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SFラブストーリー【海色の未来】2章(前編・下)−2

過去にある

わたしの未来がはじまる──

穏やかに癒されるSFラブストーリー


☆テキストは動画シナリオの書き起こしです。

ぜひ動画再生していただき、BGMつきでお読みください♪

Youtubeの方が内容先行しておりますので、再生を続けてnote数話分を先読みすることも可能です。)


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ルミ子さんの店から部屋にもどる頃には、もう夜になっていた。

わたしは明かりをつけると、お気に入りのルームウェアに着替えた。


──まさか、古道具屋でバイトすることになるなんて……。


雇ってほしいと言うと、ルミ子さんは大喜び。

わたしはその場で採用された。


──どうしよう。仕事の条件も先のことも、なにも考えてなかった。

──骨董の知識ゼロ、興味もゼロ。これで古道具屋の店員なんてつとまるのかな……。


軽はずみな行動を、ちょっと後悔してしまう。

だけど、もう明日から店へ行くことになっている。

今さら悩んだところで仕方のない話だった。


──うん、決まったことだ。それに、いちおう息子さんがもどるまでって話だし……。


とにかく明日から通う場所がある。

それだけでも一歩前進できた気がした。


──仕事は、これからルミ子さんに教えてもらえばいいんだよね。

──あ……そういえば、夕ご飯も食べてないや。


軽食でも作ろうと、キッチンへ行く。


──なににしようかな。


冷蔵庫をのぞき込んだけれど、食材がほとんどない。


──ま……いっか。あるものでどうにかしよう。


昨日の残りものと少しの野菜を取り出し、でたらめな料理を作りはじめる。


──食料品、この辺でいいお店あるのかな。

──あ、そうだ。明日、ルミ子さんに聞いてみよう。


新しい生活が動きだしたことで明るい気分になったのか、いつの間にかハミングしていた。

そんな自分に気づき、ふと思う。


──今なら歌を歌えるかもしれない……。

──小さな声で、ほんの少しくらいなら……。


おそるおそる、のどに息を通してみる。


「……」


だけど声は出ずに、空気のかすれた音だけが耳に響いた。


──……もう歌えないんだ。


どうして、と、やっぱり、が心の中で入りまじる。


「歌うときだけ、こんな……。変なの」


ははっ、とひとりで笑ってしまう。


「ホント……変だよ……」


このままだと少し泣いてしまいそうな予感がして、あわててリモコンでテレビをつける。

すぐに耳慣れた洗剤のCMソングが流れだす。


──キッチンでボーッとしててもしょうがないよね。ご飯、作ろう……。


テレビの音を聞きながら手を動かしはじめた、そのときだった。


『お待たせしました! それではいよいよハーヴの新曲、初公開です!』


コマーシャルが終わり、音楽番組がはじまった。

テンションの高い女子アナの声につられ、画面に目が向く。


──ハーヴ……。


ハーヴは男性シンガーソングライター。

顔は出さず、ほとんどネットとラジオだけで活動しているのに、彼の作る曲は次々に大ヒット。

コマーシャルやドラマにもよく使われている。

だから、ハーヴの曲を一度も聞いたことのない人はいないはずだ。

ハーヴはそんな誰もが認めるトップアーティストだった。


──ハーヴの新しい歌……どんなのかな。


思わず画面に釘づけになっていると、映像がPVに切りかわる。


──わ……夕暮れ時の海だ……。


夕日が落ちる間際の海で穏やかに漣(さざなみ)が揺れている。

どこの風景かはわからないけれど、とてもきれいな海だった。


──そういえば、せっかく近くに海があるのにまだ見てないや……。


そんなことを思ううち、波の音はフェードアウトし、ハーヴの新曲が流れはじめた。


──いいな、この歌……。


アコースティックギターの音色とハーヴの声に引きこまれ……

あっという間に、わたしは彼の創る世界に飲まれている。

ハーヴの曲を聴くと、いつもそうだ。

静かな曲も激しい曲も、わたしをここではないどこかへ軽々と連れ去ってしまう。


──ずっと聞いていたいくらい……。


その透明感のある声に耳をかたむけるうち、なぜか懐かしい誰かに呼ばれているような気持ちになってくる。

自然と涙までにじみそうになる。


──やっぱり、ハーヴって……すごい。


心の底からそう思ったけれど、胸がチクリと痛む。


──ハーヴとわたし。どうしてこうも違うんだろう。


わたしと彼は同じ26歳。

なのに、見ている世界はまるで違う。


──ハーヴは歌の世界にいることを許された。


だけど、わたしは許されなかった……。

そんなひがみのせいで、ハーヴの音楽にあこがれながらも、

自分からすすんで彼の曲を聞いたりはしなかった。

むしろ避けているかもしれない。

画面の向こうの世界は、この街へやって来たわたしには、もうとてつもなく遠い。

今、流れているメロディにあわせて歌うことすらできない。


──本当にぜんぶ終わったんだ。東京の生活も、音楽も……。


ハーヴの作る圧倒的な世界を見せつけられ、きっぱりとあきらめられた気がした。


──シンガーソングライターなんて、最初からわたしにはムリな夢だったんだよね……。


胸の奥が小さく痛み続ける。

そのささやかな痛みに耐えかねて、ハーヴの曲が終わる前にテレビを消した。




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