見出し画像

【連載小説】純文学を書いてみた1-3

前回……https://note.com/sev0504t/n/n4594cf565e0c
純文学を書きたかったけれど、これは純文学なのか……兎に角がんばります。
----------

 母の遺品を整理しているときの父は静かだった。それは整理ではなく、むしろごみ出しの用意のようなもので、本当に大事なものがあるかは僕に尋ねてきた。


「なあ、これ母さんのマフラーか?」
「うん。だいぶ前のだね。これも捨てちゃうの?」
「おまえ、いるか?」

 だいぶ色あせたほつれの目立つマフラー。
「いや、いらないけど、なんか基準でもあるの?その、捨てるのか捨てないかとか?」
「母さんの思い出はモノじゃないからな。こうやって整理していて、ふと思い出したものがあったらとっておくさ。後はできるだけ捨てよう」

畳の上に山になった衣服だったものたち。
「べつにおれはいいけど」
西日が目に染みる。

母の葬儀から3日が過ぎていた。
「ほかに何か母さんのものあったら教えてくれ」
「ああ」
 僕は気のない返事をした。おそらく父が気づかない母の遺品がたくさんあるのだろうと思った。
「おまえ、明日あたりから大学行けよ」
 ほんの少し語尾が上がった声で、思い出したように父は言った。

「ああ」
 (九月いっぱい、大学は夏休みだよ)


 自分の部屋に戻るとすぐ電気を消した。きしむ音が耳障りな黒いパイプベットに身を投げて考えてみる。葬儀の日から父は特に変わった様子もなければ憔悴した様子もない。来るべきときがきたかのような落ち着いた態度だ。

 母の死は季節のように通り過ぎるような気配さえした。それなら秋を迎えるのか、春を迎えるのか。春ではないなと思った。少なくともいつまでも買ってきたスーパーのお惣菜ばかり食べてはいられないし、父にとって必要なものをどうやって入手すればいいかも僕はよくわからなかった。母のやっていたことを思い出そうにもだめだった。

 眼を閉じ長く息を吐いた。驚き、いや確認だろうか。父について知っていることの少なさにだ。


 昔、父がこんなことを言っていたのを思い出した。
「もし、お前が家庭を持ったりしたときに、俺が年老いて生活に不自由して、しかも母さんがいなかったら施設にでも入れろよ。」
 父は大して好きでもないジョニーウォーカーの赤ラベルをちびちび飲みながら笑って言った気がする。晩酌は日課だった。

「あんた、お金はどうするのよ。ねえ、私が先にボケちゃったら入院費は出してよね」
 そのときはまだ母が元気だったからこんな会話だったと思う。別にさして気にも留めなかったが、今にして思えばあの頃から僕たち家族には奇妙な覚悟があった。同意と言ってもいいかもしれない。お互いが抱くわかりあえないジレンマを共通の覚悟でつなぎとめていた。

 「施設に入れるなんてできるわけないだろ」

 本当はそうやって言ってほしかったのだろうか。僕はゆっくり寝返りを打ち、枕を噛んだ。まだ治療院が残っているじゃないか。どんな暮らしが待っていても何とか生きていかなければならない。けれども不思議となんだか余計な心配をしているようにも思えた。なんとかなる。なんとでもなる。母の口癖を思い出した時、急に胸が熱くなり、喉から焼けるような、一瞬の嗚咽。
 本当に一瞬だった。


 「悲しい」って言えばよかったのかな。


 田んぼからは小さな名もない虫たちの合奏が聞こえてくる。名はあるんだろう。でも、どうでもいいと思った。


「やっぱりだめだな」

 つぶやいた言葉はそのままよだれくさい枕にすいこまれた。携帯を見るとメールが二件。起き上がって見る。父親と同じようなことをメールしてくる友人。サークル?バイト?何のメールか一瞬で忘れ、虚ろな天井の歪みが呼吸を整える。


「おい、まだおきてるか?」
ドアの向こうで低い父の声が聞こえた。

つづく

よろしければサポートお願いいたします。サポートは本屋を再建するための資金にします。