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「楢ノ木大学士の野宿」と地学(その三)

---野宿第二夜---

大学士は力コウ岩の石切り場で野宿します。夜あけ近くに、力コウ岩中の鉱物たちがけんかをしている声が聞こえてきます。

「そんなにひじを張らないでおくれ。おれの横の腹に病気が起こるじゃないか。」
「おや、変なことをいうね、一体いつぼくがひじを張ったね。」
「そんなに張つているじやないか、ほんとうにおまえこのごろ湿気を吸ったせいかひどくのさばり出してきたね。」…

「それはたしかに、あなたはぼくの先輩さ。けれどもそれがどうしたの。」
「どうしたのじゃないじゃないか。ぼくがやっと体格と人格を完成してほつと息をついてるとおまえがすぐぼくの足もとでどんな声をしたと思うね。こんなぐあいさ。もし、ホンブレンさま、ここのところで私もちつとばかり延びたいと思いまする。どうかあなたさまのおみあしさきにでも ちよっと取りつかせて下さいませ。まあこういうおまえのことばだったよ。」

力コウ岩の組織をルーぺで拡大してみると二ミリくらいの大きさの何種類かの鉱物がいりくんでできていることが わかります。ここに登場するジッコ(ジテッ鉱)、ホンブレン(ホルンブレンド=角閃石)、バイオタ(バイオタイト=黒雲母)、プラジオ(プラジオクレース=斜長石)、才ーソクレ(オーソクレース=正長石)、クオーツ(=セキエイ)の 六人がカコウ岩を作っている鉱物たちです。彼らの話によると、マグマが地下深くで冷え固まり、この力コウ岩になったのは十万二千年も昔のことらしい。どろどろに融けた マグマが冷えるにつれて融けにくい鉱物から順々に結晶ができ始め、それらがいりくんでカコウ岩ができたのです。 Fig.1の晶出順序を知っていると鉱物たちのけんかの背景がよくわかります。
クオーツ以外の鉱物は水をとりこみ変質し、粘土などになります。Fig.2の例が会話中にあらわれます。これらの変化を医者のプラジオは、風病(風化)とか、 慢性りょくでい病、蛭石病などと呼んでいます。
地表にある物は硬い岩石といえども一万年はもちません。 風化し、土になることは「けだしすベて吾人にまぬがれないことですから。けだし。」

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 Fig.1                Fig.2

-力コウ岩の風化-

力コウ岩はいろいろな鉱物がいりくんだ組織で、その鉱物ごとに膨張率もことなります。昼間、太陽に照らされているカコウ岩の表面はとても熱くなり、その組織中でかみあっている鉱物たちは、それぞれの割合で膨張しますが、 夜間は逆に冷えこんで収縮します。このように岩石中の鉱物の膨張,収縮はくる日もくる日も際限なく繰り返されます。力コウ岩中の鉱物たちは、あっちをつつかれ、こっちを押されておしまいバラバラになってしまいます。たかが二千年も経ってみれば、地表にある力コウ岩は砂や粘土のつぶになるのです。白砂青松といわれる海岸の白いクオーツ(セキエイ)の砂はこうしてできました。

-コングレメレー卜の話-

コングレメレー卜というのは、岩石の専門用語です。日本語ではレキ岩といいます。いろいろな砂利の間をセメント質が埋めてできた、お菓子の豆板を想わせる堆積岩です。 いろいろな製品を作る小会社を統括してできているような 多角経営の会社を経済方面では、コングロメレー卜(Conglomerate)というそうですが、これは会社のレキ岩のようなものです。

山の岩石が風化し、川で運ばれるうちに砂利になり、これがコングレメレー卜になるまでには気の遠くなるほどの 歳月が経ったことでしょう。コングレメレー卜がただの砂利だったころは、地球の火山の噴火が盛んで、ほんとうに お曰さまは真赤に見え、空は茶色だったかも知れませんね。 コングレメレートのおいたちは岩石の輪廻を思わせます。

-双子のオ―ソクレ-
オーソクレース(正長石)は双晶として産することが多いようです。双晶というのは結晶の双子と思ったらわかりやすいでしょう。次の図を見て下さい。Aがオーソクレー スの単結晶、Bはオーソクレースの単結晶二つが互いにあく手でもしているかのように接合している双晶です。(黒く塗ったのは図を見やすくするためで、本当は両方とも同じ色です。)
Fig.3

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