【読み聞かせ】ヒーリングストーリー 千一夜【第4夜】7dBの水先案内人
今日もお疲れさまでした
お休み前のひとときに
ココロを癒やすファンタジックなショートストーリー
少年が岸辺にやってくると、たくさんの手こぎボートがありました。
目の前の大きな川には、すでに出発したボートがいくつも浮かんでいます。
「順番に並んでくださあい」
ボートに乗るお客をさばく船着き場のスタッフは、とてもいそがしそうです。
「水先案内人をまだ決めていない方は、パンフレットからお選びくださあい。あ、お客さんもどうぞ」
列に並んだ少年に、スタッフがパンフレットをくれました。
読んでみると、水先案内人が案内するコースには2種類あるということでした。
ひとつは『声が大きい水先案内人が案内するコース』
もうひとつは『声が小さい水先案内人が案内するコース』です。
声が大きいほう、声が小さいほう、どちらを選んでも、料金に差はありません。
『大きいほうの声の大きさは、130デシベル』
『小さいほうは、7デシベル』ということでした。
さて、どちらにしようかと迷っているうちに、少年が乗る番になりました。
「水先案内人はもうお決まりで?」
「えーっと……」
やはり案内してくれる声は大きい方が、はっきりしていていいような気がします。
「『声が大きい水先案内人』でお願いします」
「承知いたしました。では、こちらをどうぞ」
スタッフから手渡されたのは、野球ボールくらいの大きさの水先案内人でした。
水先案内人は、なにかの余興で使うような、スパンコールがピカピカ光るスーツを着ています。
「こんにちは! ボクがキミの水先案内人だよ!! よろしくね!!!」
小さな体なのに、頭がガンガンするくらい大きな声です。
「こ、こちらこそよろしく……」
少年はあまりのうるささに、『声が大きい水先案内人』を選んだことを、ちょっと後悔しました。
「それにしても……きみ、ずいぶん小さいなあ。どうやって僕のボートを漕いでくれるの?」
すると手のひらの上で、水先案内人が首を振りました。
「ボクは水先案内人だからボートは漕がない! 漕ぐのはキミ。自分で漕ぐんだよ!!」
「ウソ、まじで? 知らなかった……」
呆然とする少年にスタッフが声をかけます。
「『声が大きい水先案内人』でよろしいですか? 変更もできますよ?」
「た、たぶん大丈夫です。がんばります」
こうして少年は水先案内人とボートに乗り込み、長い旅へ出発したのでした。
やがて少年と水先案内人は海に出ました。
『声が大きい水先案内人』が案内してくれるコースは、とにかく華やか。
色とりどりの人工照明が浮かんでいて、海面は常にまぶしいほどキラキラしていました。
最初の頃はワクワクしましたが、いまはもうそんな景色にも飽きています。
少年はいつのまにか青年になっていました。
「ねえ、水先案内人?」
「なに!!? なんか用!!!!?」
最近ますます大きくなってきている水先案内人の声に、うんざりしながら青年はいいました。
「なんだか退屈なんだ。俺、今よりもっともっと派手でワクワクするコースを漕ぎたい」
「いいよ!! けど、アップダウンはずっと激しくなるよ!!!」
「え……?」
「ちゃんとパンフレットの注意書きを読んでよ!!!」
「注意書き?」
青年は久しぶりにパンフレットを取りだしました。
パンフレットには、こう書いてあります。
『声が大きい水先案内人がご案内するコースは、大変波の荒い刺激的なコースとなっております。オプションでさらなる刺激をご希望される場合は特にご注意ください』
確かに今でも、波は十分に荒くて、青年はボートがひっくり返らないようにいつも必死でした。
「でも……俺、なんだか毎日気分が悪いんだ。このままボートをこぎ続けるなんて耐えられない」
「わかった! じゃあ早速、オプションを追加するね!! ……面舵いっぱあい!!!」
青年は水先案内人のいうとおりに舵をきりました。
しばらくするとボートはおびただしい数の人工照明が浮かぶ波間に突っ込みました。
青年はまぶしさで目がチカチカしています。
しかも海は大荒れ。
もはや上も下もわかりません。
「うわーっ、これって大丈夫なの?」
するとそこへ、別のボートが近づく気配がしました。
「あなたおひとり? よかったらパーティーに来ない?」
「パ、パーティー?」
「キラキラした人がたくさん集まって楽しいわよ」
青年がまぶしさをこらえながら細く目を開けると、隣のボートにはすごい美女が乗っていました。
「はい! もちろん——」
青年は即答しそうになりましたが、ふと我に返りました。
——そうだ、周りがキラキラしてると、女子はみんな綺麗に見えるんだった……。
過去の苦い経験がいくつも脳裏によみがえります。
それにこの荒波の中、いったいどんなパーティーになるのやら。
「お姉さん、せっかくですがやめておきます」
「あ、そ。つまらない男ね」
次の瞬間、女のボートが体当たり。
「うわっ!」
青年のボートはひっくり返り、女は知らん顔でそのままどこかへ行ってしまいました。
青年はあっぷあっぷしながらも、なんとか自力でボートを戻しました。
「あははっ、大変だったね!!? 大丈夫!!!?」
「はあ?……大丈夫だって? おいお前、いい加減にしろっ」
のんきな水先案内人に、青年の怒りが爆発しました。
「なにが水先案内人だ!
お前とボートに乗ってからロクなことがない!
ピカピカしたところにたどり着いても、キラキラしたところにたどり着いても、なぜだかずっと気分が悪い!
こんなことなら『声が小さい水先案内人の方にすればよかったよ!」
すると——
「……うん、わかった」
水先案内人はにっこり笑って、ピカピカのスーツを脱ぎました。
月日が流れ、青年は老人になっていました。
海はとても穏やか。
老人は周りの景色を楽しみながら、ゆっくりボートを漕いでいます。
ねえ、と隣のボートから老人の妻が声をかけました。
「今さらだけど、あなたの水先案内人、とってもかわいいわよね。あなたって、小さい頃こんな顔してたの?」
「えっ? あ、そうか……」
老人はいままで気づきませんでした。
水先案内人は子どもの頃の自分そのものだったのです。
「ははっ、いわれてみれば、きみの水先案内人も——」
笑いながら隣を見ると、妻のボートがありません。
——先に行ってしまったのか……。
長年連れ添った妻がいなくなってしまったので老人はさびしくなりましたが、またすぐに会えるだろうとも思いました。
水先案内人がくいくいと老人の服を引っ張ります。
「取り舵……いっぱいーっ……」
『声が小さい水先案内人』の声は本当に小さく、うっかりすると聞き逃してしまいます。
でもその案内にしたがえば、いつもとても綺麗な景色を目にすることができました。
——そういえば、妻に会ったのは『声が小さい水先案内人になってからだった。
いま考えてみたら、水先案内人があの派手なスーツを着ていた頃はいつも船酔いしてたんだよな。
それで本当の恋すらできなかったわけだ……。
小さな声を聞くのはなれるまで大変だったけれど、本当に見たい場所に案内してもらえている気がする……。
老人は水先案内人に導かれるまま、あたたかな気持ちで船を漕ぎ続けました。
老人は岸辺に戻ってきました。
船着き場は、少年の頃のようすとまったく変わっていません。
「お疲れさまでした。オールをお預かりします。お連れ様が向こうでお待ちですよ」
スタッフが指す先に、なつかしい妻の姿が見えました。
「ずいぶんのんびりしてたのねー!」
妻が大きく手を振っています。
「ごめんごめん、水先案内人との旅が楽しくてね!」
そのとき、老人は水先案内人がいなくなっていることに気づきました。
あわてて辺りを見回しましたが、どこにも姿はありません。
——今までそばにいたのに……。
すると——
『ずっといっしょだよ』
水先案内人の声が聞こえました。
——そうだった。いつだってここにいるんだったな……。
老人は微笑み、そっと自分の胸に手を当てました。
そして、いろいろなことのあった長旅を思い出しながら、妻の待つ場所へとゆっくり歩きだすのでした。
↓第5話
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