★劇評★【ミュージカル=1789 ~バスティーユの恋人たち~ <小池徹平・神田沙也加バージョン>(2018)】

 2012年のパリでの初演以降、フランス語圏で爆発的な人気を博したフレンチミュージカルで、演出家、小池修一郎が潤色も手掛けて2015年春に宝塚歌劇団月組公演で日本初演、さらに2016年には東宝版として豪華メンバーで上演されて絶賛を浴びた「1789 ~バスティーユの恋人たち~」が再演されている。複雑に入り組んだフランス革命の構造を解き明かしつつ、そこに流れるさまざまな階層の人々の心情を豊かな音楽性に彩られた楽曲群に乗せて、革命の轟音と共にダイナミックに描くこの作品の魅力はさらに輝きを増しており、それぞれの登場人物の掘り下げが尋常ではないレベルまで進められていることも作用して、観客の心の慟哭はとても抑えきれない。前回大きな反響を呼んだ群舞がさらにきめ細かくデザインされているだけでなく、帝国劇場という横幅の広い劇場を最大限活かした作品として人々の記憶に残ることにもなるだろう。
 ミュージカル「1789 ~バスティーユの恋人たち~」は4月9日~5月12日に東京・丸の内の帝国劇場で、6月2~25日に大阪市の新歌舞伎座で、7月3~30日に福岡市の博多座で上演される。

★ミュージカル「1789 ~バスティーユの恋人たち~」公式サイト
http://www.tohostage.com/1789/

 現代のミュージカルの多くは英国と米国で生み出されており、フレンチミュージカルに大きな関心を寄せるファンはまだまだ少ない。しかし近年、「ロミオ&ジュリエット」や「ロックオペラ モーツァルト」、「ノートルダム・ド・パリ」、「太陽王 ~ル・ロワ・ソレイユ~」など、元々フランス語作品として誕生したミュージカルが上演される機会が日本でも増え、フレンチミュージカルがミュージカルのひとつの太い幹に成長しつつあることは間違いない。
 考えてみれば、ミュージカルの象徴のようなあの「レ・ミゼラブル」ももともとはフランスで製作されたミュージカル「Les Miserables」をキャメロン・マッキントッシュが見出し、ロンドンで英語版を上演したことで一気に世界的な人気を獲得した作品だ。
 フランス革命などスケールの大きな歴史的物語の本当の舞台であり、物語の素材には事欠かない。「ジャンヌ・ダルク」が活躍した舞台であり、あの「ノートルダムの鐘」だってフランスの都市が持つ独特の雰囲気がないと成立しない。
 そんなフランスをフランスのクリエイター自身が描いた作品が出てくるのは自然なことなのである。

 これは前回の2016年の東宝版の上演時の劇評にも書いたが、非常に興味深いので再度採り上げることにするが、実は演出の小池には宝塚で初めて演出するときにやや不安があったようだ。2016年東宝版の製作発表会見でも話していたが、「フランス人が作ったフランス革命のミュージカルだというのでかなりシビアなものではないかと思っていました」というのだ。それはつまり自由と人権を旗頭にして民衆たちが初めて勝利を勝ち取った市民革命に誇りを抱いているはずのフランス人がフランス革命の劇を作った場合に、あまりにも教条的、プロパガンダ的すぎる作品になってしまうのではないかという心配である。しかし「決して偉大な革命家を賛美する作品でもないし、滅び行くフランス、ブルボン家のマリー・アントワネットを中心とした人々の悲劇を描く作品でもありません。それらを全部織り交ぜて、農民も貴族もすべての人が社会を構成しているということが盛り込まれている人権宣言の精神に至るプロセスやそこにいた人々について描いている物語だと思います」と指摘し、小池の「フランス人によるフランス革命物語」に対する心配が杞憂に終わったことを強く印象付けた。

 そのフランス革命だが、ひと口にフランス革命と言っても、1787年に貴族の反乱によって始った混乱期から、1789年のバスティーユ牢獄襲撃を経て、ナポレオンのクーデターによる政府樹立の1799年までの12年間とする説や、第三共和政が樹立された1870年までの約80年間とする説がある。
 しかしこのミュージカル「1789 ~バスティーユの恋人たち~」では、フランス革命の中の最初の民衆蜂起と言えるバスティーユ牢獄襲撃までの革命前夜と言える日々が描かれている。
 「レ・ミゼラブル」には学生たちがバリケードを組んで政府軍に対抗する「革命」が登場するが、これはバスチューユの牢獄を襲ったあのフランス革命ではなく、その後の混乱期の出来事。フランス革命を成し遂げた革命勢力はフランス第一共和政を確立する中で王政を打ち倒したものの、その後の混乱の中でナポレオンが台頭。絶対的な戦闘能力を持っていたナポレオンは外敵を次々と撃破して軍事的な独裁体制を敷いて皇帝となり、帝政が始まる。その後ナポレオンが失脚するとブルボン王朝が始まり、王政復古に至る。その後七月革命によって再び王朝が倒れると、ブルジョワジー階級に支持された自由主義貴族出身のルイ・フィリップが実権を握る七月王政に移行する。やがてフィリップもまた国民の失望にさらされるが、このフィリップの立憲君主制に公然と反旗を翻したのがラマルク将軍で、その将軍の信奉者たちが将軍の病死の際に民衆葬として起こしたのが六月暴動となり、まさしく「レ・ミゼラブル」に登場する学生たちの蜂起と重なるのだ。

 こうした歴史を頭に入れておくと、ミュージカル「1789 ~バスティーユの恋人たち~」の世界がさらにぐっと味わいが増す。

 18世紀のフランス。財政危機の途上にある上に国家元首であるルイ16世(増澤ノゾム)の放漫な政治により経済がひっ迫していた。苦しい徴税に苦しむ農村で、税金滞納などの罪に問われた父親らの検挙をめぐる混乱でペイロール(岡幸二郎)率いる取り締まり隊に父親を銃撃されるに至って、農民のロナン・マズリエ(小池徹平&加藤和樹)は、国家そのものを変えない限り明日がないことに気付き、パリへと向かう。
 パリでも特権階級に対する不満は最高潮にくすぶっていた。革命家の代議士マキシミリアン・ロベスピエール(三浦涼介)や弁護士のカミーユ・デムーラン(渡辺大輔)、ジョルジュ・ジャック・ダントン(上原理生)らは、本当の自由を得るために革命家として人々の先頭に立つ気概を持ち、ロナンの悲しい過去や社会に対する激しい怒りにも心を寄せてくれていた。実は故郷に残してきた妹のソレーヌ(ソニン)もパリにやってきていた。

 一方、マリー・アントワネット王妃(龍真咲&凰稀かなめ)の王太子の養育係としてお世話をしていた女性オランプ・デュ・ピュジェ(神田沙也加&夢咲ねね)は、スウェーデンの貴族で王妃の不倫相手である外交官ハンス・アクセル・フォン・フェルゼン(広瀬友祐)との逢引きの案内役として王妃とともにお忍びで下町にある娼婦と革命家の巣窟と化していたパレ・ロワイヤルに出掛け、そこで野宿していたロナンと出会うことになる。
 革命側と王妃側、この時点では2人はロミオとジュリエット状態。反発し合いながらも、互いの中に見える優しさとピュアな魂に気付き、恋が芽生える。

 民衆が騒いでも、毎夜パーティ三昧の浪費がやめられないマリー・アントワネット。ルイ16世もおろおろするばかりで財務大臣(磯部勉)の助言を聞かず、実の弟であるシャルル・アルトワ伯(吉野圭吾)の悪い入れ知恵についついなびいてしまうありさま。アルトワ伯はこの不安定さを逆に利用して自分が王位につく策謀をめぐらせ、秘密警察(坂元健児ら)を使った工作を仕掛けている。
 追い詰められた王と王族側は、三部会と呼ばれる、聖職者、貴族、平民に分かれた議会を開き、貴族への徴税拡大などを議論させるが、各身分ごとに1票を与えて投票する方法と、議員ひとり1票を与えて投票する方法とでもめにもめた。前者は平民がいつまでたっても勝てず、後者では平民が勝つ可能性が大きい。極端な見通しのため、話し合いはつかなかった。
 業を煮やした平民たちは一方的に「国民議会」の設立を宣言。王宮側と絶対的な対立の時を迎える。7月14日、バスティーユ牢獄襲撃の日まではすぐそこだった。

 この作品はこれらの出来事を直線的に描くのではなく、さまざまなフックを付けて物語のうねりを出している。
 例えば、革命側にもさまざまな層があり、ロナンが貧しい農民階級出身であるのに対して、革命を引っ張っているロベスピエールらは裕福な家庭で何不自由なく過ごしてきた頭でっかちの子弟だ。そこに矛盾はないのか、ロナンの苦悩と共に物語は深堀りされていく。
 またここでは詳しく書かないが、マリー・アントワネットもただただ放蕩な生活を続けるダメダメ人間として描かれるのではなく、その背景となる心情や、沈みゆく船に最後まで残る覚悟を見せた後の真摯な表情までが描かれる。
 いずれも単なる善悪を超越した複層的な状況が描かれていくのだ。

 小池は、純粋な魂の容れ物としてのさわやかなたたずまいとともに、農民出身のロナンの土着的な強さも表現していて秀逸。決して上滑りしないダンスの確かさも見事だが、最も目についたのはやはり歌唱力の一層のレベルアップだろう。
 もちろんウエンツ瑛士とのユニット「WaT」で長年活動してきたことに言及するまでもなく、小池は歌がうまい。しかしここ最近、「キンキーブーツ」や「デスノート THE MUSICAL」などでの経験が活きているのか、役柄の心情をきちんと観客に伝える、届けるという部分で急速の進歩を見せている。ただ音程が安定しているとか、声質が良いとか言うことだけでなく、総合的な表現力が向上しているということだろう。

 神田も歌手出身だが、いまや日本のミュージカル界には欠かせない存在。もともと持っていたくっきりとした核を感じさせる歌声に、声の表情の多彩さが加わっている。ロナンとともに成長していくオランプがひとりの女性として愛を確立させていく姿を美しく可憐に表現していて、惹きつける。

 今回も複雑な歴史の変転をうまく見せている。ただせりふで説明するのではなく、この作品でそこをうまく埋めているのが、ややコミカルに人形などを使った説明。秘密警察の3人は作品全体でおちゃらけた役割を担いながら、難しくなりがちな歴史を分かりやすくしてくれている。このシーンに続くシーンでは、登場人物がまるでマリオネットか人形になったかのように秘密警察の3人に操られる。パソコンでポップアップ画面を別に開くような説明の方法で、ステージ上に別世界を展開させるのである。

 しかし前回、今回と鑑賞して強く心に残るのは、やはり音楽の多彩さだろう。
 ロック、ポップスが中心になっているものの、ディスコサウンドやユーロビート、ヒップホップまで、変幻自在の楽曲群。多くは革命側の勢いの強さなどを表しているのだが、このミュージカルに退屈する時間がまったくと言っていいほどないのは、こうした豊富なジャンルの音楽が詰め込まれていることと無縁ではないだろう。
 そしてダンスもまた多彩だ。ジャズダンスやブレイクダンス、そしてクラシカルな要素が加味されたダンス。さらには登場人物や人民たちの心情を表現するようなコンテンポラリーダンスもあり、そこにアクロバチックなパフォーマンスも加わるわけだから、エンターテインメントの要素はたっぷり。
 群舞も単なる全員シンクロの「一糸乱れぬ」ダンスというよりは、シンクロ状態の中にそれぞれの個性が活きるダンスの集合体(もちろん一定のシンクロはしているが)としてデザインされていて、ひとりひとりのダンスを見比べてみたくなる。革命ドラマであることから、武器を持ったダンスなどにもひと工夫が見られた。
 今回も振付チームの奮闘が目立っている。

 出演は他に、岡田亮輔、加藤潤一、則松亜海、渚あき、松澤重雄、猪狩裕平、伊藤寛真、大久保徹哉、大場陽介、加賀谷真聡、鮫島拓馬、鈴木凌平、仙名立宗、髙橋祥太、竹部匠哉、当銀大輔、橋田康、松永一哉、山下銀次、井出恵理子、井上真由子、織里織、北田涼子、島田友愛、杉浦小百合、橋本由希子、花岡麻里名、東川歩未、平井琴望、増井紬、松島蘭、佐藤芽佳(子役)、田島凜花(子役)、山口陽愛(子役)、陣慶昭(子役)、寺崎柚空(子役)、中村流葦(子役)。

 ミュージカル「1789 ~バスティーユの恋人たち~」は4月9日~5月12日に東京・丸の内の帝国劇場で、6月2~25日に大阪市の新歌舞伎座で、7月3~30日に福岡市の博多座で上演される。

 上演時間は、約3時間(休憩25分含む)。

★チケット情報はこちら=最新の残席状況はご自身でお確かめください。
http://www.tohostage.com/1789/ticket.html

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