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SFラブストーリー【海色の未来】5章(中編・下)

過去にある

わたしの未来がはじまる──

穏やかに癒されるSFラブストーリー

☆テキストは動画シナリオの書き起こしです。

動画再生で、BGMつきでお読みいただくこともできます。

Youtubeの方が内容先行しておりますので、再生を続けてnote数話分を先読みすることも可能です。)


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買い物を終えたわたしと海翔くんは、駅前からバスに乗った。

夕日の差しこむ車両の中。

大きな荷物を抱えて、ふたり並んで座席につくと、バスがゆっくり動きだす。


「買い物、付きあってくれてありがとう。いろんなお店教えてもらって、すごく助かった。荷物も持ってもらったし……」


この時間、海のほうへ向かう乗客はほとんどいない。


「ちょっと遅くなっちゃったけど、バイト間に合う?」

「ああ、大丈夫」

「バイトって、毎日行ってるの?」

「最近はそうかな。バンドが休止状態だから、今までの練習時間がほとんどバイトになってる」

「そんなに働いてるの?」

「まあね。ぶっちゃけ、じいさん金持ってるし、俺がそこまでして家に金入れる意味なんかないんだけど」

──海翔くん、ちゃんと家にお金入れてるんだ……。

「若いのに偉いんだね」


感心して、ついしみじみと言ってしまう。


「ってか、進学も就職もしてないからさ。そのくらいしないと、なんか家にもいづらいし」

「海翔くんは……できれば音楽の仕事に就きたい……とか考えてる?」

「ああ。俺、自分の歌で食ってくよ」

すぐにそう答える海翔くんには、気後れも照れくささもなかった。

「バンドで歌いながら曲も作って……。とにかく俺は歌で生きてくって決めてる。

とは言っても……なんかスランプでさ。最近、ロクな曲作れないんだよなあ」


ちょっとおどけて海翔くんは言う。


──海翔くん……今、19なんだよね。

──わたしが海翔くんと同じ年頃のとき、自分の夢をこんなふうに迷いなく言えたかな。


つい、19の自分と比べてしまう。


──音楽スクールには通っていたけれど……。

──シンガーソングライターを目指しているとは言っていたけれど……。

──ここまでの確信を持って、人の目を見られていたかな……。


そう思った瞬間、わたしは気がついた。


──そうだ……19の頃のわたしは、ただシンガーソングライターにあこがれていただけ。

──ぼんやりとしたまま、明確な目標も持たずに……。


夢を目指している自分に、酔っていた。そんなふうにも言えるかもしれない。


──だけど海翔くんは違う。海翔くんは、もうこの年で、歌で食べていくと決めている……。


自分と海翔くんとの決定的な違いに、はっきり気づいてしまった。


──結局、わたしって中途半端だったんだろうな……。

「……海翔くんはすごいね。まだ19なのに」


声に少し後悔が混じった気がした。


「え? あっ……」

「どうかしたの?」

「比呂は歌を……いや。ごめん、なんでもない」


海翔くんはちょっと気まずそうに顔をそらせると、そのまま窓の外に目をやった。

どうやら、わたしが歌をやっていたと言ったことを思い出したらしい。

そして、それを伝えるわたしの様子がおかしかったことも……。


──気を使わせちゃった……。

「海翔くんは……がんばってね」


笑顔で素直にそう言えた。

歌で生きて行く可能性があるのは、きっとこういう子なんだと心から納得してしまったから……。


「……うん」


海翔くんは、窓のほうを向いたままうなずいた。

その横顔は見入ってしまうくらい端正で、人目を惹きつける。

そして、それ以上にわたしの心を惹きつけたのは、海翔くんが感じさせる予感のようなものだった。

これから、想像もつかないほど眩い光を放つ……そんな予感。


──この子……もしかしたら、かなりすごい子なのかも。


そう思わせられるのは、彼の中にある自信のせいなのか、才能のせいなのかはわからない。

だけど音楽スクールからどんどん世界に飛び出して行ったのは、

確かに、こういう不思議な空気を持っている子たちだった気がする。


──やっぱりわたしとは、生まれつきなにかが違うんだろうな。


海翔くんがこれから放つ光を見てみたいという気持ちと、微かな羨ましさを抱えながら、夕方のバスに揺られていた。


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古葉村邸にもどるとわたしはキッチンを借り、サンドイッチを作った。

これからバイトに行く海翔くんに、腹ごしらえしてもらうためだ。


──これでよし、と。


ちょうどできあがったとき、海翔くんが入ってくる。


「あー、腹減ったー」

「お待たせ。今、食堂に運ぶね」

「ここでいいや」

「キッチンじゃ落ち着かないんじゃない? 持って行ってあげ……」

「ありがと」


海翔くんはサンドイッチが乗ったお皿をさっと取ると、カウンターテーブルへ向かう。


──早い……。そんなにお腹すいてたんだ……。


海翔くんは、この洋館にあるものとしては珍しい、安手のスツールを引きよせて腰を下ろす。


「じゃ、いただきます。……ん? なんだ? メチャクチャうまい」


海翔くんがもぐもぐと口を動かしながら顔をしかめる。


「お、おいしい? よ、よかった……」

──顔つきが険しいけど、喜んでくれてるんだよね?


テーブルの向かい側に座り、黙々と食べている海翔くんを眺める。


──基本的にぶっきらぼうな子みたいだからなあ。

──こういうとき、ホントわかりにくい……。

──でも、気に入ってもらえたみたいでひと安心……。


サンドイッチは、今日のちょっとしたお礼のつもりだった。


「変わった味だけど、これって……中身なに?」

「味付けはほとんどマヨネーズだけだし、珍しいものはとくに入ってないけど……。そういえば、にんじんが多めかな」

「マジか……にんじんか……」


海翔くんがぶつぶつ言いながらも、もうひとつ口に運ぶ。


──そんなに美味しいのかな。もっと食べたい……とか?

「海翔くん。よかったら、調理台に残ってる分も食べ──」

「うん」


サンドイッチを手に、コクリと海翔くんがうなずいた。


──即答……。


急に海翔くんが小さな子どもみたいに見えて、思わず吹き出しそうになる。


「あ、でも俺、もうすぐ出ないと」

「わかった。残りは冷蔵庫に入れとく。まだたくさんあるよ」


すると、とたんに海翔くんの顔がほころんだ。


──あれっ、笑った。


無邪気な笑顔に、いつもは隠れている彼の素直さが少しだけ見えた気がする。


──いつもはほとんど仏頂面の海翔くんが、こんな嬉しそうな顔で……。

「……あははっ」


こらえきれずに、つい笑ってしまう。


「え? なに?」

「ごめん。なんでもない」

「わけわかんねえな。まっ、別にいいけどさ。ごちそうさま」


サンドイッチをきれいに平らげ、海翔くんはお皿を持って立ちあがる。


「そのままにしてて。もう行く時間なんでしょ?」

「あ、うん……ありがと。じゃ、行ってくる」

「いってらっしゃい」


ドアが閉まり、ぽつんとひとりきりになる。


しんと静まりかえるキッチンに、庭で鳴くキジバトの鳴き声だけが響く。


──7年前の世界か……。


こうしてひとりでいると、そんな実感はない。

でもいったん家の外に出れば、街の様子は変わっていて、アパートにはほかの人が住んでいる……。


──なんだか、まだ信じられないや……。


ため息まじりに、スマホをポケットから取り出す。

やっぱり充電は切れていて、手の中に冷たい金属の感触だけが広がる。

存在してても、なんの役にもたたない無意味な物体。


──わたしもこのスマホみたいに、意味もなくここにいるしかないんだな。


歌が歌えなくなって、もうなにもかもダメだと思ったときでさえ、今よりずっといろんなことができるはずだったんだと今頃になって気づく。


──でも、こうやって住める場所があるだけ感謝だよね。

──それもこんな立派なお屋敷に……。

──仕事で来たときは、まさかここに住むとは思ってなかったな。

──オルゴールだって、わたしのものになるなんて……。


その瞬間、この7年前の世界に来る直前のことが頭をよぎる。


──そうだ……わたし確かアパートの部屋でオルゴールを聞いてて……。

──美雨ちゃんからもらったオルゴール……。

──あのオルゴールは、今どこに……?


思わず立ちあがったときだった。


「あ、比呂ちゃん」


ドアが開き、流風くんが入ってくる。


「流風くん……」

「海翔と買い物に行ってたんだよね。いつ帰ってたの?」

「ついさっきだよ。流風くんは今まで勉強?」

「うん。今日は3人の先生の授業が連続だったから、ちょっと疲れちゃった。でも、11次元の話はおもしろかったよ」


流風くんは楽しそうに言いながら冷蔵庫からジュースを取り出すと、大きなコップにそそいだ。


──11次元……?


ジュースを飲んでいる流風くんを唖然と見つめる。


──確かにこれじゃあ、小学校の勉強なんて退屈すぎる。

「流風くんって、将来なにになるの? 学者……とか?」

「別に考えてないよ」

「そんなに難しい勉強してるのに?」

「おもしろそうなテーマをリクエストして、講義してもらってるだけだもん」

「へ、へえ……」

──ヤバい。やっぱり天才少年なんだ。

──これじゃあ大人だって流風くんに敵わない……。


わたしとは頭の構造からして違うんだろうなと恐れ入る。


──そういえば、マサミチさん言ってたっけ……。


『基本的に、流風がすることについて、僕はなにも言わないほうがいいんですよ』


──マサミチさんがあんなふうに言ったのは、流風くんが天才少年だからなのかな。

「ねえ……わたしをここに住まわせようって、流風くんからマサミチさんに言ってくれたの?」

「うん、そうだよ。おじいちゃんもすぐに賛成してくれたよ。それが、どうかした?」

「……ちょっと確かめたかっただけ」

──知り合って間もないわたしを家に住まわせるなんて、とんでもないこと……やっぱり、流風くんから言いだしたことだったんだ。

──そして、全面的に流風くんを信頼しているマサミチさんは、迷わずわたしを古葉村邸に……。

「比呂ちゃん」

「え? あ、なに?」

「調理台にあるサンドイッチ、比呂ちゃんが作ったの?」

「そうだよ。食べる?」

「うん、食べたいな」


わたしがサンドイッチを持ってきてあげると、流風くんはひとつ手に取り、その場でパクッと食いついた。


「わ、美味しい! たくさんもらっていい?」

「いいよ」

「やったねっ」


流風くんは嬉しそうに、次々とサンドイッチに手を伸ばす。


──ホント、美味しそうに食べてくれてる……。


微笑ましく眺めているとき、ハタと気づく。


──あ、海翔くんに残しとくって言ってたんだっけ。

「流風くん、少し海翔くんの分も……」

「ん?」


次の瞬間、流風くんは最後のサンドイッチを口に放りこんだ。


「あ……」

──ぜんぶ食べちゃった……。

──言うのが遅かったみたい……。

「海翔がどうかした?」

「う、ううん。なんでもない……」

──別にいいかな。海翔くん、帰ってくる頃にはきっとサンドイッチのことなんか忘れてるよね……。

「ごちそうさまでした。じゃ、そろそろ、はじめよっと」

「え? なにを?」

「夕ご飯の準備。今日はボクが当番なんだ」


流風くんは流し台へ行き手を洗うと、さっそくまな板と包丁を用意した。


──動きが機敏……。

──普段からよく料理してるんだろうな。偉いなあ。

「流風くん、わたしも手伝うよ」

「いいの?」

「お世話になってるんだから、このくらいはさせてもらわないと。今晩はなに作るの?」

「親子丼にしようかなあって」

「あ、いいね」

「ボク、玉ねぎの皮むくよ」

「じゃあ、わたしは卵、割っとくね」


ふたりで手分けして作業をはじめる。


──それにしても……やっぱり、このままなにもしないでお世話になり続けるわけにはいかないよね。

──海翔くんでさえ、家にお金を入れてるっていうのに……。

──だけど働くあてもないし……。


身元を証明しなくてもできる仕事で、まともなものなんてあるはずもない。


──どうしたらいいんだろう……。


料理中なのに、わたしは少し考えこんでしまった。




BGM・効果音有り)動画版はこちらになります。
https://youtu.be/8GJcpR5fRsA

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お読みくださり、ありがとうございます。

【海色の未来】マガジンもございます。目次代わりにお使いいただけると幸いです。


4章までのあらすじはこちら
https://note.com/seraho/n/ndc3cf8d7970c

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お読みいただきありがとうございました。

他に短編動画もございます。
https://youtu.be/9T8k-ItbdRA

予告編:2分弱)
https://youtu.be/9T8k-ItbdRA

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