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宮澤賢治の実験室

この記事は「宮沢賢治の夢」の後編になります.先に「宮沢賢治の夢」をお読みいただければ幸いです.

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誰かが、岩の中に埋もれた小さな植物の根のまはりに、水酸化鉄の茶いろな環(わ)が、何重もめぐってゐるのを見附けました。それははじめからあちこち沢山あったのです。
「どうしてこの環、出来だのす。」
「この出来かたはむづかしいのです。膠質体(かうしつたい)のことをも少し詳しくやってからでなければわかりません。けれどもとにかくこれは電気の作用です。この環はリーゼガングの環と云ひます。実験室でもこさへられます。あとで土壌の方でも説明します。腐植質磐層(ばんそう)といふものも似たやうなわけでできるのですから。」私は毎日の実習で疲れてゐましたので、長い説明が面倒くさくて斯(か)う答へました。 (宮沢賢治 イギリス海岸より) 青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)使用 
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・ メノウの縞を作る
・ オパールを作る
これらの鉱物はガラス質[1]で,成分はSiO2+nH2O.すなわち含水シリカです.メノーの縞は含水シリカがゲル状[2]であったときに起こった反応[リーゼガング現象]で,生じたものです.
オパールは,大きさのそろった微細な含水シリカの粒(150~200nm)が凝集してできたもので,光が回折・干渉を起こし虹色の光彩を放ちます.今日,盛んに研究されているハイテク技術でも,ホトニックス材料にはオパールと同様な構造設計がなされています.
(注)
[1]物質は原子・分子が結合し並んでできていますが,これらの配列の様子が,空間に周期を持って整然と並んでいるものを“結晶質”といい,規則正しい周期がないものは”ガラス質”といいます.
[2]ゲルとは,ゼリーのようなぐにゃぐにゃした固体です

メノーやオパールも実験室で作ることはできますが,乾燥固化に熱処理が必要ですので家庭で実験するのは大変です.ここでは,メノーやオパールではありませんが,扱いやすい材料で,安全な美しい結晶[方解石,酒石酸カルシウム,酒石酸カリウム(ロッシェル塩),など]を作り,ゲル中の結晶成長やリーゼガング現象を体験してみましょう.

■ 私が開発した実験キットの概要:
(1)材料Aを拡散したメタ珪酸ナトリウムのゲルを作る:
Na2SiO9・9H2O(244g)+H2O(500ml)[2mol濃度の溶液.これを水ガラス(メタ珪酸ナトリウム)の原液と呼ぶことにする.CO2の吸収を防ぐために,できるだけ空気に触れさせないように保存のこと]


メタ珪酸ナトリウムの1mol溶液(15ml)に,材料A(0.16mol溶液,6ml)を拡散させる.これに攪拌しながらゆっくり酢酸(1mol濃度溶液(15ml))を加えるとゲル化する.ゲル化の速度は混合溶液がpH7~8程度が最も遅く,結晶成長に最適なゲルを得ることができる.(pHは酢酸量で加減する).3日程度で充分な強度のゲルが形成される.
プラスチック容器中で固まったゲル(ほぼ中性)を,キットとして配布できると良いのだが,輸送中の振動でゲルにひび割れが生じる恐れがあるので,酢酸を加えてゲル化させる過程も各自行わなければならない.これは乾燥すればシリカゲルであるので,廃棄に際しては問題はない.
教材用の材料Aには次の3種類がある:
・ CaCO3方解石を成長させる場合:(NH4)2CO3炭酸アンモニウム
・ CaC4H6O6酒石酸カルシウムを成長させる場合:C4H6O6酒石酸
・ K2C4H6O6ロッシェル塩を成長させる場合:酒石酸

(2)材料B(ゲル上に注ぐ反応溶液).
液体なので容器に入れて配布する.
安全な薬品でできる実験に限定する.材料Bは以下のイオンを出す電解質水溶液
・ CaCO3方解石を成長させる場合:Caイオン
・ CaC4H6O6酒石酸カルシウムを成長させる場合:Caイオン
・ K2C4H6O6ロッシェル塩を成長させる場合:Kイオン

(デモ例)
■ 方解石CaCO3の場合:
材料Aは(NH4)2CO3 (pH9これがベスト)を水ガラスに拡散し,
酢酸を加えゲル化(pH 7~8にする).
材料Bは,CaCl2(0.16mol濃度.これがベスト)

■ 酒石酸カルシウムの場合:
材料Aは酒石酸HOOC-CH(OH)-CH(OH)-COOH を水ガラスに入れ,
酢酸でゲル化(酸性).
材料Bは塩化カルシウム溶液(1mol濃度).
実験者が注意深くゲルの上に流し込む.

■ ロッシェル塩の場合:
材料Aは酒石酸
材料BはKCl塩化カリ,KIヨウカカリ(0.16mol濃度)

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1時間以内に最初の結晶がゲルの表面近くに発生(核発生)する.
その後,次々にゲル中に結晶の成長が見られるので数日間観察をする.

良い結晶はゲルの底の方にできる[1週間後].8mm位の大きさに育つ.

酒石酸カルシウムは,ドープ(0.1~1atom%程度のCa原子を置換)することにより,色をつけることもできる:Ni(黄緑),Cr(濃緑),Fe(黄),Co(ピンク),….マンガンをドープした方解石は,光あるいは,カソードルミネッセンスをもつと報告されている.

■(デモ例)PbI2結晶成長:
水ガラス原液(7.5ml)+水(7.5ml)を,CH3COOH(酢酸2mol濃度,15ml)でゲル化.このときPb(CH3COO)2(酢酸鉛1mol濃度,6ml)を撹拌しながらゆっくり加える.放置し充分ゲル化したら,ゲルの上にKI(ヨウ化カリウム0.75mol濃度,20ml)を注ぐ.3週間で3~8mm位の黄色い六角板状の結晶が成長する.成長時の温度を一定に保つと良い[45℃では板の面内の成長が速い.25℃では板の面内の成長は遅いが厚みがでる].
成長環境の条件出しのポイント:ゲルのpH(成長中に若干変化する)と環境温度.
容器は大きい方が大きい結晶を作るのに良い.
私はスペクトル測定のためにこの結晶を作り良好な単結晶が得られた.
ただし,この材料はPbを含むので,残念ながら家庭実験用の配布には適さない.

(参考文献)結晶成長とゲル法,Henisch, コロナ社(1972) 
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(解説)リーゼガング環現象とゲル中の結晶成長
コロイド化学者リーゼガングが1896年に発見した現象.反応すると沈殿を起こす電解質溶液A,Bを用意し,Aは濃度を薄くしゲル中に分散させ,B溶液の濃度は濃い.B溶液をゲルに接触させると,ゲル中にA+Bの反応生成物の縞模様が形成される.これをリーゼガング環という.⇒これは数学的にも興味深いので後日取り上げます
1920年代に結晶のゲル成長は興味をもたれたが,その後忘れられた冬眠状態になる.近年,結晶の低温成長,ナノ粒子などの応用が開拓され見直されている.
生体でも,種々の結晶が体温で合成されている(正確には結晶質ではなくガラス質である).人体が作る歯,骨Ca5(PO4)3OH,結石などである.貝殻が作るCaCO3,真珠,もあり,ハイテク材料では,構造制御されたフォトニック結晶.人工オパールなどが,高温を用いず合成できる.アイスクリームの中に,時折り含まれる氷の結晶,チーズやワイン中に成長する酒石酸塩の結晶,チョコレート中にも結晶化が起こると不味くなる.関節に尿酸の結晶ができたり,人体に結石ができるなどは病気の原因になる.
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■人工水晶
草入り水晶は,電気石やルチルの針状結晶が石英結晶の母体中に見られるものである.明らかに,石英結晶が固まる前に,これらの内包される鉱物結晶は出来上がっていなければならぬ.これらの内包結晶の周囲媒体は,流動的なシリカゲルであると考えられたこともあったが,今日では,水熱状態であると考えられている.人工水晶は,アルカリにシリカを溶かした高温高圧下の飽和溶液の温度を,1ヶ月くらいかけてゆっくり下げてシリカ結晶を成長させている[水熱合成法].

■オパール
主に火成岩または堆積岩のすき間に、珪酸分を含んだ熱水が充填することでできる。そのほかにも、埋没した貝の貝殻や樹木などが珪酸分と交代することで生成されたり、温泉の沈殿物として生成されるなど、各種の産状がある。オーストラリアでは恐竜の化石がオパール化して発掘されたこともある。(Wikipediaより)

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