新人研修

先日どこかの記事だったか本だったかで
「新人研修」について書かれていた。
内容自体はまったく記憶に残るようなものでは
なかったのだが、そう言えば自分が今の会社・
洋服小売り・に入ったとき(30数年勤務
しており、転職経験はない)はどうだった
っけ?と思い起こした。
いやそれも大した話ではないのだが。


基本的には来るもの拒まず去る者追わずという
傾向が今よりもずっと濃い会社だった。
だから入れたのだろう。
まとまって新規採用・入社・入社式なんてものは
なかった。その日新たに入社したのは私一人だったが
同期(同年入社)は20人ぐらいいた。

初出勤の日は初めに男子ロッカー室に案内され、
先月突然来なくなったという奴のロッカーを
宛がわれ、
「ほれ、ここ使え。」と指示された。
嫌も何もないので私がそこを使わせてもらうことに
なったが、ロッカーのネームプレートはしばらく「真鍋」
だった。もちろん失踪したと言われる先輩の名前だ。
ロッカーの内部にはまだ「真鍋」氏の私物が入ったまま
だったが、案内してくれた人が手際よくそれらを無造作に
ゴミ袋に放り込み
「ほら空いた。お前はここや。」
と、私がロッカーの後継者になった。
真鍋氏の残置物の中にメジャーがあった。洋服小売りの
販売員には必須アイテムだ。
「ほら、お前のメジャー。これ使え。」とそのメジャー
の後継者にもなった。メジャーの端っこには油性ペンで
「真鍋」と書かれていた。
そこから約1.5年、私は真鍋メジャーを使い続けた。

清掃が既に終わった様子の店舗に連れて行かれた。
朝礼の時間だ。
もちろん最後尾に並んだ。司会者はずっとずっと前方に
いた。朝礼には事務方の人や商品管理の人も参加する
ようだった。もちろん販売員もいた。総勢30人ぐらいは
いて、二人ずつ縦列で並んでいた。

店次長が私を皆に紹介した。前に出てあいさつするよう
促された。何を言ったのか忘れたが、当たり障りのない
あいさつをしたように思う。
その日の朝礼はいつもより長く、かつ入念だったらしい。
何しろ、『消費税3%』というものがスタートする特別な
日だったのだ。
新人のナントカという野郎のことなどどうでもいい。
とにかく日本人の誰一人として経験のない「消費税」
がこの日から導入される日なのだ。他のことなんて
どうでもいい。
やがて朝礼は解散した。各自は持ち場に帰っていく。
私はひとりその場所に取り残された。
店次長に質問した。
「あの、どこに行けばいいでしょうか?」
「あ、どこ所属とかそういうの聞いてないのか?」
「ええ、わかりません」
店次長はどこかに内線しった。
「あの、今日からのヤツねえ、彼はどこ所属ですか?
はい・・・はい、わかりました。」

「おい、お前2階らしいで。」
「あ、上ですね。」
「そう。」
2階へ階段を上がる。
「おい、走れ!」
お、この会社も無駄に走らせる会社なのか。そんな
会社が多いとは聞いてたが・・・。
無視する訳にもいかないから、走っている風の
感じを出しながら歩いて行った。
2階に到着したらフロア責任者らしい人がいた。
その他の人もレジに集結していた。なにしろ
今日から消費税だ。

自己紹介した。
「あ、そう。」
あいさつは終わった。そのまま時間が停止した。
「あの、何をしましょう?」
「メジャー持ってるか?」
「はい、真鍋って書いたのをいただきました。」
「そうか。お前は販売員だろうから、今日から
売れ。何の遠慮もいらん。服を売ったらええ。」

販売知識など何もない。
それで「売れ。」と一言。これが新人研修のすべて
なんだろうか。
ああ、これで接客される人は気の毒だな。

ところが恐ろしいもので、そんな状況でも
その日59000円のジャケットを1着売ることが
できた。名札には「研修中」と書かれていたが
まだ何の研修も受けていないのに。

真鍋と書いたメジャーはズボンの後ろ右ポケット
に突っ込み、摘まみ出しやすいように端っこを少し
ポケットから出した。
そこがメジャーの定位置になった。


(次回に続く)

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