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【雄手舟瑞物語#24-インド編】20世紀最後の皆既日食を見に行く(前編)(1999/8/11)

<前回のあらすじ>
僕たち四人がインド西部の町、ブジに到着したのは、皆既日食の二日前、8月9日。翌日は町のマーケットで最高のバナナーこれを超えるバナナにまだ出会っていないーを食べたり、地元の少年の家でカレーをいただいたり、寺院の礼拝にジェンベ(太鼓)奏者として混ざったりして、「地球の歩き方」には半ページしか載っていないブジの町を十分に満喫した。

ゲストハウスでは、新たに二人の西洋人と一人の日本人ー19歳で一人旅をしている女の子ーが宿泊者に加わっていた。そこで皆既日食ツアーに行く総数は、リーダー格のオーストラリア人バレエダンサー父さんとその妻子を始めとする先着メンバー六人、僕たち四人、それにこの三人を加えた十三名になった。

※このバレエダンサー父さんは常に裸足である。なお、本当にバレエダンサーかは分からない。ただ、とてつもなく姿勢が良く、頭の位置を上下させずに歩くので、そう呼ぶことにしている。

皆既日食ツアーは昼過ぎに出発し、タクシーで一時間弱のところにある砂漠で見るという計画で、タクシーはもちろん、でっかいスピーカーの音響機材などの手配は全て、先着組がやっていてくれた。

明日はのツアー計画の一通りの確認と、あとは皆でビールを飲みながら寛ぎ、明日を楽しみに眠りについた。


<今回のはなし>
皆既日食当日。皆既日食は午後3時頃から始まって4時半ころに完全に皆既日食になるらしい。今回の旅で、皆既日食を英語ではTotal Eclipse(トータル・エクリプス[完全な日食])と言うんだと知った。響きがかっこいい。

朝は7時頃に起き、近くのカフェで朝食をとる。バレエダンサーたち数人は慌ただしく動いてた。「なにか手伝うことある?」と聞いたが、「ありがとう。こっちは大丈夫だから、ゆっくりしてな。」と言ってくれた。どうやら彼らが頼んでいたスピーカーが届かなかったようで、急遽町中の楽器店やレストランなどを回り、「スピーカーを貸してくれ」と交渉し、無事に借りることができたらしい。さすがの行動力。

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ところで、皆既日食が見られる町ということで、町の人たちはどれくらい盛り上がっているのかと思いきや全く静かである。「もしかして知らないのかな」と思ったが、ゲストハウスのスタッフに聞くと「砂漠には行かないけど、ここで見ますよ」と騒ぐでもなく自然な感じで答える。

日本だったらこぞって狂喜乱舞する様子がテレビで報道されるに違いない。皆既日食に対する反応も含め、この町の人々は百人百様。それぞれが自然体のように見える。それは煽る存在がいないからなのか、昨日寺院で参加したような儀礼が生活の中に組み込まれているからなのか。

日本では統率のための規律、システムで覆われている。テレビは24時間お祭り騒ぎなのに、現実世界での野生的な行動は忌避され、「空気が読めない」とか言われたりする。むしろそう言うシステムの奴隷人は本能的な意味で、空気を読めなくなってしまっているのだろう。僕は「だから野生の感覚を取り戻すためにインドに来たのかもしれない」と、この時に思った。

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昼前、そろそろタクシーが来る。みんな待ちきれなくてゲストハウスの中庭に集まり始めた。しばらくすると「来たぞ」と誰かが叫び、外に出た。

二台?

タクシーはどう見ても五人乗り。僕たちは十三人。それにドライバー。

???

誰かが言う。「よし、行こうぜ!」


「ん、二台?乗れなくない?」カトミが言う。日本人たちは苦笑しながら顔を見合わせる。他のメンバーたちに気にした様子はない。音響機材をタクシーの屋根に括り付けている。僕たちがおかしいのか。いや、タクシーのドライバーのおっちゃんが不安そうな顔をしている。「まさか、こいつら、この二台で行くって言うんじゃないだろうな。」と思っている顔をしている。

残念ながらドライバーのおっちゃんの予想は的中してしまう。


「よし、六、七で分かれるか。」とアメリカ人が言う。欧米バックパッカー達はわいわいと乗り込み始める。

「いやいや、無理だろ」と僕が思うや否や、ドライバーのおっちゃんがキレる。

「無理だ!そ、そんな、乗れるわけないだろう!

イタリアの若者が言う。「大丈夫!前の席におっちゃんと後二人、後ろに四人。これで六。もう一台は、そうだな、トランクに一人はいれば七人行ける。」このタクシーは運転席と助手席がつながってるシートのタイプだったのだ。

・・・

いや、そういうことではないのだ。

「完全に定員オーバーだ!警察に捕まったらどうしてくれるんだ!」ドライバーのおっちゃんはキレている。

そう、そういうことだ。おっちゃんが正しい。

しかし、それもどこ吹く風。欧米軍は「大丈夫、大丈夫」と言って乗り込み始める。そして、チカブンが「あたし、トランク入りたーい」。小柄なことはあるが、さすがアメリカの美大に行ってたドレッドヘアの姉さん。ノリが彼ら側である。

みんな体を屈めたり、脚を誰かの太ももに載せたりしていると、何とか全員乗り込むことができた。

皆、盛り上がる。定員のことなどは、このイベントにすり替えられて既に忘れている。当然、ドライバーのおっちゃんだけはキレ続けている。が、ぶつくさ言い続けながらも運転席に乗り込んだ。

エンジンをかける。

エンジンをかける。


エンジンをかける。

動いた!

一同:「おぉぉー」

とんでもなく車が重たそうである。全っ然、スピードが出ない。


が、とにもかくにも、こうして皆既日食ツアーが始まった。砂漠までの50分間、僕たちは町で買ってきたパコラ(焼き餃子みたいなもの)をかじりながら、時にはその狭さと悪路に悲鳴を上げながらも、ウナギの寝床状態を楽しんだ。

ドライバーのおっちゃんは、終始むくれ顔で、頬杖をついている。

そりゃそうだ。

そして、ついに皆既日食の観測の地、砂漠に着いた。

photo(cover) by Suhas Dutta

(つづく、次回は8/12)※2日に1回くらい更新してます。
(前後の話と第一話) 

※この物語は僕の過去の記憶に基づくものの、都市伝説的な話を織り交ぜたフィクションです。

合わせて、僕のいまを綴る「偶然日記」もよかったら。「雄手舟瑞物語」と交互に掲載しています





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