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愛ランド

Sゲームブッカー

黒いサンタ

 赤い服のサンタさんが世界中の子供たちに素敵な夢とプレゼントを贈り、大活躍している陰で、いつの頃からか黒い服のサンタ、自称「黒いサンタ」が子供たちに悪夢と嫌がるようなプレゼントを贈り、大の嫌われ者になっていた。

 誰も履くことができないような特大の黒い靴下の中に恐ろしい顔の怪物のマスク、腐りかけのリンゴ、木の枝、算数の問題集などと一緒に、「黒いサンタより」と汚い字で書いた紙切れを入れていた。

 黒いサンタは必ずサンタさんからのプレゼントの入った靴下の上に黒い靴下を置き、なぜか自分からのプレゼントを先に開けさせようとしているようだった。次の日に子供たちは見覚えのない黒い靴下の中のプレゼントを取り出してみて泣いたり、怒ったり、その後に用意していた方の靴下の中のプレゼントを取り出して喜んだり、笑顔になったり。

 そういうことが何年も続き、いつしか黒いサンタは悪魔の使いだと噂され、反対に赤い服のサンタさんの方は服の色から「赤いサンタさん」と呼ばれるようになり、以前よりもさらに親しまれ、愛されるようになっていった。

 サンタさんはそう呼ばれていることに気づくと、自分の白い髭を撫でながら、「なぜ今更『赤い』と呼ばれるようになったのだろう? 他の色のサンタもいるのかな?」と呟く。

 今年のクリスマス・イヴもサンタさんは子供たちが寝静まった頃、枕元の靴下の中に子供たちが喜ぶ顔を想像しながら素敵なプレゼントを入れ、一通り終えてから屋根の近くのそりに乗り、家の上空に移動させ、相棒のトナカイに「何があっても静かにしているように」と言いつけてから、何者かが現れるのを息をひそめて待った。

 30分ほどした頃、乗り物のような影が、サンタさんが飛んできた逆の方から飛んでくるのが見えた。ほのかな月明かりを頼りに目を凝らしていると、その乗り物はどうやらトナカイに引かれたそりで、乗っている人物の姿は「真っ黒」でよく見えない。けれど、膨らんだ何かを肩に担いでいるらしいことはわかった。

 その人物は、サンタさんがすでにプレゼントをあげている家の、子供が寝ている寝室の窓の近くにそりを移動させ、取り出した懐中電灯の明かりで中の様子を確認してうなずくと、大きな黒い袋を担いだまま、窓を開けて中に入ろうとする。サンタさんはその黒っぽい服装も含めて泥棒だと思い、家の中に入るのをやめさせようとそりをこっそり背後に移動させ、聞こえる程度に「オホン」と1つ咳払いをした。

 すると、その人物はビクリと反応して、恐る恐る振り向く。夜空に浮かぶそりに乗るサンタさんを見た瞬間、驚きで声を上げそうになる口を慌てた様子で手で塞ぐ。それから窓を静かに閉め、そりをサンタさんのそりの方に近づける。

 サンタさんはそこでようやく、その人物が黒っぽいサンタの衣装を着ていることに気づく。まだ若そうに見える男性で、サンタさんに向かって瞳を輝かせ、口を開く。

「あなたに見つけられるのをずっと待っていました」

 男性は予想外のことを言い、話し始める。

「私は子供の頃からあなたに憧れていました。世界中の子供たちに笑顔で素敵なプレゼントを贈り続け、それなのに感謝の言葉も何も求めないその姿に。あなたからのプレゼントを貰ったことのある私は、いつしかそんなあなたに恩返しがしたい、靴下の中のプレゼントを取り出して喜ぶ子供たちの顔をいつも想像していたであろうあなたの喜ぶ顔を見たいと思うようになっていました」

 静かに聞いているサンタさんの前でさらに話を続ける。

「あなたがさらに親しまれ、愛されるにはどうしたらいいかと考え、あなたの素晴らしさを際立たせるためには子供たちに嫌がるプレゼントを贈る嫌われ者のサンタが必要だと気づき、黒いサンタになることにしました。私の気持ちをお伝えすることができた今、子供たちにあんなプレゼントを贈る必要はもうなくなりました」

 そう言うと黒い衣装を脱ぎ、大きな黒い袋の中のプレゼントに蓋をするようにして入れる。その衣装の中は、サンタさんの衣装を連想させる赤いジャージの上下姿だった。その様子を見守っていたサンタさんの目から涙が流れ、とても優しい顔をして、元黒いサンタに言う。

「どうやら、私がサンタクロースを引退する日は今日だったようです。なぜなら、私よりも素晴らしいサンタに出会ったから」
 そう言うと、背負っていた子供たちへのプレゼントが詰まった大きな白い袋を差し出す。

「えっ!? 私が赤いサンタに?」

 サンタさんが笑顔で大きくうなずくと、目に涙を溢れさせながらそれを両手で受け取り、その重さに驚きを感じながら、背に担いで微笑んでみせる。

「似合っていますよ、あなたにはその白い方が。できたら、その赤いジャージ姿で子供たちにプレゼントを贈るのがいいでしょう。私がやっていた頃とは違う、新しいサンタさんだと気づいてもらえるように」

「はい!」

 元赤いサンタさんはその力強い返事を聞くと、安心した様子でトナカイの手綱を握り、背を向けた状態で手を振る。それから、飛んできた方向へと消えていった。その光景を大きく手を振って見送る、新しい赤いサンタさんだった。


見つめられて

 あの人、また見てる。

 女性が朝徒歩で職場に向かう途中、ふと視線を感じてそちらに目を向けると、黒いシルクハットをかぶり、サングラスをかけた、茶色いスーツ姿の60歳代らしき男性が電柱の陰からじっと見つめている。それが10日ほど前から毎日のように続いていた。男性はいつも遠くからただ佇んで見つめているだけで、近づいてきたりするようなことはなかった。

 ストーカーかしら? それとも、私を知ってる人?

 けれど、知人や職場の同じような年代の人で、ああいう古めかしい感じの格好をする男性の心当たりはなかった。

 明日また見ていたら言ってやろう。

 そう決めて、見つめている男性の方をもう一度向いた。そのときには姿が見当たらなくなっていた。きっと最初に目を向けた後にどこかへ立ち去ったのだろう。そう思い、その男性から逃げるようにして駆け足で職場へと向かった。

 次の日の朝、徒歩で職場に向かっている途中でまた視線を感じた。そちらに「サッ」と目を向けると、いつものあの男性が電柱の陰から見つめていた。だが、今日はいつもと違っていた。

 サングラスをかけておらず、男性の顔全体が見えた。何かを訴えかけるような眼差しでじっと見つめてくる! 今までは両目がサングラスで隠れていたこともあって半信半疑なところもあったが、両方の瞳が確実に自分を見ていると確信した。

 何でいつも私を見つめているのよ! 

 そう思い、そのままの言葉をぶつけに行こうと男性の方へ足早に歩き出す。その直後、背後で何かが落下してきて、割れたようなけたたましい音が響いた!

 ハッとして振り向くと、大きな植木鉢が粉々に割れており、土とともに飛散していた。もし直撃していたら、大怪我ではすまなかったに違いない……。

 見上げると、近くに建つマンションの10階辺りのベランダからこちらを見下ろし、両手で頭を抱えているお婆さんが見えた。

 息を切らせて慌てた様子で下りてきたお婆さんの話によると、ベランダに置いていた植木鉢に飼い猫がぶつかり、それで落ちてしまったのだと。お婆さんは何度も頭を下げて謝り、植木鉢の破片をビニール袋に入れている。

 ふとあの男性のことを思い出し、立っていた方を見た。だが、またどこかへ立ち去った後らしく、見当たらなかった。

 職場に向かいながら、あのとき男性の方へ歩き出さなかったら、きっと落ちてきた植木鉢が直撃していただろう。そう思うと急に恐ろしくなってくるのと同時に、感謝の気持ちが湧いてきて、明日お礼を言おうと決めた。

 次の日の朝、あの男性の視線を感じず、見かけることもなかった。そして次の日も。

 

 視線を感じなくなってから一週間ほど過ぎた頃、女性はサングラスを外したあの男性の顔をどこかで見たことがある気がし始めていた。あのとき見た男性の顔は、父方の祖父によく似ていた。

 おじいちゃんだ!

 祖父は女性が小学生の頃にこの世を去っており、すぐに思い出せなかったのはそのためだった。

 私を同じ目に遭わせないようにするため、出てきてくれたのかも……!

 そう思った瞬間、涙が溢れてくる。祖父は山で木を切っている最中に、上から太い枝が落ちてきて……。

 今日は日曜日だし、久しぶりにおじいちゃんのお墓参りに行こう!

 早速着替えて、徒歩で近くにある祖父の眠る墓地へと向かう。あの出来事があってから、高い建物が建ち並ぶ場所を歩くときには必ず頭上を見上げるようになっていた。いつも祖父の顔を思い浮かべながら、笑顔で。


しおれた花と少女

 少女は学校から帰る途中、道端で今にも枯れてしまいそうなほど酷くしおれた花を見つけた。少女はこれはいけない、早くお水をあげなくちゃとその花に駆け寄っていく。

 根元を両手で掘り、土で汚れた手を気にすることもなく、両手で大事そうにしおれた花を家に持ち帰る。

 ただいまを母親に言うと、すぐに自分の部屋の勉強机に向かい、その上に置いていた小さな花瓶から飾っていた造花を取り出し、洗面所で花瓶に半分ほど水を入れ、しおれた花を入れる。

「このお花、道端に咲いてたの。綺麗でしょう」

 そう言って花瓶を誇らしげに突き出して、夕飯の支度をしている母親に見せる。

 しかし母親は微笑むどころか、「そんなにしおれた花なんか捨ててきなさい! 手も汚しちゃって、ちゃんと洗うのよ」と叱る。少女は花に早く水をあげたい一心で、土で汚れた手を洗うのをすっかり忘れていたのだった。

 少女は母親の心ない言葉に悔しさがこみ上げてきて、急に泣き出した。自分には花がしおれながらももう一度咲こうとしているようで、その姿が美しく見えたのにと。

 そのとき、少女の大きな目から一筋の涙が流れ、頬を伝って一粒の涙が花瓶の水の中へぽたりと落ちた。それに反応したのは花だけだった。

 少女はその日の夕食ではむすっとした顔のまま一言も口を利かず、両親は心配そうに顔を見合わせる。食べ終えた後に小さな声で「ごちそうさま」とだけ言って、食器を片付ける。

 すぐに部屋に戻り、頬杖をついて花瓶のしおれた花を、時には人差し指でつついてみたりしながらいつまでも眺めていた。

 次の日、少女は母親との気まずい朝食を終え、自分の部屋に戻って学校へ行く準備をすますと、しおれた花にだけ「行って来ます」と元気に言って家を出る。

 授業中、少女は花のことを考えると自然と笑顔になっていた。それを見た先生は、授業を楽しんでくれていると喜び、花のことで頭が一杯で授業の内容はほぼ入ってきていない少女を注意することはなかった。

 その日の授業が終わると、少女は誰よりも先に教室から出て、花瓶の水を換えてあげたくて急いで家に帰った。

 玄関でただいまを言うと、靴を脱ぎ捨てて自分の部屋へと向かう。ドアを開けた少女は、しばらくその場に立ち尽くしていた。花が……。

 朝に家を出る前、あのときはまだ酷くしおれたままだった花が、見違えるように美しく咲いていたのだ! 少女は思わず駆け寄って花瓶を手に取り、くるくると回しながらいろいろな角度から花を眺め、その美しさに見惚れる。それからキッチンで夕食の準備をしている母親に見せに行く。

「お母さん、お花が咲いたよ! とってもきれいに!」

 母親はこの子は何を言っているのよといった顔で振り向き、すぐに信じられないといった表情に変わる。

「カーネーションだったのね。あんなに酷くしおれていたのに……。きっと、あなたのまた美しく咲かせたいという強い気持ちが花に伝わって、奇跡が起きたのね」

 少女は母親にそう言われ、カーネーションの入った花瓶を高々と掲げ、とても満足そうな顔をしていた。その花は白いカーネーションだった。花言葉は「純粋な愛」。


レディーファースト

 常日頃、レディーファーストを心がけている男性がいた。喫茶店に入る前にドアを開けて先に入ってもらったり、電車に乗る際に後から来た女性に先に乗ってもらったり。そういうときにはほとんど「ありがとうございます」だの、「すみません」だのと言われ、感謝された。

 しかし、今日はいつもと違っていた。男性は50歳代らしき女性とエレベーターが下りてくるのを待っていた。やがてドアが開き、いつものように「どうぞ」と言って手で合図をした際に、女性は当然のことのように先に乗り込み、感謝の言葉も口にすることはなかった。中年の女性ゆえに、今までに何度もレディーファーストをされていて、「慣れ」ていたのかもしれない。

 なにやら気まずい雰囲気が漂う中、エレベーターで上がりながらそう思い、あまり気にはしなかった。

 次の日、男性はバスから降りようと立ち上がり、出口へ向かおうとした。その直後に若い女性も降りようとするのに気づき、いつものように「どうぞ」と言って手で合図をした。その女性は軽く会釈をして、先にバスから降りてから振り向いて、微笑みながらまた頭を下げて去っていった。男性はやはりレディーファーストは良いものだと思った。

 その後に降りる男性。地面に右足を下ろした瞬間、親指に激痛が走る!

 急に目の前に飛び出してきた自転車が通過していったのだ。そのまま気づかない素振りで自転車で走り去る大柄の男性を、痛みに顔をしかめながら見送る。そのまま病院へ行って診てもらうと、親指の第一関節が骨折していた。

 男性は帰宅してから、今日の出来事について考えていた。もしあのとき自分が先に降りていたら、自転車の車輪がつま先に乗って骨折することはなかったし、後から降りた女性の方が骨折することになったかもしれないと。寝る前までこれからもレディーファーストするべきなのか、すべきではないのかをずっと考え続けた。たまに襲ってくる親指の痛みに耐えながら……。

 次の日、男性はまたバスから降りようと出口へ向かおうとした、今日は松葉杖をついて。その直後、小学生くらいの女の子も立ち上がって降りようとした。すると男性は、そのまま女の子よりも先に出口へと向かう。

 そして、開いたドアから顔を出し、自転車が通らないか左右の安全を確認して、それから女の子にいつものように「お先にどうぞ」と言って手で合図をした。

 女の子は「ありがとう!」と元気にお礼を言い、先にバスから降りると振り向き、「バイバイ!」と言って、嬉しそうに走り去っていく。

 その後に男性も降り、女の子の後ろ姿を笑顔で手を振って見送りながら、自分が今までしてきたことはやはり間違ってはいなかった!と、確信していた。


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