古沢広祐『いまさらだけど「人新世」って?』をSF読みが読んだメモ
今回のテーマは「人新世」(ひとしんせい、じんしんせい)です。
(#SFじゃない本たち のタグでは、普段SF読みの私が、SF以外の本で考えさせられた著作をメモ的に紹介しています)
(これは評論ではなく、エッセイなのでお気軽にお読みください。なお著作は私の読解力で読み解いた理解である点にご注意ください)
古沢広祐 著. 今さらだけど「人新世」って? : 知っておくべき地球史とヒトの大転換点, WAVE出版, 2024.3.
読み始めた動機
前回、齋藤幸平『カール・マルクス資本論』を読み、そのはじめにで触れられていた、「人新世」って、改めて何だろうと思ったので読み始めました。
さて、なぜ「人新世」に興味を持ったかといえば書店でよく目にするようになったが、未だその意味や背景を全く知らなかったからです。
話題の言葉、例えば「シンギュラリティ」にも感じるのですが知らないうちに一人歩きする伝言ゲームに巻き込まれている感じがして、靴の中に小石が入ったようなモゾモゾ感があるんです。
私がSF読みだから、あるいは定義好きだからそう思うではなく、人々にもてはやされる中で言葉が本質からズレ、使い手によって恣意的に歪められ、印象操作に利用されることに、引いた立場から見ていたい、からだと思います。(平たく言えば、捻くれ者ってことですね。笑)
(超)個人的感想
さて、話を戻して「人新世(Anthropocene アントロポセン)」(p18)に対する当初の印象は「人間中心主義も極まったな」でした。それは人間を食物連鎖のピラミッドの頂点に置くようなイメージ図です。
私自身も無自覚にそうなっている側面はあると思いますが、人間は生態系の一部であるとする考え方とは対極の考え方ではないか、という印象だったのです。
この「人新世」に対する最初の印象は著作読後に、半分ハズレ、半分アタリ(?)だとわかりました。
まず、人新世という言葉は、以下のような意味で2000年代始めに提唱されたようです。
ハズレだった部分は、上記に引用したように、「人新世」は人間活動への批判的視点から発しているとこですね。つまり、
という引用からわかるように、地球環境の急速な変化(悪化)は人間が与えているという反省(?)が「人新世」にあり環境問題がメインテーマだと理解しました。
半分アタリと感じたのは批判的である一方で、やはり環境への問題意識は人間の関心事に沿って優先順位づけられるように「見える」こと、にあります。
全て資本主義のせいにするのも違う気もしますが、資本主義経済の根底にも人間中心的主義を感じています。
「人新世」には環境への敬虔さ(?)や自己反省を感じる反面、より人間中心主義的な態度を増長させることを感じる言葉であるように感じました。
例えば環境問題への意識は地球温暖化、水資源などどうしても人間が利用するものに関心が集まりがちです。
一方で昆虫や細菌やウイルスは生態系に存在していても過剰に排除されることが強くなった気がしています。
上手い喩えではありませんでしたが、ここに環境問題に対するある種の限界を感じ、人間の関心事に合わせて自然を理解する動き(これが人間中心主義の一端だと私は考えています)は、西洋の産み出したものと決めるのも、何か違う気がしています。
何とも言えない気分になりつつ、食料調達にきたアリの隊列に殺虫剤を噴霧し、ムカデが再び来訪して痛い思いをしないよう家の周囲に毒を配置する、この矛盾やいかに(虫たちよ、ごめん)………。
このような理由で「人新世」という概念には両手を上げて賛同できないモヤモヤ感がある、とだけメモしておきます。
「人新世」のパスファインダー(参考文献集)として
しかし、この著作の本当に読むべきポイントは「人新世が人類史にどう位置付けられるか?」と言う点にあり、そこが本著作の大変良く、参考になったのところです。
人類の起源から遡ってポストヒューマンまでのテーマで代表的な議論を知るための著作を紹介しつつ、人新世という言葉がどうして使われるに至ったか、そして「人新世」時代の課題は何であるか、という問題意識を広げるための方位磁針、「人新世」という主題の二次書誌の側面があります。
さらにより深く理解するための参考文献のリストもあり「何という、太っ腹! すごくありがたい!」と思いました。人文社会学系の押さえべき本を押さえあると思います。(私が読みたくなった本が多かった、と言い換えることもできますが)
いずれにしても「人新世」に興味のある初学者にオススメします。
お読みいただき、ありがとうございました。
何か役立つことが一つでもありましたら幸いです。
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