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100文字のバイバイ ~さよならメッセンジャー~

【あらすじ】

中山太朗(23)は、女手一つで育ってもらった母も蒸発し、あてもない一人暮らし。他人のさよならを代行しに言いに行く「さよならメッセンジャー」というバイトに登録している。ある日、愛人に別れを告げようとしていた古賀一平の代わりに、愛人の下に赴くとそこにいたのは母親・美佐子で――。「さよならメッセンジャー」のルール通り、インカムから相手のセリフを話し続けるが……。

【登場人物】

中山太朗(23) 就職がうまくいかず、「さよならメッセンジャー」に登録
古賀一平(50) 美佐子と不倫。妻とヨリを戻すために、太郎に「さよメ」を依頼
河合美佐子(45) 一平の不倫相手。太郎の実の母でもある。
社員(40)
ウェイター

【ストーリー】
○会社・応接室
社員(40)と応対しているスーツ姿の中山太朗(23)。
デジタル時計のようなモノを見つめつつ、うつむき――。
社員「で、なぜなんだ?」
太朗「上司のパワハラによる心身衰弱、他の目標が見つかったため……辞めたいとのことです」
書類一式を渡す。
社員「いや……! なんで本人ではなく、誰かも知らぬ人間が退職を告げに来ているのかを聞いているんだ?」
太朗「ですから、そ――」
ピーという警告音。
太朗、時計を見せる。カウンターが「0」に。
社員「あん?」
太朗「――これ以上しゃべるだけのお金、もらってないんで」
社員「!? はぁ~ん。退職代行ってヤツか……クソ」
太朗「まぁそういう仕事なんで。失礼します」
社員「!」
ネクタイを緩めて、出ていく太朗。

タイトル

○ボロアパート
目覚まし時計を止め、イヤそうに起きる太朗。
太朗M「俺はフリーター。登録制のバイト『さよならメッセンジャー』、通称『さよメ』でどうにか生計を立てている。さまざまな理由で、別れを告げる代行をするのが俺たちの仕事だ」
玄関――。
太朗M「人間関係が難しくなった昨今、飲食宅配サービスの次に勢いのあるビジネス――らしい」
太朗「さよなら……ねぇ」

○喫茶店
スウェット姿でコーヒーにガムシロップを入れている太朗。
コーヒーを苦そうに飲む。
太朗「といっても、最近話題の『退職代行』が大半だ。自分で会社に辞めに行く勇気もないなんて馬鹿だ。……そんな俺はどの企業にも採用されなかった」
一平の声「あの」
年よりも若く見えるイケてるスーツの中年・古賀一平(50)。
一平「君だよね? さよメの人?」
太朗「よくわかりましたね」
一平「(指さし)パジャマ」
太朗「……スウェットです」
× × ×
一平、1万円を差し出す。
一平「はい、これで」
太朗「あれ? 説明のページ見ました? 1文字100円、1万だと100文字ですけど、大丈夫です?」
一平「――それ以上話すことないだろ」
太朗「4年不倫していたんですよね」
一平「前のオリンピックのころだからな、そうなるか」
太朗「4年が100文字……寂しいですねぇ」
一平「ごちゃごちゃ理由つけたくねぇんだよ。そもそも会いたくないから他人に任せてるワケだし」
太朗「……(残念そうに)料金アップは無理そうなので、次進めますね」
一平「ふん」
コードレスイヤホンとデジタル時計を渡す。時計の数字は「100」に――。
太朗「僕が、その不倫女性に会うので、遠隔からしゃべりたいことを言ってください。その通りに僕もしゃべります」
一平「それが100文字」
太朗「カウントが減るようになってるんで、タイミング練りつつ。ね?」
一平「元のさやに収まる、だけで済むんだがな」
太朗、コーヒーにミルクをたっぷり注ぎ
太朗「なんで別れるんです? 奥さんのほうと別れてそのまま一緒になればいいじゃないですか?」
一平「……ニートには分からんだろ」
太朗「フリーター! (服を指さし)スウェット!」
一平「オンナには息子がいるんだと。そいつと一緒に暮らしてくれないかって」
太朗「うわ、メンド」
一平「だろ?」
スマホの着信。
太朗「あ、さよメの時間です。寝たきりのおばちゃんに変わって葬式でお焼香上げてきます」
一平「パジャマはダメだぞ」
太朗「本部で喪服、借りるんで。明日も一応、スーツ――着りゃいいんでしょ」
一平「……オンナは美人だ。惚れるなよ」
太朗、深くお辞儀をし
太朗「おばさまには興味ないので。ではさよメ、お受けします」

○ホテル・ラウンジ
スーツ姿の太朗、相手を探している。
窓際の席でコーヒーを飲む河合美佐子(45)。
ウェイター、太郎に寄ってきて
ウェイター「どなたと待ち合わせです?」
太朗「河合さんっていう……女性。キレイな女性らしいです」
ウェイター、ピンときた表情で
ウェイター「あそこの窓際の――」
太朗「え……!!!? (うつむき、顔をゆすり)河合……さん?」
ウェイター「違いましたかね」
太朗「! ……マジかよ……」
ウェイター「どうかされました?」
太朗「いえ……ありがとうございます」
× × ×
太朗「――(小声でうつむき)失礼いたします、さよならメッセンジャーの中山です」

○ペンション・外
向こうで一平の家族(妻、子供)たちがキャンプをしつつ、はしゃいでいる姿。
少し離れた場所で――。
一平「お、来たか」
時計のカウント「100」。
一平、イヤホンを抑えつつ。
一平「(うなづき)今日は別れを告げにきました」

○ラウンジ
太朗「今日は別れを告げにきました」
カシャンとコーヒーカップが床に――。
美佐子、驚いた顔で太朗を見つめている。
美佐子「……た、た、太朗」
太朗、美佐子から顔を逸らし、立ち尽くしている。
一平の声「4年は長かったな。ごめん」
太朗「……」
一平の声「ん?」
太朗「よ、4年は長かったな、ごめん」
美佐子「最後に会ったのは4年前か。変わらないわね……座りなさい、太朗!」
太朗「……」
美佐子「何でココにいるかわかんないけど……とにかく座りなさい……!!」
太朗「…………あの」
美佐子「あ、コーヒーもう一つ」
ゆっくりと座り、唇をかみしめている太朗。
一平の声「美佐子の声が聞こえないな。ん? (ザーと音がして)大丈夫か~?」
太朗「……大丈夫か?」
美佐子「は? アンタに心配される筋合いはないわよ」
一平の声「バカ野郎。それは違うって」
太朗「バカやろ、それは違うって」
美佐子「太朗……」
ホットコーヒーが来る。
太朗、ガムシロップを入れようとする。
美佐子「(笑って)ホットには角砂糖でしょ……?」
太朗「…………」
× × ×
一平のメーター。「87」に――。これ以降、画面右にメーターが表示。
一平「もう終わりだ」
× × ×
太朗、角砂糖を閉まってコーヒーをすすり……苦そうな顔。そして――深呼吸。
美佐子「元気でやってる? ごはん食べてる?」
太朗「もう終わりだ」
美佐子「……まだ若いじゃない。バカなこと言わないで」
一平の声「そもそも勝手なのはそっちだからな」
太朗「そもそも勝手なのはそっちだからな」
美佐子、うつむき――。
美佐子「お母さんが悪いのは分かってる。でも、私も一人の女性だった……(涙ぐみ)もう大学生にもなったし、大丈夫だろって」
一平の声「正直、辛い4年だった」
太朗「正直、辛い4年だった」
美佐子「だからね、一平さん……今お付き合いしてる方と一緒に暮らそうって」
× × ×
一平、イヤホンをしっかりと耳に付け
一平「暮らす……? それは無理だって」
× × ×
太朗「暮らす? それは、無理だって」
美佐子「お母さんの最期のわがまま」
一平の声「わがまま? ……もういい、別れよう」
カウンターが「50」になっている。
太朗「…………」
太朗、立ち上がり
一平の声「おい。メッセンジャー! おい、パジャマ! どうした?」
太朗「好きなの? 一平さんのこと」
一平の声「勝手なことを話すな! 契約違反だろ」
美佐子「……好きよ。――でも別れた方がいいわよね?」
太朗「女手一つで育ててくれたんだ。たまには俺に背中押させろよ」
カウンターが「20」に減っている。
× × ×
一平「おい! バイト! 頼むから俺の言う通り別れを――」
雑音――。
子供の声「パパ~!」
一平「もう――別れさえ、告げれればいい」
× × ×
美佐子「でも、バイト生活でしょ? ちょっとならお金――今更だけど」
太朗、コーヒーを一気に飲み干し
太朗「コーヒー、飲めるようになったし」
美佐子「ガムシロップを入れようとしてたじゃない」
太朗「(笑い)」
カウンターが「6」になっている。
一平の声「さよなら……さ・よ・な・ら!」
太朗、うつむきつつ涙をおさえ
太朗「(見つめて)さよなら…………」
美佐子「…………(うなづき)」
美佐子、むせび泣き。
× × ×
一平、イヤホンを切って
一平「まぁこれでいいか」
家族の方へ向かい――。
× × ×
カウンターが「2」のまま。
太朗、深くお辞儀をして立ち去ろうとする。
美佐子、立ち上がり
美佐子「……さよならメッセンジャーでしょ? 知ってた。あの人が使いそうだもん」
太朗「…………」
美佐子「あの人あんな人だけど…………どうしても惹かれちゃうの」
太朗「…………(逡巡し)」
太朗、時計カウンターを外し、投げ捨てる。
太朗、美佐子の手を掴み
太朗「行・こ!」
カウンターからピーという警告音。カウンターが「0」に。
太朗、美佐子の手を握って走り出した――。
2人、見つめて微笑む。     (おわり)


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