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生きた証は永遠に消えない。神田沙也加とみんなとの永遠の約束として…★追悼★【Focus=追悼 神田沙也加と永遠について -批評家が見た9つの「いのちのちから」-(2021)】

 「神田沙也加」という文字列は私にとって、単なる女優の名前ではなかった。それは生命力を象徴するキーワードだった。お洒落でポップで本物を見抜く目を持った「キューティ・ブロンド」でのエル・ウッズ、言葉を獲得していく中で愛に永遠を見出した「マイ・フェア・レディ」でのイライザ・ドゥーリトル、王妃のお世話係という立場で革命家と恋に落ちる「1789 ~バスティーユの恋人たち~」でのオランプ・デュ・ピュジェ、そして初めて外の世界に触れる歓びに震えながら孤立を深める姉のために奔走する長編アニメーション映画『アナと雪の女王』のアナ…。そのどれもがどんな境遇にあっても前を向き、常に希望を抱いて、困難な道でもしっかりと大地を踏みしめていくキャラクター。役を離れた彼女は時には悩み、時には自分を突き詰め、時には苦悩の表情を見せるデリケートな面もあったとは聞いているが、役の中に深く入り込むことで見えてくるそれぞれのキャラクターに勇気をもらい、自らを駆り立てて、役柄を通じて、たくさんの人々の心に命の輝きを植え付けてきたことは確かだ。そんな神田沙也加が、そのイメージから一番遠く離れたところへ行ってしまったわけだから、私たちが抱く喪失感は果てしない。誰もがニュースを見た時に一瞬、何が伝えられているのか分からなかったはずだ。しかし、彼女がいなくなってしまった今この時でも、神田沙也加が表現した生命力という「ちから」は決して消失してはいない。今も人から人へと受け渡され、永遠に広がっていこうとしているはずだ。神田沙也加がこの世界に描き出してきた舞台のうち特に心を震わせた9つの作品を通して、私たちがどんなものを受け取ってきたのか。批評家として、その輝きをつぶさに見てきたわたくし阪清和が綴ってみたい。神田沙也加とみんなとの永遠の約束として。


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★【映画】『アナと雪の女王(2014)』商品情報=既に劇場公開が終了している映画ですので、表示されない可能性もあります

 2014年に公開された映画『アナと雪の女王』日本語吹き替え版のキャスティングは絶賛された。

 この作品は単なるアニメーションではなく、ディズニーが総力を結集したミュージカル作品でもある。後に米国でミュージカル化され、日本でも劇団四季によって上演されているので自然な流れであるかのように錯覚しがちだが、アニメ公開時点では、製作者も俳優も誰もが「意欲」を述べるだけで、ミュージカルのかたちは見えていなかった。

 しかし、作品の中で多くの楽曲が歌われ、舞台でのミュージカルと何の遜色もないレベルだったため、米国のオリジナル版でも本格派のミュージカル女優が抜擢された。

 エルサの声と歌を演じたイディナ・メンゼルは、ミュージカル界に革命を起こした「RENT」のモーリーン役で注目され、「ウィキッド」ではエルファバ役で大ブレーク。キャリアは20年近いバリバリのミュージカル女優である。そしてアナの声と歌を演じたクリステン・ベルは、テレビドラマ「ヴェロニカ・マーズ」の主人公として全米に熱狂的なファンを持つ人気者だが、ミュージカルに根っこを持つ女優。

 そのこともあってか、日本語吹き替え版でも松たか子と神田沙也加が起用されたのだ。

 アニメ王国である日本には素晴らしい才能を持った声優がたくさん存在し、声の吹き替えだけなら選択に困るほど候補者はいただろう。

 しかしちょっとやそっと歌がうまいだけでは、このアナとエルサの役は演じられない。全編に流れる楽曲が映画の運命を決めるとさえいえる作品。

 だからこそ、既に「ラ・マンチャの男」や「オケピ!」「ミス・サイゴン」「ジェーン・エア」「モーツァルト!」などで豊富なミュージカル体験を持ち、歌手としてヒット曲も持つ松と、歌手としてデビューし、「レ・ミゼラブル」「Endless SHOCK」「ピーターパン」などの人気ミュージカルで美しい歌声を披露していた神田沙也加をキャスティングしたのだ。

 演技の基礎がしっかりしている松は当然のことながら、神田もこの作品で大きな成長を遂げたと言われている。

 見るもの触るもの、会う人すべてに新鮮な驚きを表現するアナのピュアな心を声色の変化や弾ませ方で繊細に表現した神田。ただ無邪気なだけでなく、物語の進展とともに大きな成長を遂げていく変化をものの見事に描き出したのだ。

 松の的確なアドバイスや現場での徹底した話し合いも功を奏したのだろう。日本語吹き替え版の完成度は高く、世界の多くの言語で吹き替えられたこの作品のさまざまなバージョンの中でもことのほか高く評価されているのは神田と松の惜しみない努力があったからだろう。


★【ミュージカル】「1789 ―バスティーユの恋人たち―(2016)」

 伸びやかな歌声とビビッドな感性が業界に広く認められだした神田沙也加は、2015年に吸血鬼物語をモチーフとしたミュージカル「ダンス オブ ヴァンパイア」のお風呂大好き少女、サラに起用される。

 続いて2016年、彼女をミュージカル女優として印象的な存在にしたのが、ミュージカル「1789 ―バスティーユの恋人たち―」。

 マリーアントワネット王妃の王太子のお世話係として王家に仕え、王妃の不倫の逢引を段取るような立場でありながら、野宿していた若き革命戦士と恋に落ちるオランプ・デュ・ピュジェを演じたが、社会の矛盾に気が付いて成長していく姿と許されぬ恋に身をよじらせる女性としての苦悩を的確に表現。バンドのボーカルとしての活動も続けていた第一線の歌手として、その特徴的な声で観客を魅了した。

 確かな核のある声をやわらかなシルクのようなベールが包むその歌声は唯一無二のもので、母である伝説のアイドル歌手、松田聖子から受け継いだものだけではない要素を彼女自身が育ててきたのだということがよく分かる歌声だ。

 その美しい声をステージで炸裂させた。ミュージカルの世界で一気に台頭してきた勢いを感じさせたものだ。


★【ミュージカル】「キューティ・ブロンド(2017)」

 そして、神田沙也加は、2017年、運命的な作品に出会う。

 映画版でも知られ、2007年にはブロードウェイで大ヒットを記録したミュージカル「キューティ・ブロンド」日本人キャスト版の日本初演の主役に抜擢されたのだ。

 演じるエル・ウッズはお洒落でポップな、一見完璧な女の子。でも上院議員を目指す彼氏に「ふさわしくない」と振られて、同じ大学のロースクールに進学しようとするド根性を持った女の子。

 神田がミュージカルという場所を得て、その魅力が一気に花開いたことで多くの作品から引っ張りだこの状態に。そんな彼女がそうした時期に、こんなに自分にジャストフィットする作品、役、そして主演作を手にするのはタイミングの魔法と言っても言い過ぎではないだろう。「キューティ・ブロンド」も神田沙也加もお互い出会うべくして出会ったのだ。

 声優としても高い評価を受けているその声の特徴を最大限に活かして女の子らしいラブリーな声を出すかと思えば、大学で指導を受けている教授の法律事務所でインターン生として出席する裁判や論争の場面では、ややトーンを落として冷静で攻撃的な声色も使い、変幻自在の使い方をしている。

 快活なアップテンポのポップスから、のびやかな歌声で謳い上げる楽曲まで、神田の歌唱力には本当に安定感があった。


 「キュート」。その言葉を絵にかいたような神田沙也加は最強の当たり役を獲得したのだ。

★【ミュージカル】「マイ・フェア・レディ(2018)」公演情報=既に終了している公演ですので、表示されない可能性もあります

 神田は2009年以来、日本の定番ミュージカルとして定着している「ピーターパン」にも出演し続けてきた。

 2017年の公演では「夢見る乙女」としてのウェンディを可愛いもの大好きの神田が地で演じつつも、観客の胸を強く打ったのはウェンディがピーターパンに対して持つ「母性」のようなもの。神田はそこをうまく描き出しており、物語の構造がしっかりと観客に伝わる役目を十分に果たしている。

  この年は年末から、多くの名優たちが演じ継いできたミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」に出演。帝政ロシアの支配下にあったウクライナのアナテフカという寒村に住むユダヤ人一家の次女ホーデルを演じた。

 一見可憐で無邪気なホーデルだが、好きな男性と生きていく過程では、信じるものに突き進むホーデルの意思の強さを巧みに表現してみせた。

 弾けた演技が許される役柄ではなかったが、名作ミュージカルの中でも屹立した存在感を見せることができるほど、神田は成長していたのである。


 そしてついに出会ったのが、急逝した今年、自身としての再演公演を行っていたミュージカル「マイ・フェア・レディ」。

神田沙也加にとってミュージカル「マイ・フェア・レディ」は単なる人気ミュージカルではない。

 日ごろから「芸能界の母」的存在として親しくしていて尊敬の対象でもある女優、大地真央が長らく演じ継いできた作品だ。

 神田は大地の地方公演を観に行くほどの大ファンで、特別な作品であったに違いない。私服に限らず、可愛い衣裳が大好きだった神田にとっても、町娘の衣裳から貴婦人の衣裳まで着こなせるイライザ役は大のお気に入りだ。

 活躍が続く神田は2018年、ついにそのミュージカル「マイ・フェア・レディ」のイライザ役に大抜擢されたのだ。

 自身のイメージとシンクロする「キューティ・ブロンド」に抜擢された2017年と共に、念願の役柄だったイライザが主役の「マイ・フェア・レディ」に起用された2018年は彼女にとって忘れられない年になったはずだ。


 「マイ・フェア・レディ」は、もともとのストレートプレイの戯曲をミュージカル化して成功。映画ではオードリー・ヘプバーンの主演で世界的ヒットになった。ブロードウェイでは今でも人気の演目だ。

 日本では映画公開前年の1963年に江利チエミ、高島忠夫で初演を開幕。主役のイライザは、江利チエミ、那智わたる、上月晃、雪村いずみ、栗原小巻と演じ継がれ、1990年から2010年にかけては大地真央の大奮闘によって、日本の定番人気ミュージカルに定着した。その後2013年に真飛聖と霧矢大夢という宝塚歌劇団出身の2女優によるダブルキャストで再開。2016年にはG2による新演出で上演された。

 この公演もG2の演出作品だが、前回までヒギンズ教授を務めていた寺脇康文以外のヒギンズ・イライザラインを一新し、ヒロインのイライザに神田沙也加と朝夏まなとをWキャストで起用。新たなヒギンズ教授には「レ・ミゼラブル」など日本で上演されるミュージカルを支えてきた別所哲也が充てられた。まさに盤石の布陣と言える。


 前述したように、神田はイライザを演じることに大きな感慨を持っており、こうして起用されたことに対して抱く喜びは尋常なものではなかっただろう。

 とにかく可愛い。まだ野卑な時も、貴婦人を気取るようになってからも、キュートな魅力で観客を惹きつける。そして何よりその歌声の素晴らしさだ。透明感があって劇場のさまざまな空間と共鳴し合う一方で、しっかりとした芯を持つその歌声は客席のいたるところに明瞭に伝わっていく。

 日本初演以来、どちらかというと力強さやしたたかさも持ったイライザ(最初の戯曲のイライザはもっとすごいキャラの持ち主だったらしいし…)が描かれてきたが、神田のイライザは時にはらはらするほど無邪気で、時にはいたずらっ子のようにくるくると目まぐるしい。それでいて、自分の内なる場所に灯された恋のともしびには、鈍感な男たちをよそに誰よりも早く気付き、そして真摯に向き合う強さも持っている。

 神田はそんな新しいイライザ像さえ作り出したのだ。いかにも現代的だ。


★【ミュージカル】「1789 ~バスティーユの恋人たち~(2018)」公式サイト=既に終了している公演ですので、表示されない可能性もあります

 充実感を増す神田は、2018年、ミュージカル「1789 ~バスティーユの恋人たち~」の再演公演でも大きな存在感を見せた。


 クラシック音楽などのオーケストラサウンドをベースにした流麗な音楽が多い従来のミュージカルと違って、この作品を特徴づけるのが音楽ジャンルの多彩さ。

 フレンチミュージカルの特徴であるロック、ポップスが中心になっているものの、ディスコサウンドやユーロビート、ヒップホップまで、変幻自在の楽曲群。多くは革命側の勢いの強さなどを表しているのだが、このミュージカルに退屈する時間がまったくと言っていいほどないのは、こうした豊富なジャンルの音楽が詰め込まれていることと無縁ではないだろう。

 神田は持ち前の美しい声だけでなく、アニメ音楽やバンド活動などで鍛えたロック音楽との親和性が良いシャウトやハードな発声も多彩に使いこなし、いろんな感情を表現する。


 相手役の若き革命家ロナンを演じる小池徹平や加藤和樹の貢献が大きいことはもちろんだが、いまやこのミュージカルを音楽面で支えているのは神田沙也加であると言い切って良い状況になっていたのである。


★【ミュージカル】「キューティ・ブロンド(2019)」公式サイト=既に終了している公演ですので、表示されない可能性もあります

 新作への期待が高すぎる国として知られている日本だが、世界の演劇界ではむしろ再演こそが中心。どれだけ再演を重ねて、内容をブラッシュアップさせられるかが、演出家や俳優、劇団に求められているところがある。

 2017年にミュージカル「キューティ・ブロンド」を日本で上演した神田はわずか2年でその再演に挑む。

 主人公のエル・ウッズとほぼ一体化したキュートなイメージを全身にまとった神田は、初演から一段とレベルを上げてきた。


 女性の成長物語として観ても十分に面白いこの作品。実はこの作品は法廷劇としても優れていて、裁判での戦略を観客も一緒になって考えていくことができるように、法律的な組み立てをしっかりとしてあるのだ。

 神田は、序盤ではエルの希望ではち切れそうな弾けぶりを全力で表現。中盤から後半は「法律」という新しいアイテムを獲得したエルが戦略的に仕事を前に進めていく様子に頼もしさが感じられるように造型。しかしそれでいて、その根底にはあの純粋だった女子寮「デルタ・ヌウ」での日々が確実に流れ、現在の根本にあるということを見せつける。だから、エルは「変わった」のではなく、武器を一つ増やしたのだと考えることができるようになっているのである。

 実際のところ、インターンになって裁判を前に進めていくのは、エルが学生時代に培ったリーダーシップや友情を何よりも大切にする心、人の懐に飛び込んでいく人間力などなど。このことが物語の中で大きく連環して、物語全体のさまざまな要素を結びつける。

 同じように、突き進んでいく後半のスーパーウーマン的なエルの中にも、挫折したり、故郷に帰りたいというような気持ちを抱いたりと、人間の弱い部分がたっぷりと含まされている。エルのこうした人間性はもちろん初演でも表現されていたが、この再演でははっきりと人間的な厚みとして見ることができており、神田の深みのある表現とも相まって、絶対的な効果を上げていたのだ。


★【ミュージカル】「ダンス オブ ヴァンパイア(2019)」公式サイト=既に終了している公演ですので、表示されない可能性もあります

 再演も何回も続いていくと、変化させられるところがなかなか見つけにくくなっていくものだが、神田の場合は違った。

 2019年のミュージカル「ダンス オブ ヴァンパイア」の場合、ドラキュラ伝説の故郷に住むお風呂好きの女の子、いわば「トランシルヴァニアのしずかちゃん」とも言えるサラをさらに肉付けしていた。

 無邪気で純粋だが、親からの過干渉を嫌う気の強いところもあって、青春の悩みも尽きない女の子。神田はその可憐な部分をふんだんに色付けして描き出しながら、城に一人で出かけていく行動力のあるサラの強さも表現するうまさをみせる。

 吸血鬼になったのかどうかが判然としない後半の部分では、表情や仕草も含めて実に細かい繊細な演技が活きていた。神田にとってもサラははまり役だが、彼女はそれに満足していない。さらなる表現に、ブラッシュアップに励んでいるのが見て取れた。


★【舞台】「ローズのジレンマ(2021)」公式サイト=既に終了している公演ですので、表示されない可能性もあります

 2018年のミュージカル「マイ・フェア・レディ」で、尊敬する大地真央の当たり役を経験した神田は、大地との本格的な共演も実現させる。

 それが2021年上演の舞台「ローズのジレンマ」。

 「おかしな二人」や「グッバイガール」で知られる稀代の劇作家ニール・サイモンの晩年の名作で、コミカルでハートウォーミング、ウェルメイドなぬくもりのある物語を最も得意とし、心の機微を描いた内省的な筆致が高く評価されたサイモンが、かつての流行作家と作家のたまご、若い作家、恋人の亡霊まで登場させて描くクリエイテビティーあふれる物語である。

 物語の舞台は、かつては著名な作家だったが、今はスランプに陥って、破産も視野に入ってきている作家ローズ・シュタイナー(大地真央)の住む家。作家の卵でローズの助手をしているアーリーン・モス(神田沙也加)はなんとかローズに新作を書かせて、経済状態を少しでも良くしようと、毎日説得しているが、過去の実績はあってもそう簡単に新作が書けるわけでもない。

 それに、ローズは毎日のように語り合っている相手がいる。それは半年前に亡くなり、もう今はこの世に存在しない恋人で作家仲間のウォルシュ・マクラーレン(別所哲也)。つまり亡霊なのだが、ローズは思い出話をしながら夢うつつ。増えていく負債についてもどうも危機感を感じていない様子だ。

 そんな構図の作品。

 物語は未完の小説を完成させて印税暮らしをしようとウォルシュが提案した作業にギャヴィン・クランシ―(村井良大)という売れない若手作家を引き入れたことで動き出していく。思わぬ出会いも生まれる人生の機微を上質なユーモアに包んで展開させていく。


 大地は、セレブ癖が抜けない浮世離れしたローズの姿をうまく造型しているが、これが何とも可愛いのだ。この大地の新たな「当たり役」に付き従うアイリーンを演じる神田はまさに実生活での関係性と同じように、尊敬と親しみが混じった関係性を舞台上で創り上げる。

 アーリーンの誠実で忠実なローズへの態度は、神田が普段見せるエンターテインメントの仕事への真摯な態度と重なり合うところがあり、こちらも適役。クランシーとの距離を縮めていくプロセスは一筋縄ではいかないが、そこもうまく見せている。クランシーを演じる村井とはコンビネーションを練り上げていて完成度が高い。

 これだけウイットに富んでいる作品の成功例は日本ではなかなか少ないため、開演直後から私のところにも早くから再演希望の声が届いていた。

 実際に主催側が動いていたかどうかは不明だが、今やこのキャストでの再演は不可能になってしまった。なんとも悔しい思いがする。


★【ミュージカル】「王家の紋章(2021)」公式サイト=既に終了している公演ですので、表示されない可能性もあります

 神田は大きな評価を得たミュージカル「キューティ・ブロンド」で演じたエル・ウッズ役でもそうだったように、キャビキャビな外見と聡明な頭脳が同居するキャラクターの魅力をこの「王家の紋章」のキャロル役でも大いに振りまいた。


 物語の舞台は現代のエジプト、そして古代のエジプトだ。

 神田が扮した主人公の少女、キャロル・リードは米国の財閥リード家の娘で、古代エジプトや考古学に興味があることから、実際にエジプトに留学して実践的な考古学を学んでいる。

 リード家も資金面で支援している発掘隊が、3000年前のファラオの墓を発見し、玄室を開こうとしていた。ニューヨークで経営に携わっている兄のライアンに報告を済ませたキャロルは墓を暴くことに一縷の躊躇がありながらも、発掘作業に大きな期待を寄せていた。夢あこがれた考古学に携わる者として最も興奮する瞬間であるからだ。


 そしてある重要なものを発掘隊は発見するが、そのことによってキャロルは古代エジプトへと連れ去られてしまうことに…。


 骨太な原作を舞台化したミュージカルは私たちの想像をはるかに超える本格的な造りで、音楽はあの「エリザベート」を生んだシルヴェスター・リーヴァイ。古代に未来の人間が現れることの意味合いも哲学的なまでに研ぎ澄まされており、絶対的な王政の中での人間関係や関係性の中のドラマ性もゆるぎない。1976年にこれほどのスケール感を持った物語を描き出した「細川智栄子あんど芙~みん」の「世界のとらえ方」には敬愛の念を抱くし、その上、さまざまなメガミュージカルをものにしてきた東宝がその経験を活かして新たなミュージカル巨編を真摯に創り上げたことにも深い感動を覚える。超短期間での再演の実現、そして初演から5年での今年の再々演はこの一大プロジェクトの成功を意味しているのだろう。

 作品自体は再々演だが、神田はこの回が初起用。しかし、驚かされたのは、既にキャロル役として揺るぎがないのだ。「初演から出ていたかな」と一瞬勘違いしてしまったほどだ。

 無邪気で無防備な一面と、博識で行動的な一面。少女漫画のヒロインに求められる姿をほぼ完ぺきに表現しているのである。

 現代では小学校で教えるような基礎的な知識でも、古代では人類がまだ発見していない理論であったりするため、キャロルは次々と知識を披露しては、「神」のようにあがめられる。しかし、古代においては「神のような人」は悪魔の使い手とも思われる危険性をはらんでいる。

 神田はキャロルが持つこの尊敬を集める超人性と、悪意を呼び寄せる魔性性を行ったり来たりしながら、着実にキャロルの真実へと近づけていく。

神田はキャロルの聡明でなおかつ無邪気な現代性がむしろ古代という舞台設定によってより輝きを増すことを持ち前の多彩な表現力によって観客に印象付け、作品への信頼感を高めるのに貢献していた。

 あまり浮世離れした造型では観客がついてこられないし、単なるシンデレラストーリーではうっとりする以外にこの作品に対してとるスタンスがない。

 神田はキャロルをまさに古代と現代をつなぐ存在として描き出し、双方の時代に流れるものはなんら違わないのだということも私たちに教えてくれたのだ。

 こんな深い物語の読み込みができる俳優はそうはいない。

 「ミュージカルの申し子」が本当にミュージカル界の中心へと近付いていく瞬間を私たち観客は見たのだ。



 そんな、存在自体が生命力の固まりで、常に輝きを見せてくれた神田沙也加。誰もがこれからの活躍を確信し始めた今この時に、その命は突然消えてしまった。

 もう一度舞台で会いたくても、彼女はもうそこにはいない。


 しかし、その生命力、「いのちのちから」を私たちが心の中に刻み付けることはできる。

 それはいつでも再生可能な記憶として、永遠に残っていく。


 今回の出来事が彼女が自ら選んだ運命なのだとしても、神田沙也加が一瞬一瞬に刻み付けた輝きは永遠に消えない。


 悲しみに打ちのめされている人が多いと思う。

 涙をどうやって止めたらいいのか分からない人もいると思う。

 前に進んでいいのか、ここにとどまった方がいいのか、分からなくなっている人も多いと思う。


 芸能界でこんなことが続くのがほんとうにたまらなく悲しい人も多いだろう。

 芸能界が特別なのではなく、一般の人々だって同じだ。

 みんな苦しんでいる。

 出口が見つからなくてもがいている。


 理由についてあれこれ報じられているが、納得できる理由が見つからない。あるいは今後もそれは見つかりそうにないことに焦りやもどかしさを感じている人も多いだろう。

 30年近くもこの業界と付き合ってきた私のところにもいろんな情報が寄せられているが、ここはそれを披露する場ではないし、真偽を見分けるには何年もかかる情報が多い。


 しかし彼女が残したさまざまな輝きが、私たちを永遠に支えてくれることは間違いない。

 今こそ、それを思い出し、愛でよう。


 神田沙也加は確かにそこに存在した。

 そのことから出発して、前に進んでいこう。


 私は神田沙也加のパフォーマンスを何度も何度も取材して来た。

 じっくりと向き合うロングインタビューが実現したことはないが、たまたま同じイラストレーターが好きなことが分かっていて、いつか、そのことについて一度語り合ってみたいと思っていた。

 それはもうかなわない夢となってしまったが、いまは、彼女の素晴らしさを綴り、語り続ける役目を果たすことで、そのことに変えたいと思っている。


 そして、あなたがいなくなったミュージカル界のことについても伝え続けたい。

 ファンの方にとっては、神田沙也加のいないミュージカル界には興味がないかもしれないが、日本のミュージカルの隆盛や発展は彼女が一番望み、気にかけていたこと。その体を大きくのびやかに広げることができたミュージカルという場所のことをこれからの時代にも刻んでいくつもりだ。


 一緒に前を向こう。




 心が苦しくなったときは誰かに頼ってください


「日本いのちの電話」

▽ナビダイヤル 0570-783-556(午前10時~午後10時)


▽フリーダイヤル 0120-783-556(毎日:午後4時~午後9時、毎月10日:午前8時~翌日午前8時)


★厚生労働省「まもろうよこころ」公式ページ

 ここで採り上げた「王家の紋章(2021)」「ローズのジレンマ(2021)」「ダンス オブ ヴァンパイア(2019)」「キューティ・ブロンド(2019)」「1789 ~バスティーユの恋人たち~(2018)」「マイ・フェア・レディ(2018)」「屋根の上のヴァイオリン弾き(2017)」「ピーターパン(2017)」「キューティ・ブロンド(2017)」「1789 ―バスティーユの恋人たち―(2016)」『アナと雪の女王(2014)』については、当ブログ「SEVEN HEARTS」と「阪 清和 note」でそれぞれの作品についての劇評をその都度投稿しています。

 通常、劇評や映画評は序文が無料で、全文を読む場合は有料(100~300円)で公開していますが、12月18日の神田沙也加さんの急逝を受けて、翌日の19日からすべて全文無料で公開中です。


 なお、この追悼記事と各劇評には重複する部分がありますが、ご了承ください。


 無料公開の対象となっているのは以下の劇評です。今後、追加や削減の可能性もあります。

 ブログでは有料公開の表記が残っていますが、「note」にリンクで富んでいただければ全文無料で読むことができます。

 無料期間は追悼文の掲載時に期限をお伝えするとお知らせしていましたが、無料公開開始以降、アクセスが殺到しており、当分は期限を設けず、このまま無料公開を続けます。

 しかしいつか終わりが来ることも同時にご理解いただけるとありがたいです。


 どうかご一読いただき、神田沙也加さんの素晴らしい演技、歌唱力と、それに立脚した忘れ得ぬ輝きを感じ、「神田沙也加」という稀有な表現者がいたことを心に刻んでくだされば幸いです。


★阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」【ミュージカル】「王家の紋章(海宝直人・神田沙也加・大貫勇輔・新妻聖子・前山剛久・大隅勇太出演回)(2021)」劇評=2021.08.24投稿

★古代へのリスペクトがミュージカル化成功の秘密、海宝直人のまっすぐな歌唱力と神田沙也加の多彩な表現力が貢献…「阪 清和note」【ミュージカル】王家の紋章(海宝直人・神田沙也加・大貫勇輔・新妻聖子・前山剛久・大隅勇太出演回)(2021)劇評=2021.08.24投稿

★阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」【舞台】ローズのジレンマ(2021)劇評=2021.02.18投稿

★大地真央という最高の適役を得て、新たな命が吹き込まれた…【舞台】ローズのジレンマ(2021)劇評=2021.02.18投稿


★阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」【ミュージカル】ダンス オブ ヴァンパイア(山口祐一郎・神田沙也加・東啓介・佐藤洋介出演回)(2019)劇評=2019.11.17投稿

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★阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」【ミュージカル】キューティ・ブロンド(2019)劇評=2019.02.23投稿

★ポップな感性を弾けさせ、初演よりもさらに深みのある成長物語に…「阪 清和note」【ミュージカル】キューティ・ブロンド(2019)劇評=2019.02.23投稿


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★阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」【ミュージカル】キューティ・ブロンド(2017)初演劇評=2017.04.07投稿


★阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」【ミュージカル】1789 ―バスティーユの恋人たち―(2016)劇評=2016.04.23投稿


★阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」【映画】アナと雪の女王(2014)=2014.07.24投稿


 当ブログは、映画、演劇、音楽、ドラマ、漫画、現代アート、ウェブカルチャーなどに関するエンターテインメントコンテンツの批評やニュース、リポート、トピックなどで構成され、毎日数回更新しています。

 わたくし阪清和は、エンタメ批評家・ブロガーとして、毎日更新の当ブログなどで映画・演劇・ドラマ・音楽・漫画・ウェブカルチャー・現代アートなどに関する作品批評や取材リポート、稽古場便り、オリジナル独占インタビュー、国内・海外のエンタメ情報・ニュース、受賞速報などを多数執筆する一方、一部のエンタメ関連の審査投票などに関わっています。

 さらにインタビュアー、ライター、ジャーナリスト、編集者、アナウンサー、MCとして雑誌や新聞、Web媒体、公演パンフレット、劇場パブリシティ、劇団機関紙、劇団会員情報誌、ニュースリリース、プレイガイド向け宣材、演劇祭公式パンフレット、広告宣伝記事、公式ガイドブック、一般企業ホームページなどで幅広く、インタビュー、取材・執筆、パンフレット編集・進行管理、アナウンス、企画支援、文章・広報コンサルティング、アフタートークの司会進行などを手掛けています。現在、音楽の分野で海外の事業体とも連携の準備を進めています。来年以降は全国の新聞で最新流行現象を追い掛ける連載記事もスタートできるよう準備を進めています。昨夏からはニュースリリースサービスのお手伝いやユーザーインタビューも始めています。今後も機会を見つけて活動のご報告をさせていただきたいと思います。わたくしの表現活動を理解していただく一助になれば幸いです。お時間のある時で結構ですので、ぜひご覧ください。


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