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生殖本能が存在しない世界のはなし

生まれつき生殖本能がないので、性別の文化も、男と女が一対一で番にならなければいけないことも、本来の感覚的には必要性がさっぱりわからんのですが(社会性があるのでちゃんと理解はしています)、
自己と他人、他人と他人を比較できない(そも合理性がなさすぎるので必要性が見出せない)ことも、嫉妬心がないことも、孤独というものが感じられない(番を求める感覚がない)ことも、その「生殖本能がない」という部分がいちばん根本としてあるのではなかろうか とふと思った

絶対的に異なるんだよな 根本の感覚が……一般と……。
ふつうのひとはいろんなマイナス感情を抱えてしまって大変そうだな、がんばって生きていてすごいな……とよく感じる
生殖本能という遺伝子の競争から解放された世界はとても自由で、社会ではそうもいかないけれども、自分のこころは何にも縛られることがない
ただそれがそこにあるのみ

ただ、社会は一般に合わせて作られているので、生まれつき生命力(つまりそれが競争力、種の保存力なのかな……)がよわよわな私には社会生活が営めないのですが。
労働に耐える体ではない。そんな体力は最初から存在しないし、努力で増やせるものでもない。

調べても出てこないけれど、同じようなひとは絶対にいないとは限らない きっと世界のどこかにはいるのだろう

いつか巡り会えたならすごくロマンだな とっても刹那的な、一瞬の無垢
損得感情も下心もなにひとつから解放された、純粋の最果て

私はただただ、そんなあなたのことが、どこまでも真っ直ぐに好きだ


【追記】
当たり前のことすぎて書き忘れてたけど、誤解のないように一応書いておくと、私には一般のひとと自分を含めた同じようなひとを比較する意図も、否定や持ち上げる意図も一切存在しません。
ここまで読んでいただけているならわかってもらえているかと思いますが……一応……。

こういうことを書くのは、心を配っていたとしても、身近な誰かを傷つけてしまう可能性がある。だから表立っては言いづらいです。

でも、誰を傷つける意図はないこと(だからって罪が軽くなるわけではまったくないけれども)、確かに私のような人種が存在しているということ……は、とてもくるしいけれども、傷つくことを覚悟の上で、隠しておきたくはないのです。
自分と同じ誰かのために、自分の想像できない苦しみを抱えた自分とは違う誰かのために。

みんなそれぞれ自分の好きな居場所で、お互いを尊敬しながら、自由に生きられるようになるといいね。

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