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自責する前に、”人間”でいることを思い出す。

傷だらけのままでいい。強いフリも出来るフリもないまま、綺麗じゃない泥だらけの姿のまま、進んでいきたい。そう、心から思った。

When the sharpest words wanna cut me down
 I’m gonna send a flood, gonna drown ‘em out
I am brave, I am bruised, I am who I meant to be

this is me


言葉の刃で傷付けるなら
洪水を起こして溺れさせる
勇気がある 傷もある ありのままでいる

これが私
“This Is me” —  Benj Pasek &  Justin Paul, Hugh Jackman, Keala Settle, Zac Efron, Zendaya




ツイートに送られてきたリプライに、「よかったら見てみて欲しい」と載せられていた一つの動画。同じ言葉を投げさせて。ぜひ、見てみて欲しい。この後の文章を読むよりもできれば真っ先に。




グレイテストショーマンは前に観たことがあるし、この歌もすごく好き。だけど、作中のものよりも真っ直ぐに心に突き刺さるのは、きっと歌っているKeala Setteleが、そのままの弱さを見せてくれているから。震える手。涙に思わず急ぎ外した眼鏡。色んな感情が溢れながら、それでも皆がひたすらに歌い続ける。ああ、”人間”って、こうだよなって。生きる上で一番大事なことを、この映像は湧き上がらせてくれる。

Cause we don’t want your broken parts
I’ve learned to be ashamed of all my scars
Run away, they say
No one’ll love you as you are

お前の弱さなんて誰もいらないんだ
傷は恥なんだと知った
言われた “消えろ“ 誰もお前など愛さない
“This Is me” —  Benj Pasek &.  Justin Paul, Hugh Jackman, Keala Settle, Zac Efron, Zendaya



言葉ではさ、「弱さを克服しなくていい」とか、「そのままでいいよ」って言えるけれど、私だって言うけれど。全然、これっぽっちも簡単なことじゃない。それを私たちは「恥だ」って学んでしまった。弱いところを見せちゃいけないんだって、人に迷惑をかけちゃいけないんだって。そして受けた心の傷はなかったことにしたり、克服しなくちゃいけないって。早く克服したら偉いねって、すごいね、かっこいいねって褒められる。

だけど、その傷の持つ物語は、そんな薄っぺらいものじゃない。その時傷つけられたプライドや、自分なりの価値観、人生で大事にしたいもの。なかったことにしちゃいけないんだ。治ったふりをして、元気なことにしてそんなものなんて存在しなかったことにして歩き出すのは、ほんとうにカッコいいことなのかな。明るく楽しく元気よく、笑顔で充実した生き方は、そうでないことよりほんとうに優れているものなのかな。


周りに心配はかけたくないし、何よりその先に「嫌われちゃうんじゃないか」って恐怖がある。多分、怖いのは私だけじゃないと思う。だから皆元気に振る舞って平気なふりをして過ごすけれど、きっとそれが刻一刻と、human-being を human-oidにしてしまっている気がする。「私はさっさと傷を克服した(ことにした)から、あなたもそうしてちょうだい」って。弱いところや劣ったところ、欠けた部分はすぐさま修復して改善して、急いで次へ、次へ。それが私は嫌で仕方なかったはずなのに、気づけばそっち側に立ってしまっていたなって、すごく悲しくなったんだ。




仕事、なんてかっこよく書いたけど。そういう生き方がしたい。人間らしい生き方。なろう(being)、とするのが人間であって、なったことにしてしまったらそれはもう、ロボットなんだ。

数えきれない同調圧力、マナーにルール、空気に圧倒されて、時に「そういうことにしよう」って無意識に片付けてしまうこともあるけれど。目先のことより形骸化した礼儀より、怒られても、失望されたり落胆させてしまうとしても、それでも謝ることなく自分を責めることなく、むしろ圧倒的な湧き上がる熱量で前に進んでいきたい。”I make no apologies, This is me.” って。



リプライをくれたあおさん、素敵な動画をほんとうにありがとう。記事にするにあたって何度も観返して、そしてその全てでやっぱり泣いちゃった。今の私にすごくぴったりだった。湧き上がってきた気持ちまで、大事にさせてください。

サポートいただけたら、この場で飛び跳ねます!!!!!