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石川五右衛門3世―但し直系ではない/贔屓の筋⑥


贔屓の筋⑤
贔屓の筋⑤


 「でも、五右衛門。それ、いいかもしれない」

 あばら家に降臨した弥勒菩薩と生意気なクソガキが帰ると、独歩がひょいと顔を出した。
 今まで、どこかに隠れていたものと見える。

 彼は、俺の前に置かれた役者絵の束を見つめていた。

「絵姿が出回れば、愛之助も、隠れていられなくなるはずだから」

 川原で草取りをしたうち、愛之助だけが、所在が分からないのだ。
 そして独歩は、お藤を殺したのは、愛之助だという。

「愛之助をあぶりだすために。ね、一肌脱いでおくれよ、五右衛門」

「なんで俺が」
溢れる愚痴が、止まらない。
「お武家の細君が殺されたって、俺には関係ねーよ」

「悪いことをしたやつが、野放しになってるんだよ? それは、よくないことだ」

「だから、俺は、ドロボーなの! 間違っても、お白洲の味方なんか、できないわけ!」
やや強めに言ってやると、独歩は顔を顰めた。
「なら、五右衛門は、平気なの? おえんや、如信尼様まで、愛之助が好きなんだよ? 彼女らの心を、愛之助に盗られたままで、いいの?」

「よっ、よくない!」
飛び上がって俺は叫んだ。
「おえんはどうでもいいが、如心尼の心は俺のものだ!」

独歩が半眼になった。
「それ、あつかましくない?」
「先々の話! いつか俺のものにするってことった」
「あ、そ」
「つべこべ言ってる場合じゃない。行くぞ、独歩!」

 月の光を浴び、江戸の屋根にすっくと立つ、その、姿。

「義により参上仕った。我こそは、石川五右衛門が甥、五右衛門3世!」

 はらはらと舞い落ちる、たくさんの紙。

 拾い上げた人は、首を傾げた。目を眇め、月明りに翳す。

 それは、全く知られていない役者の絵姿だった。
 ただし、一部で人気沸騰中の役者だということを、善良な江戸の町人たちは、知らなかった。


 姿愛之助は、女の家に身を潜めていた。
 役者絵につられて出てきたところを、見回りの同心に捕まった。あまりに様子が怪しかったからだ。すぐに、彼が、行方不明の草刈り人夫だと判明した。

 すぐに、小栗家の使用人たちの面通しが行われた。使用人たちは、この男が、亡くなった奥方の間男だったことを認めた。

 小栗杢左エ門が妻女、お藤殺しの罪で、詮議が行われた。
 しかし愛之助は、自分が間男だったこと以外、何も認めようとしなかった。

 詮議方に愛之助の名を出した岡っ引き、瀬戸長治のメンツが失われようとした頃……。


 暗い牢獄に、人影が差した。

「愛之助」
呼ばれて、愛之助は、顔を上げた。

「あんたは……」

「俺の顔を見忘れたかい?」
男は、ほおっかむりを外した。
「一緒に草刈りをした仲じゃねえか」

「ああ」
「俺ぁな。あんたに忠告に来た」
「忠告?」
「不義密通は重罪だ。だが、人を殺めるのは、それ以上の罪だ。ここは素直に、ゲロッちまいな」
「俺は、お藤を殺しちゃいねえ」
「いくら隠したって、お天道さまはお見通しだぜ?」

男が言い、愛之助はふっと笑った。
「証拠がねえ」

「あるよ」
あっさりと男が言った。

「はん」
はったりだと、愛之助は思った。

 静かに男は口にした。
「草刈り鎌よ」

「はあ? 草刈り鎌?」
わけがわからない、というように、愛之助は肩を竦めてみせた。

 だが、男はひるまない。
「あんたが、お藤さんの喉をばっさりやった、アレよ」

「何言ってんだか」
 愛之助はそっぽを向いた。
「与太話しかしねえんなら、俺はもう、寝なくちゃいけねえ。けえってくんな」

「蠅だよ」
冷たい声で、男は言った。
「あんたの鎌には、蠅がたかった」

「蠅だあ?」

「ああ。あの草刈りの日。あんたは、よく洗ったつもりなのかもしれねえけどよ。鎌には血が残っていたんだな」
「嘘だ」

「嘘なものか。お前の家に残されていた草刈り鎌は、岡っ引きの長治親分のとこへ届けた。あいかわらず、蠅が飛んで来やがるぜ? 鎌に染みついた血の臭いを求めて」

 すっと、男は立ち上がった。

「あんたは、どこも怪我をしていない。それは、あんたを匿っていた女も認めている。そしたら、誰の血なんだろうなあ」
「……」

 愛之助の顔に狼狽が走った。

「草ぼうぼうの土手を、お藤さんが川の近くまで歩いて行けたのは、細い通路の在り処を知っている者が同伴していたから。その通路は、草刈りをした連中しかわかりゃしねえ。つまり、彼女を殺ったのは、川原の草刈りをした連中だ」
「……」

「他の草刈り人の鎌には、蠅は飛んでこなかった。知りたきゃ、教えてやるが、俺と相棒の鎌にもな。だから、あそこの萱が、とびきり蠅の好物だという説はナシだ」
「……」
「俺たちと草刈りしてる時にもまだ、蠅は飛んできたよな。お前の鎌だけに」
「……」
「水で洗っただけじゃ、柄に染み込んだ血の臭気は落ちなかったんだな」

「芝居の為なんだ!」
 ついに、愛之助が金切り声をあげた。
「あんただって、共感してくれたじゃないか! 好きな仕事を続ける為だよ!」

「よくわからねえな」
 男の言葉は冷たかった。

 反対に、ますます熱を帯びた声で、愛之助は続ける。

「亭主に離縁されることになって、お藤の奴、おれに縋り付いてきたんだ。俺は、女なんかに一生を捧げるわけにはいかないっていうのに!」
「お藤さんは、あんたのせいで、離縁においこまれたのに?」

「それは、お互い様だ! お藤は、自分の寂しさを紛らわすのに、俺を利用しただけだ!」
「へえ」

「お藤なんかに縛られて、人生を終えたくなかった! 俺が愛するのは、芝居だ! それ以外はみんな、芸の肥やしだ!」

「人の気持ちもわからねえで、何が芸の肥やしだよ」
 吐き捨てるように男は言った。すぐに、後悔したように、付け加えた。
「ま、俺に人を説教する資格はねえけどよ」

 足音も立てずに、男は立ち去っていった。
 翌朝、愛之助は、自分の罪を認めた。

 恋敵は蹴落とした。
 犯人はやっぱり愛之助だった。女性にょしょうというものは、くれぐれも男前に注意しなければならない。この俺を除いて。

 さあ、この真実の心で、如信尼様の心にぽっかりと開いた穴を埋めて差し上げなければ。

 相変わらず金がなかったので、道端の花を摘んで、手土産にした。
 つまり、心だ。道端の雑草でも、心さえ籠っていれば、思いは伝わるはず。

 「あ、五右衛門」
庭先を掃いていた独歩が、目ざとく見つけ、声を掛けてきた。

「お前の手柄だな、独歩」

 草刈り鎌にたかった蠅から、愛之助に疑念を抱いたのは、独歩である。
 だから彼は、俺を引き回し、他の草刈り人の家を回った。

 各々、草刈り鎌を借り、戸外に放置した。結果、誰の鎌にも、蠅は近寄ってこなかった……。

「手柄は、長治親分に譲ったけどね」
 くすぐったそうに、独歩は首を竦めた。

「ちげえねえ。親分さんには、今度、恩に着てもらわなくちゃな」
「五右衛門が捕まった時にね!」
 照れ臭いのか、憎まれ口が飛んできた。

 本堂から聞こえる勤行は、相変わらず、美麗だった。
 ご本尊様はめでたく、顔に貼られていた紙を外され、本来のお顔を晒しておられる。
 俺を迎える如信尼様のお顔も、いつもと変わりなく、美しかった。

「まあ、お花。ありがとう」

 ほら!
 やっぱり如信尼様は、わかって下さる! 俺の真心を!

 微笑む姿に、うっとり見惚れていると、足元から声がした。

「なに、その草!」

 いわずと知れた、おえんである。

「草じゃねえよ。花だよ!」
「花って……道端に咲いてるの、引っこ抜いてきただけじゃないか。それも、薹が立ってる」

「これ、おえん。年齢の話は禁句ですよ」
穏やかに如信尼がたしなめる。

 ここは縁切寺だ。
 さまざまな年齢の女たちが、案内も乞わずに飛び込んでくる。薹が立つというのは禁句になっている。

「そういう言葉は、いつか必ず、自分の身に返ってきます」

 5歳の幼女は肩を竦め、庵主に向き直った。

「それより、如信尼様、近江の国に、それはそれは麗しい役者がいるという噂はご存じですか?」
「なんですって!」
「今はまだ、全然人気がないんですけど、いずれ、日の本一の役者になるは必定」

「くわしく! その話、もっと詳しく!」

 一気に、本堂の体感温度が上がった。
 俺はじわじわと後じさり、本堂を後にした。




fin.



お読み頂きありがとうございました。「贔屓の筋」は、ここまでです。

この後、独歩の出自を巡るミステリーが続くのですが、まだ満足のいく出来に仕上がっていないので、いずれまた。

ご意見・ご感想等頂けると、とても嬉しいです。


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 利用させて頂いたこと、謝して御礼申し上げます



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