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政治や社会に蹂躙されてきた人々への圧倒的なオマージュとして新国立劇場に愛と哀しみの鐘を鳴り響かせた…★劇評★【舞台=レオポルトシュタット(2022)】


 かつて私が世界的演出家、蜷川幸雄のもとに毎月インタビューに赴き、その時々に手掛けている作品や、演劇の核心について語ってもらうという特別企画を続けていた2009年、蜷川は3時間強ずつの三部作、つまり9時間を超える上演時間の舞台「コースト・オブ・ユートピア ~ユートピアの岸へ~」を演出するという気の遠くなるような創作作業に臨んでいた。「おもしろいよ、あなたも観に来なきゃダメだ。観たら私の共犯者になるけどね」と、ニヤリとした。実際に見てみると、近代から現代へと向かう世界の歴史の一断面を一字一句省略せずに全力疾走で読むような不思議な高揚感と達成感があり、はっと自分に気付いた時には既に7時間が経っていたほど魅力的な作品だった。この「コースト・オブ・ユートピア ~ユートピアの岸へ~」の作者が世界的な劇作家のトム・ストッパード。この公演を機に私たち日本人は日本での公演が「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」に偏っていた状況が変化し、「ロックンロール」「アルカディア」「良い子はみんなご褒美がもらえる」など既に世界で高い評価を受けていたストッパード作品を立て続けに鑑賞する恩恵に浴するようになった。そのストッパードが2020年に「最後の作品になるかもしれない」と語って英国で初演した「レオポルトシュタット」が、ついに日本人キャストで日本初演された。しかも今回の翻訳を務めたのは、「コースト・オブ・ユートピア ~ユートピアの岸へ~」の翻訳という膨大な作業を担当した翻訳家の広田敦郎、そして演出を担当したのが、「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」「ほんとうのハウンド警部」とストッパード作品の演出や翻訳を手掛けてきた新国立劇場演劇部門の芸術監督、小川絵梨子という、ストッパード作品に真っ向から向き合い、その真髄を抉り出してきた2人で臨んだ。ほとんどの作品がそうであるように、チェコのユダヤ系一家に生まれ、ナチスの迫害を逃れてアジアで流浪の旅を余儀なくされたストッパードの半生が反映されたような「さまよえる民」ユダヤ人の物語を、あるオーストリアの裕福なユダヤ系一族の歴史と重ね合わせて描く歴史の一代絵巻。浜中文一や音月桂、岡本玲、那須佐代子、村川絵梨、土屋佑壱、木村了ら魅力的な俳優たちが躍動する悲喜劇は、その時々の政治や社会の動きに蹂躙されてきた人々への圧倒的なオマージュとして新国立劇場に愛と哀しみの鐘を鳴り響かせた。(写真は舞台「レオポルトシュタット」とは関係ありません。単なるイメージです)
 
 舞台「レオポルトシュタット」は、2022年10月14~31日に東京・初台の新国立劇場中劇場で上演された。公演はすべて終了しています。
 
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★舞台「レオポルトシュタット」公演情報

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