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パリジェンヌ・ウォーク

私の大好きなイラストレーターは、パリのことを描かせたら、最高に魅力的に仕上げてくれる女性だ。在仏経験の長い彼女は日本に戻ってからもパリジェンヌ・シックに生きている。彼女に教えてもらったことで、これなら私だってパリジェンヌになれる!と飛びついたのが「パリジェンヌ・ウォーク」だ。何のことはない、パリジェンヌはみんな、よい姿勢ですいすいと早歩きしていますよ、という話なのだが、パリジェンヌ・ウォークという響きがもう、私のような人間の心をとらえてしまうのだ。ステキ!楽しい!憧れる!

元々背筋は伸びている方だ。歩く速度も速い。
通勤時、四方八方から押し寄せる人の波は、美輪明宏氏曰く、ゴリラの葬列__みんな黒系のオフィスファッションで、背中をやや丸めて、足元はどこかすり足気味ですらある。その中にいると、パリジェンヌ・ウォークは目立つ。街中で、仕事の知り合いなどに見つけられるとき、私は歩き方で見つけられていることが非常に多い。人と違うことをすれば目立つ、当たり前のことだけれど。

私は歩くことに集中したい。誰かと喋りながらゆっくり歩くというのが面倒くさい。サクサクと歩いて目的地に到着して、おしゃべりはそこでゆっくりしよう。
一人で歩いているときはなおさら速度がつく。駅から会社につくまで、私を追い抜いていくのはなんらかの理由で走っている人だけだ。あと、自転車。そりゃね。

繁忙期が始まろうとしていた9月。まだ少し暑いものの酷暑は去り、空を見上げるとぐっと高い。秋だな、と感じられる日々が訪れていた。繁忙期となると、退社する頃には日は落ちて真っ暗。弊社がテナントで入っている30階建てのビルのエレベーターは昼休みには大混雑するから、出勤した後はなかなか外には出られない。となれば、朝の時間にたっぷりと陽の光を浴びて、ついでに運動もしてしまうに越したことはないんじゃないだろうか。

そう考えて始めたのが、あえての遠回り通勤だった。今までの通勤ルートは、大阪界隈でもっとも混雑する駅のひとつで私鉄とJRを乗り換えて移動する。それだけで色々と消耗する。乗り換えをやめて、そのまま私鉄でゆったり、ちょっと品のいいエリアまで乗りっぱなしてみた。乗り換えをしたときは駅から会社まで徒歩10分だが、こちらのルートだとかなり早歩きをして徒歩20分、倍になる。地図上で見れば最短距離で1.2キロほど、まあまあの運動量だ。雨の日はちょっと厳しいので地下道に入る__と人混みが凄まじい。いつもの人々がいない大雨の通りを、やっぱり私は早歩きする。大量の人間よりは、大量の雨の方がずっといい。

中之島はその名の通り、川の中州に浮かび、その周辺は何本も橋がある。水辺は美しく整備され、水辺をうまく使ったカフェなどが気取った余裕のある顔を見せつけている街だ。
そして、パリとよく似ている。
パリ・サンジェルマン地区は、セーヌ川の岸辺。遠くにエッフェル塔が見え、ノートルダム聖堂もルーブル美術館も徒歩圏内でありながら、観光地特有の判で押したようなありきたりさとは一線を画す地区だ。地元ッ子も程よく混じる。パリで宿をとるなら、絶対このエリアである。とても便利、だけど極端に一般化されすぎていない街並みが面白く歩きやすい。凱旋門を臨むエリアに近づくと、そこは東京・銀座などと大して変わらない「先進国の街」で、海外旅行らしさはない。

海外旅行先では、なるべく現地人に溶け込めという。変な犯罪に巻き込まれないためである。どんなに見た目が、ザ・日本人だろうとフランス語が怪しかろうと、街を歩くときは、地図なんぞ広げない方がいい。初めての土地だとしても、地図アプリを開いておっかなびっくり歩いているなんて、パリジェンヌらしくない! といらぬプライドだけはあるものだから、アプリはあくまでちらちら見るだけ。顔を上げて、すっすっと歩く。

川辺の植栽が可愛らしい。季節の些細な変化を見つけながら、職場に向かう。頬に当たる風の冷たさ、周囲の人々の服装。太陽の高さ。この季節のこの時間にここで見る自分の影が好きだ。脚がすらりと長くなって頭は小さく、手首から先はジャック・スケリントンになっている。

毎日電車で職場に向かうのはばかばかしいと思っている。しかも感染症拡大がなんとやらのご時世だ。けれども毎日繰り返す日々、少しだけでも愛したい。だから私は、明日の朝もパリジェンヌになりきってこの街を歩く。

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