお楽しみください。

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🎥 映画『切腹』(監督=小林正樹、1962、日本)

滝口康彦の『異聞浪人記』を橋本忍が脚色し、小林正樹が監督した1962年制作の時代劇。第16回カンヌ国際映画祭の審査員特別賞を受賞している。

武家屋敷を舞台に暴れまわる役者陣の殺陣と、中庭で行われる残忍かつ厳かな切腹の儀。建物の柱や格子の凛とした直線美と、襖や屏風に描かれる大胆な日本画の迫力。物語りという大きな筋の中に「静」と「動」が入り交じる奔流を一分の隙がない完璧な構図でとらえる、異常なまでの撮影への美意識。映画をつくる一つひとつの要素が、それぞれを高め合い、まさに才気横溢という言葉がぴったりの作品に仕上がっている。

🏛 「尾形光琳『紅白梅図屏風』」(MOA美術館「開館40周年記念名品展 第1部」より)

開館40周年として、MOA美術館の所蔵作品のうち尾形光琳の『紅白梅図屏風』が公開されるとの事で早速観に行ってきた。

紅梅と白梅とが向かい合う間を、暗くもぬらぬらと輝きを帯びたたらし込みによって極度に抽象化され、模様化された流水が画面を縦に分断する、その緊迫感。そして画面を食い破るように大きくはみ出した梅の木のスケール感。そのグラフィカルな感覚の円熟さに惚れ惚れと見入ってしまう。

杉本博司が主宰する新素材研究所による、MOA美術館の内装も素晴らしい。超一級の作品を、超一級の美意識で整えられた展示形態で体験できる、貴重な機会。

豊饒なる夢(と悪夢)としての映像

🎥 映画『Komitas』(監督・脚本=Don Askarian、1988、西ドイツ・ベルギー)

ドン・アスカリアンの映画はどんな映画かと聞かれても言葉で説明できることが1つもない。ただただ万華鏡的であり、めくるめく豊穣な夢としての映像詩だ。中央アジア的と呼べば良いのか、中国やギリシャ、インド、イスラムの文化が入り混じったような優美さと死生観を堪能できる作品は他にあまり知らない。mubiのユーザーコメント欄では「セルゲイ・タルジャーノフ」と一言書いてあるコメントもあり笑ってしまった。日本では未公開の作品、いつか劇場で見れることを願う。

🎥 映画『ダムネーション/天罰』(監督=タル・ベーラ、1988、ハンガリー)

なんと言ってもタル・ベーラである。暗い。重い。常に土砂降り、そしてずぶ濡れ。荒れ地を野良犬が走り回り、酒場で安酒に酔いどれる。良いことは一つも起きそうもない(実際起きない)。が、そんな悪夢の世界を全て吹き飛ばす、全ショットがあまりに絵になりすぎてビシッッッッ!と音が唸るかのような完璧な画面構成とカメラの動き。それが超長回しによって一体化される時に訪れる完璧すぎる美の世界。堪らない。世界が暗鬱であればあるほど、その画面の美しさにのめり込まざるを得ない。なんと言ってもタル・ベーラなのだ。

その他、話題になった作品

📕  書籍『「家庭料理」という戦場: 暮らしはデザインできるか?』(著=久保明教、2020、コトニ社)

「日本の家庭料理は戦前からどう移ろってきたか」を分析した一冊。市民の足元にあるものを分析するという活動そのものに関心を抱き読みはじめたところ、テーマ設定や分析の切れ味がすごかった。

戦前までは「家庭」料理ではなく、「村(共同体)」の料理だったこと。戦後に欧米の食文化が流入し、上流家庭の娘が家庭に入り「レストランの味を家で再現する」ことが主流だった時代から、時短料理が受け入れられる現代の話――「家庭料理は大切である」という疑われなかったこの考え方に、生活と学問の両面から問う姿勢は興味深い。

📕  書籍『プロジェクト・ヘイル・メアリー』(著=アンディ・ウィアー、訳=小野田和子、2021、早川書房)

映画『オデッセイ』の原作『火星の人』の著者が生んだ、新たなリアルSFプロトタイピング作品。

目の前にある不可解な、だが切迫したリアルな諸問題。それに対し科学的立場を取ることで、物事を細分化し、客観視し、仮説と検証を小さく試し続けることで、理解の小石を着実に積み重ねていく。主人公はその立場を貫く事で、徐々に不可解な世界を正しく理解していく。そう、この本はSFという題材でありながら、伝えているのは「学ぶこと」の本質的な行為だ。そしてその小さな学びは徐々に遠心力を増し、やがてとてつもない地平へと辿り着いていく。その高揚感や楽しさ、つまりは「学ぶことの楽しさ」を余すところなく本作は伝え切っている。そこが最高に興奮するし、何よりも感動する。なぜならそれは人間の知性を讃えることにほかならないからだ。

2022年春のプレイリストができました

(写真=村上大輔)

2月。寒さの中にも春の気配が充満する、静けさと祝福感のあるプレイリストを作成しました。選曲は昔から好きなケニー・ホイラーやマリア・シュナイダー、パット・メセニーらの大御所から、最近好きなベン・ウェンデルやブレーマー/マッコイなど。

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以上、2月にShhhで話題になった「静謐で、美しいもの」でした。

編集 = 原口さとみ


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