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石川五右衛門3世―但し直系ではない/贔屓の筋⑤

贔屓の筋④
贔屓の筋④


 調べが行き詰まっているという噂は、俺の耳にも入ってきた。
 そもそも、俺は(独歩もだが)、下手人の疑いを掛けられた身だ。
 人格が高潔なので、疑いは一瞬で晴れたのだが。

「入会地の草刈りをした人のところに、調べが入ったんだ。でも、犯人はいなかった」
 俺の家に、遊びに来た独歩が言った。
 どこからか聞き及んできたらしい。

「へえ! 全員の所を訪ねたわけかい?」
寝転がったまま、俺は尋ねた。
「岡っ引きってのは、ヒマだな」

「そうだね。寺にまで来るんだもんね。……ただ、たった一人だけ、身元のわからない人がいて……ほら。僕たちと同じ日に、作業をしてた人」
「ああ、愛之助な」

「本当に愛之助なの?」
独歩は疑わしそうな目を向けた。

「うん。本人がそう言ってたし」
「あのさ、五右衛門」

 にわかに、独歩がまじめな顔になった。

「あの時、あの人、手拭いを振り回してたよね?」
「あの時?」
「ほら、木陰で休んでいた時」

 確か、独歩は、少し離れた木陰にいた。俺と愛之助は同じ木陰に入り、愛之助は、ほおっかむりしていた手拭いを外して……。

「あれか。蠅が、草刈り鎌にたかったんだ」

「やっぱり!」
 ぱっと独歩が立ち上がった。
「行くよ、五右衛門!」

「えっ! どこに?」
「いいから、早く!」

俺の手を掴み、有無を言わさず、駆けだした。

 「なあ。暑くね?」
「暑いね」
「もうよくね?」
「もう少し」

 俺はため息を吐いた。

 独歩の奴、とある長屋に俺を連れ出した。出てきた住人に、草刈り鎌を貸してくれという。
 怪訝な顔をしながらも、人のいい男は、鎌を貸してくれた。

 それを、独歩は、庭先の土の上に置く。
 じっと待つ。
 ……。

 そんなことを、あちこちの長屋で繰り返している。

 「みんな違う」
4軒目の長屋の住人に鎌を返し、独歩はつぶやいた。

「なあなあ、いいかげんに、教えてくれてもいいだろ?」
ついに堪忍袋の緒を切らせ、俺は尋ねた。
「みんな、変な顔してたじゃないか。お前は、何をしてたんだ?」

「五右衛門もわかってたと思うけど、あの人たちは、みんな、川原の草刈りをした人たちだよ。僕らの前に、川寄りの部分の草を刈った人たちだ」
「ええっ! そうだったのか!」

「……知らなかったの? 本当に?」
独歩が驚いた顔をする。
「五右衛門って、本当に、察しが悪いんだね」

「つか、お前はなんで、あの人たちから、鎌なんか借りたんだ?」
 悪口を言われた気がしたが、好奇心の方が強かった。
「草を刈るわけでもないのにさ」

「草なんか、もう、一生分刈ったさ」
憤然と独歩が答えた。

「違えねえ」

「あのね、五右衛門。僕、五右衛門を信じるよ。僕らと一緒に草を刈った男は、愛之助だ」
「今頃!」

 俺は呆れた。
 だが、もっと呆れたことを、独歩は付け足した。

「そして、この事件の下手人は、姿愛之助だ」
「……」
あまりのことに、俺は言葉も出ない。

「消去法だよ」
いともあっさり、独歩が言った。

「消去法?」
「うん。僕はお藤さんという人を殺していない。それは、僕が知っている」
「俺も殺してなんかいない」

「信じるよ」
まじめな顔で、独歩は俺を見た。

「お前は、すぐに人を信じすぎだ!」

 すぐに人を信じる独歩が、俺は時々、心もとなくてしょうがない。この年頃の少年は、もっと疑い深いものだ。
 俺がそう言うと、独歩は驚いたような顔をした。

「えっ、五右衛門が下手人なの?」
「それは違う!」

「ああ、もう!」
独歩は強引に話を戻した。
「それから、今日会った4人も、殺ってない」

「どうしてそう言い切れる? いや、その前に、なぜ、下手人は、川原の草刈りをしたやつだと決めつけるんだ?」

 そういう疑いを抱くから、椿寿院に、岡っ引きがやってきたわけで……。

「だって、あそこ、もともと草ぼうぼうだったろ? 町の人達は、まず、来ない。蝮がいるからね。だから、犯行は、草刈りの後だ。でも、ほら、思い出して? 干してあった萱は、僕たちの刈った分も含めて、その日のうちに、運んで行かれたよね」

 そうだった。
 屋根が壊れた家があったとかで、早急に、萱が必要になったのだ。
 萱は、一日でも早く乾くようにと、風通しの良い高台へと運ばれていった。

「つまり、お藤さんが殺されたのは、最初の草刈りが終わってから、僕たちが草を刈るまでの間だ。その間に川原に来なければ、彼女の帯留めに、刈られた萱の束が絡まることはない」
「あ……あ」

 少しずつ、独歩の言葉が、頭に染みついていく。

「でも、あれだろ? 別に草刈り人じゃなくてもいいんじゃないか? 川原には、誰でも入り込むことができる。前の草刈りから、俺たちが草を刈るまでの間に、お藤さんを呼び出せばいいんだ」

「五右衛門。最初の草刈りで刈られたのは、どこだった?」
「どこって……川べりすぐのところだ」

 恐らく、犯行現場も、川のすぐ近くだ。
 喉を掻き切られたお藤さんは、川べりに倒れ、その体を、冷酷な下手人が、川に蹴落とし……。

「その時点で、道から川べりに行くことができたのは?」
「だから、誰にでも……あっ!」

 俺の脳裏に、自分たちが草を刈る前の川原が蘇った。
 前の人たちが刈ってあったのは、川べりだ。

 道に沿った部分は、草がぼうぼうに生い茂っていた。川の近くへ行くには、細く踏み慣らされた、けもの道のような所を通るしかない……。

「そうだよ。あの細い通路は、普通の人には、わからない。道から見ただけじゃ、川べりの草刈りが終わっているかどうかさえ、判然としなかった筈だ」

 ゆっくりと、独歩は顔を上げた。
「つまり、川への通路の在り処を知っていたのは……」

「……僕たちの前に、草刈りをした奴らか!」

 思わず、声が大きくなった。
 よくできましたと言わんばかりに、独歩の顔が綻んだ。
 すぐに、まじめな顔になる。

「そして、僕たちが今日、訪問した4人は、下手人じゃない。残るのは、愛之助だけだ」

 根拠はわからないけど、独歩はきっぱりと断言した。

 「愛之助様の舞台がかからなくなった」
 ため息をついて、おえんが言った。
 わざわざうちまで、愛之助の話をしにきやがったのだ。

「この頃、贔屓筋にさえ、お姿をお見せにならないのです」
 なんと、あばら家の入り口に、如来様が降臨されている……。

「げ。如信尼様!」

 俺は慌てて跳ね起きた。
 横になって、鼻くそをほじりながら、おえんのよしなしごとを聞いていたのだ。

 おえんと如信尼が、目と目を見合わせた。
 小さく、おえんが頷く。

「それでね、五右衛門」
どさりと俺の前に、紙の束が置かれた。
「これを、江戸市中にばらまいてきてほしいの」

「これは……印刷したばかりの、愛之助の姿絵じゃないか」
 日がな一日、独歩と刷った姿絵を、江戸の町に、ばら撒けと?
「大事な絵じゃなかったのか?」

「うん。でも、彼の美しさを、江戸のみんなにも教えてあげなくちゃ」
おえんの鼻息は荒い。
「そもそも、役者絵って、そういうものでしょう?」

「知るかよ」
 大方刷り過ぎて、持て余しているのだろうと思った、

 だが、おえんは、真剣だった。
 おえんだけじゃない。
 如信尼様もだ。
 二人とも、真剣すぎて怖いくらいだ。

「愛之助様の人気を上げるのは、贔屓の者の使命。それには、江戸の皆様に、絵姿を差し上げるのが、一番です」
「そうよそうよ。愛之助様を再び、表舞台に呼び戻すの」
「この美しい役者絵を見れば、江戸の皆さんも、彼の魅力を、きっと、わかってくれるはずです」
「人気が上がれば、彼は帰ってくる。絶対!」

 口々に言い募る。

「撒いてくるのよ、五右衛門!」
決めつけるようにおえんが言うと、如信尼が頷いた。
「あなたには、伝手がおありだと、おえんから聞きました」

「伝手?」

 思わず問い返す。
 おえんがにやりと笑う。
「ほら、五右衛門さんせ、」

 「うわあ!」
思わず俺は叫んだ。

 確かに、義賊として人気の高いこの俺が、絵姿をばら撒けば、評判になるだろう。愛之助の知名度が上がること、間違いなしだ。

 だが、俺が、大泥棒五右衛門3世だということは、如信尼様には内緒だ。
 穢れのない如信尼様に、裏家業を知られたくない。

 そこのところをわかっていて、おえんは、俺を脅しにかかっているわけで……。

「わかった。わかりましたよ」
悲鳴のような声が出た。
「愛之助の絵姿、江戸市中でばら撒いてきますとも!」




贔屓の筋⑥
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