【Report=織物を縫い上げるように丁寧に、「稽古は役の声を見つける作業」と栗山民也、舞台「母と暮せば」再演公演稽古場リポート(2021)】
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【Report=織物を縫い上げるように丁寧に、「稽古は役の声を見つける作業」と栗山民也、舞台「母と暮せば」再演公演稽古場リポート(2021)】

 井上ひさしの構想をもとに山田洋次監督が創り上げた映画を2018年に舞台化し絶賛されたこまつ座公演「母と暮せば」の再演公演が初演から3年の時を経て東京などで上演されることになり、7月3日の紀伊國屋ホール(東京・新宿)での初日に向けて連日東京都内の稽古場で綿密な稽古が続けられている。長崎に投下された原爆のために死んだと認定された医学生の息子が戦後3年経って幽霊となって姿を現し、母にかつての楽しい思い出や原爆のすさまじい悲劇を語りながらも、未来を見据えて前向きに生きる心の拠りどころを植え付けていく切なる物語は、ちぎれ、擦り切れそうになる互いの思いを自然な中にも鮮やかに映し出す繊細な演技が求められる作品。再演に挑む富田靖子と松下洸平が稽古場でひとつひとつの課題を乗り越え、まるで織物を縫い上げるように丁寧に創り上げていく姿が印象的だ。共に初演をかたちにした演出の栗山民也の目は、時に観客になり、時に井上ひさしになり、時にすべての戦争被害者の視点に重なる。当ブログ「SEVEN HEARTS」が特別に取材を許された稽古場から、創造性あふれる芝居づくりの現場の様子を緊急リポートする。(写真は舞台「母と暮せば」の稽古の様子。富田靖子(左)と松下洸平=撮影・宮川舞子/写真提供・こまつ座)

 舞台「母と暮せば」は7月3~14日に東京・新宿の紀伊國屋ホールで上演され、7月19日~9月2日に九州各地の演劇鑑賞会で巡演、9月7~9日に神奈川県内の演劇鑑賞会で巡演される。

東京公演のご予約・お問合せ:03-3862-5941(こまつ座)

 なお、舞台「母と暮せば」は初日前日の7月2日のプレビュー公演と、8月6~9日の4日間限定の配信も決定しています。
 詳しくは下記の記事をご覧ください。
★阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」ニュース記事「舞台『母と暮せば』のプレビュー公演と配信が決定(2021)」=2021.06.26投稿

 当ブログ「SEVEN HEARTS」では近日中に「母と暮せば」に出演する富田靖子さんと松下洸平さんの単独インタビュー記事を、「阪 清和 note」と同時掲載します。
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★続きは阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」でも読めます(劇評など一部のコンテンツは有料のものもありますが、リポート記事は無料です)

★舞台「母と暮せば」2021年公演・公演情報

 「父と暮せば」は、戦後3年の広島を舞台に生き残ったことに罪悪感を覚え苦悩する娘を優しく見守る父親という親子の姿を描いた井上ひさしの名作二人芝居で1994年初演。
 井上自身は、広島を舞台にしたこの作品に続き、長崎、沖縄と戦争の物語を書く構想を持っていたが、生前には実現せず、その構想を基に山田監督が2015年に、長崎で被爆しながら生き残った助産婦の母と、幽霊として現れる亡き息子との交流を描く監督初のファンタジー作品『母と暮せば』として映画作品を生み出した。吉永小百合と二宮和也の共演が話題を呼んだ。

 こまつ座(井上麻矢代表)では、映画『母と暮せば』を完全な二人芝居として舞台化することを提案。山田の快諾を得て、脚本を劇団「渡辺源四郎商店」を主宰する劇作家・演出家の畑澤聖悟、演出を栗山に依頼した。
 山田監督は、「父と暮せば」とこの「母と暮せば」、そして井上が生前遺した簡単な構想メモから若手の劇作家、蓬莱竜太が物語を書き起こした「木の上の軍隊」という3つの舞台をこまつ座「戦後“命”の三部作」と命名している。

 2018年の初演では、演出の栗山民也が第26回読売演劇大賞で大賞・最優秀演出家賞を受賞し、息子の浩二を演じた松下洸平もこの「母と暮せば」の演技で同じく第26回読売演劇大賞の優秀男優賞と杉村春子賞、さらに平成30年度(第73回)文化庁芸術祭演劇部門関東参加公演の部新人賞をトリプル受賞するなど大きな話題を呼んだことも記憶に新しい。

 長崎原爆投下時に大学に登校していて遺体も見つからないまま死亡認定された息子の元医学生、浩二(松下)を亡くしてしまったことへの悲しみや悔恨が3年経ってもぬぐえない母親の助産婦、伸子(富田)は、ある日自宅で幽霊となって現れた浩二に遭遇する。
 驚きながらも、生前から親密だった母子のきずなを感じさせる楽し気な会話に没入するうち、それとは相反する伸子の今の生き辛さも徐々に露呈していく。

 稽古が進むある日の午後の稽古場。
 富田と松下は、滑舌や身体の柔軟性などに気を配りながら、気持ちを高めている。冷静な中にも、この劇空間の中に自らの身を下ろしていく神聖な瞬間に向けて、準備に余念がない。

 この日は途中で芝居を止めることなく、本番と同じ時間の流れに沿いながら、キャストとスタッフがさまざまな点をチェックする「通し稽古」。
 演ずる2人は再演とあって息はぴったり。初演での共演の後、2019年のNHK連続テレビ小説「スカーレット」では主人公の夫と、主人公の母として再共演。そして今、再び「母と暮せば」の舞台に戻り、ますます縁が深まっていることを実感していることだろう。

 親密さ、軽妙さの表現、そして壮絶なやり取り。いくつもの感情が渦巻くこの舞台で、富田と松下は着実に感情の受け渡しを果たしていく。
 せりふはほぼ入っているが、まだその表現にはいくつかの迷いがある。完成度を高めつつも、その迷いもまた貴重な芝居作りのヒントの材料になる。実に豊かなモノづくりの現場だ。
 富田は幽霊の登場に喜びながらも、その真意に戸惑う伸子の並行する二つの感情を身体の中に大切に湛え続ける演技が印象的だ。
 松下はいまこの時間がはかない瞬間だと分かっていても、親子として大切な時間に変わりはないことを観客に大切に伝えてくれる。

 物語が容赦なく高まり、互いの演技が互いを巻き込んでいくようなドラマチックな後半に比べて、前半にまだまだ表現の工夫の可能性が残っていることを栗山が指摘する。
 幽霊となって登場する浩二を見た時の伸子の反応は序盤の重要なポイントでもある。表情からタイミングまで注意点は多い。
 客席には既に浩二が見えている場面で背後に何かを感じる伸子の目線の動きは重要で、自然な驚きに見えるための調整が続く。伸子には幽霊であっても浩二と再会できたことの歓びとそれに対する戒めが交錯しているはずだ。さまざまな感情を持った伸子の客席との関係性にも目が向けられる。
 逆に登場する浩二が伸子に掛ける「僕だよ」という言葉のニュアンスにも微妙な調整が。「もう少し可愛く、すとんと入って」と指示する栗山。何度も繰り返して表現して見せる松下。これから始まる母と子のはかなげながら力強い「再会」を予感させる何かがそこには必要で、松下は懸命に愛情を込めた表現を模索している。

 何気ないひとつひとつのせりふの間にある「間」も栗山は細かくチェックする。少し間が長かったり短かったりしただけで、観客の受け取り方に大きな違いが出るからだ。

 階段の昇り降りが辛いと話す伸子に浩二が「大丈夫?」と気遣う言葉も、浩二が幽霊となって出てきた最大の理由が「お母さん最近元気がないけど、大丈夫か」と感じ、それを確かめるためであることを考えれば、もっと大きな意味を持つせりふであると考える栗山はその表現の重要さを松下に説く。
 松下は何度もうなずきながら、その言葉が持つ複層的な意味合いをかみしめている。
 浩二の問い掛けに対して嘘をつくのが下手な伸子。富田はもう一度台本をじっと見つめている。

 浩二が生前にスパイ容疑で引っ張られた際に憲兵に頭を殴られたことを再現して見せる際の表現にもこだわる。
 松下がどちらかというと少し間を置いたのに対して、栗山は「間を置かずに」と指導。それは戦前戦中の権力者側の下っ端たちが持っていた虎の威を着た残酷さ、容赦のなさだ。栗山はそのことを意図したのだろう、「暴力性」と表現した。
 栗山や井上ひさしが一貫して表現して来た権力側の傲慢さは、原爆を投下した米国や米軍の驕り、そして戦後にまるでモルモットのように被爆者たちを見た関係者の許しがたい面の皮の厚さにもつながっていくのだろう。作品の全体を貫く重要なテーマであり、げんこつの有無を言わせない動きは、単なる動作の早い遅いや強い弱いの表現の微調整の結果ではないのだ。

 松下にとって、原爆がさく裂した後の自分や同級生たちの状況(たとえ幽霊であってもそれは想像かもしれないが…)を演技で伝える場面は最大の試練となることはこの再演でも間違いのないところ。
 「考えられないほどの温度」という原爆の熱線に焼かれる自分たち。「地獄を垣間見た時に、その瞬間に、人間はどうなるのか。熱いということはどういうことなのか。正体不明の分からないものに毎回(毎公演)出合わなければ(いけない)」という栗山の、俳優としての覚悟を問うような言葉に松下はうなずきながらしばし目を閉じる。

 栗山は芝居の稽古を「役の声を見つける作業」だと話す。高低や音量にはもちろん関係あるだろうが、どんな声を持った登場人物なのかを探すのが、稽古だというのだ。
 それはある意味せりふの内容を超えたものかもしれない。
 その「声」を発見することで役に限りなく近づき、井上ひさしが伝えたかった「役」の真実との距離を少しでも埋めることができる。
 富田や松下という俳優が演じている意味もそこに見出すことができるのだ。

 稽古場にいる誰もが気になっていた、浩二が幽霊として登場するシーンでの必要以上に響く床とズボンとの衣擦れの音は、現場スタッフからすぐに解決策が提示される。幽霊にしてはあまりにも「現実的」で「下世話な」音とも言えるからだ。
 セットは同じでも本番の会場となる紀伊國屋ホールでは稽古場とはホールの構造や当日の湿度などによっても音の響きが違う場合もあり、これもまた小屋入りしてからチェックが繰り返されることだろう。

 脚本の畑澤や映画の山田洋次監督、そして原案の井上が創った土台の上で、初日が開くその日まで、そしてその後も続く公演に向けて、キャストとスタッフ全員が一丸となって入念な準備が進められていくに違いない。

 舞台「母と暮せば」は7月3~14日に東京・新宿の紀伊國屋ホールで上演され、7月19日~9月2日に九州各地の演劇鑑賞会で巡演、9月7~9日に神奈川県内の演劇鑑賞会で巡演される。

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大阪市生まれ。関西学院大学卒業後、共同通信社で31年間記者活動。2013年秋、円満退職してエンタメ批評家、インタビュアー、ライター、ジャーナリスト、MCとして独立。映画、演劇、音楽、ドラマ、漫画、現代アート、ネット文化、旅、食と幅広くカバー。横浜在住。活動拠点は渋谷・道玄坂。