見出し画像

【雄手舟瑞物語#18-インド編】最後の仕事、そして出会い(前編)(1999/8/6)

客引きの仕事6日目、インドに到着してから10日目、囚われの身になってから初めて訪れた昨日の脱出作戦。それは見事に失敗に終わった。その代わり、僕の一人旅に戻りたいという思いが、やっとラジャ(僕の仕事の相棒)に伝わり、今日の仕事を最後に僕を解放してくれることになった。

その日はいつも通りまずは市内のマクドナルドから客引きできそうな観光客を探した。いつもそうだが、そんなに簡単には捕まえられない。一日1~2組が良いところだ。この日も午前中は全然ダメで、昼過ぎに日本からの到着便に合わせてデリー空港に向かった。

到着ロビーで日本人観光客を待ち受け、声を掛ける。

「ホテル決まってます?」

「市内までタクシーで送りますよ」

誰も見向きもしない。いつものことだ。段々と慣れてきた。結局、空港内では誰も見つけられなかった。誰も引っかからないのは、僕にとっては良いことである。

ラジャと二人で空港の駐車場まで戻る。観光客を乗せたであろう市内行きのバスの後をラジャの車で追う。僕も最初、「地球の歩き方」は読まない、誰ともつるまず一人で行動する、と強がらないでバスに乗っていれば、こんなことにはならなかったと後悔しながらラジャの合図を待っていた。

バスが交差点の信号で止まる。

ラジャが合図を出す。

「舟瑞、今だ、バスに乗り込め!」

僕は車をバッと降りて、慣れた感じでドアなんかないバスに乗り込む。信号が変わるとバスはお構いなしに走り出す。僕は揺れる車内で手すりを伝っていきながら、席に座っている日本人たちに

「ホテル決まってますか?」と声を掛ける。

車内には5組くらいの日本人観光客がいた。

最初の一組に断られる。

次の一組に目をやると目を逸らされたので、そこは飛ばした。

別の一組、坊主で小太りの男一人、ドレッドヘアのファンキーな女性とTシャツ姿のしっかりした感じの女性の三人グループが僕を見ている。僕は近づいて男性に向けて声を掛ける。

「こんにちは!すいません、ホテルって決まってますか??」

唐突なシチュエーションに呆気にとられた感じで男性が答えた。

「いや、、」

僕は続ける。

「そうなんですか!インドは初めてですか??」いかにもインドに慣れた感じで言う。

「は、はい。」と男性。ターゲットだ。

「それなら僕、ちょうど良いホテルを幾つか知ってるんです!もし良かったら案内するんで一緒に来ませんか??」と勢いよく尋ねる。

男性は後ろを振り返り、「どうする??」と女性二人に話し掛けた。ドレッドヘアの女性が「いーんじゃない。行こうよ。」と言ってくれた。すかさず僕は「じゃ、バスを降りましょー」と三人に席を立たせる。三人は「えっ、降りるの?」と驚く。僕は「そうなんですよー、インド式です(笑)」と言ってバスの運転手に降りると伝えてバスを停めさせた。

その流れで僕を含めた4人はバスを降り、ラジャのバンに乗り込んだ。

実はバスの車内で成功した客引きはこの7日間で初めてだったので、僕自身ビックリしていたが、違う意味で三人もビックリした様子だった。でも、どうやらハプニングが好きらしい性のようで、この状況を嬉しがってもいた。

僕は車中で「三人はお友達なんですか?」とか「僕は今大学生でバックパッカーをしてて、今ちょっとツーリスト・オフィスの仕事を手伝っているんです。」とか話をした。特にドレッドヘアの女性は「何歳?」「20歳になったところです。」「へぇー、面白いね」と怪しむどころか、むしろ僕に興味を持ってくれてるような感じで、和気あいあいと会話を交わし、20分ほどでニューデリーの中心地コノート・プレイスにあるオフィスまで着いた。

僕とラジャは3人を連れ、オフィスに入っていき、ラジャが「この三人はホテルを探してるから手伝ってあげてくれ」と別のスタッフに伝えた。僕はラジャに「通訳をするからここにいる」と言うと、ラジャはもちろん了解をしてくれたが、彼らは「英語できるから大丈夫だよ」と断ろうとした。だが、僕は頑として「折角だし、もっと話したいので一緒にいさせてください。」と頼むと、彼らは不思議な表情を浮かべながらも「分かった」と納得してくれて、この場に残ることになった。

まずホテルが決まった。オフィスから歩いて5分くらいのミドルクラスのホテル。そんなにボッタクリじゃない金額でまとまった。次からが勝負だ。ツアーだ。ここがポイントだ。僕はインド人スタッフに「ボッタクリに気をつけろ」と助言をしていると疑われている。インド人達に気付かれないように言葉を慎重に選び、ボッタクられない方に誘導する。

「初めてのインド旅行なら短い期間で回れる程度のツアーが良いかもしれないですね。」僕は、長い期間のツアーを組まされて、どうせ実現しないのにその分のお金を取られたから高額だった。最初から短いものにしておけば、被害も少なく済む。

いつもなら僕は早い段階で「逃げた方がいいですよ」と直接的に助言をしていた。客引きで僕が連れてきたので「はぁ!?」と怒られてもおかしくないのだが、不思議と皆、怒ることはなくむしろ感謝してくれて逃げ延びていた。

だが、その日はなぜか彼らにはその助言をしなかった。騙されて良いと思っているわけではないのに、なぜが「逃げた方がいいですよ」と言えなかった。

彼らは、特にドレッドヘアのファンキーな女性は静かな物言いなのに意志が強い感じで、しかも旅慣れている感じだった。「私たちはツアーじゃなくてバックパッカーで来てるから、ツアーは興味ないんだよねぇ。」と怒っている様子はないものの主張を曲げない。

しかし、このオフィスの常套手段でもあるが一度捕まえると離さず、根負けを狙う。「ホテルだけでいい」「いや、ツアーも組むべきだ」双方折り合わない。今までの客引きにあった人たちは僕が手引して逃げるか、僕が立ち会えない場合は根負けして絡み取られるかのどちらかだった。

日も傾いてきた頃、さすがのドレッドヘアのお姉さんも根負けしてしまった。ただし「最初の3日間だけね。予算も一日一人3,000ルピー(当時の相場1ルピー2.5円で約7千5百円)で9,000ルピー(約2万円)まで。今日のホテル代も全部含めること。」という条件を提示した。インド人スタッフは渋々ながらも条件を飲み、「じゃあ、明日9時にホテルに迎えに行く。」と伝え、長い交渉が終わった。

申し訳ないことに結局3時間以上、拘束されていた。そして、こんなに迷惑を掛けたにも関わらず彼らは僕に「ありがとうね」と伝え、ようやく彼らはホテルに案内されて行ったのだった。

その後、ラジャと夕食を取った。僕はやはり彼らのことが気になる。ラジャに「僕は明日から一人だし、旅の参考になるかもしれないから、彼らのホテルに行って話がしてみたい。」と伝えた。ラジャは快く承諾し、僕を彼らの部屋の前まで案内してくれたのだった。彼らのホテルは僕の泊まっているホテルのすぐ近くで、「道は分かるな?一人でホテルまで帰れよ。また明日、9時頃迎えに行くよ。」と僕に言い、ラジャは帰って行った。

「本当に俺は明日、解放されるのか。」と疑わしかったが、とりあえず今は彼らと話そう。「興味をそそる人たちとの話せるぞ」とワクワクしながら、僕は彼らの部屋のドアをノックした。


(前後のエピソードと第一話)

合わせて、僕のいまを綴る「偶然日記」もよかったら。「雄手舟瑞物語」と交互に掲載しています。


こんにちは