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【読み聞かせ】ヒーリングストーリー 千一夜【第10夜】白い羊の飼い方

今日もお疲れさまでした
お休み前のひとときに
ココロを癒やすファンタジックなショートストーリー

昔むかし、とある島国に羊飼いの学校がありました。

学校では羊の育て方や牧草地の移動の仕方など、さまざまなことを学びます。

入学試験はとても難しく、国内でも成績がトップ数%の学生しか合格できません

この島国で羊飼いの学校を卒業し、めでたく羊飼いになれれば、将来は高い地位と収入を得て一生尊敬されるのでした。




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今年の羊飼いの学校の新入生は3,116人

その中に、ひとりも友だちのいない女子学生がいました。

女子学生は、もともと頭がいいわけでも特技があるわけでもありません。

子どもの頃から友だちも作らず勉強に打ち込んだおかげで、なんとか羊飼いの学校に入学することができた平凡な女の子です。

親にいわれるままに勉強してきた女子学生ですが、次は羊飼いになるための国家試験が控えています。


 
——確かに、羊飼いになるために頑張ってきた。

でも、国家試験も難しいんだよなあ……。


長い受験勉強がやっと終わったのに、また試験のためだけに机に向かい続けるのかと思うと、女子学生はどうしても気が滅入ってしまうのでした。




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ある日、羊飼いの学校に特別講師がやってきました。

講師は現役の羊飼いです。

あこがれの羊飼いの講義を受けようと、教室は学生でいっぱいになりました。

自分の要領の悪さをわかっている女子学生は、前の晩から教室にもぐりこみ、寝袋で夜を明かしました。

そのおかげでいちばん前の席に座っています。

時間になり、羊飼いが教室に入ってきました。

 
——これが本物の羊飼い。はじめて見た。


教壇に立つ羊飼いは、どこにでもいるくたびれたおじさんです。

——あまりにもオーラがない……。なのにこの人、羊飼いっていうだけで尊敬されるし、いい暮らしもできるんだ。うん、やっぱりわたし、がんばって国家試験を受けよう! そして、羊飼いになろう……!

後ろ向きな発想ではあるものの、失い欠けていたモチベーションがむくむくと高まるのでした。




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羊飼いの話を聞きに来たのは、やる気のある学生ばかり。

ところが羊飼いの講義がはじまってから数分もたつと、教室の熱気はすっかりなくなってしまいました。

羊飼いの話があまりにもつまらなかったからです。

学生が次々に眠りに落ち、あちらこちらからいびきが聞こえる中、女子学生は頬をつねって眠気に耐えています。

 

——頭がいいのと話が面白いのは関係ないみたい。まあ、羊飼いって、ふだんは羊のお世話ばかりしてるから仕方ないか……。


とにかく直で羊飼いの話を聞けるチャンスなんだから! がんばるぞ!



しばらくすると、女子学生はあることに気づきました。


 
——あれ? あの羊飼いの目……あの目は、どこかで見たことある。どこだっけ……?



考えているうちに周りの学生たちは全員眠ってしまい、起きているのは女子学生ただひとりになってしまいました。

そんな状況にもおかまいなく、教壇の羊飼いが淡々といいました。


「ひとつ、重要なことがあります。そもそも羊たちは『羊飼い』という肩書きの親切な係員が、自分たちのお世話をしてくれていると思っています」


女子学生はおどろきました。

 
「え? ちがうんですか? 羊飼いの仕事は羊のお世話じゃないんですか?」

気づけば声をあげていました。


「ちがいます」


羊飼いは表情ひとつ変えません。

 
「で、でも教科書には、『羊飼いは、羊たちの幸福を目的とし、羊たちの暮らしに関わる仕事に従事する』と書いてありますよね?」

「それは建前です。本来の仕事は羊が好き勝手をしないよう、羊たちを管理することです」

 
「管理って……」


思いがけない言葉に、女子学生は呆然としてしまいました。

「羊たちは、わたしたちのような羊飼いや、あなたのような羊飼いの学校の学生よりずっと勉強ができない。

勉強すらできない頭の悪い羊たちが好き勝手をしたら、国はどうなると思います? 秩序が保てなくなるのは火を見るより明らかだ

「勉強ができるかどうかで勝手に判断されるなんて……そんなの羊たちが納得しないと思います」


「納得するかどうかを考慮する必要はありません。そもそも羊は自分たちが管理されているとは気づいていないのですから。

あなただって、今のいままで羊が我々に管理されているとは知らなかったじゃないですか」


「そ、そうですが……」


「羊たちは羊毛を国に納めるかわりに世話をしてもらっていると思い込んでいる。

だからぶつぶつ文句をいいながらも、国に羊毛を納める。

なにも問題はありません」

「はあ……? 問題は……ない?」


ぽかんとしている女子学生に、羊飼いは不機嫌そうに眉根を寄せます。

「あなたはこの学校の生徒の割に、物わかりが悪いようだ」

「すみません……」

「仕方ない。あなたの頭でもわかるようにいってあげます。要するに……我々羊飼いは、羊毛を納めさせるために、羊を管理しているのです」

 

——羊毛を納めさせるために、羊を管理している……?


女子学生は思わず立ち上がりました。


「そんな話は聞いたことありません。

羊の暮らしを守るためには国というシステムが必要で……だから羊毛を国に納めてもらっているんじゃないんですか?」

「もちろん、全滅しない程度には羊の暮らしを守ります。羊がいなくなれば羊毛もなくなり、我々も冬が越せなくなってしまいますからね」

さんざん勉強してきた女子学生ですが、羊飼いのいうことが全く理解できません。

 
「じゃあ……もしも……誰かが羊たちに、『あなたたちは羊毛のために管理されている』と本当のことをいったら、それこそ秩序が保てなくなるんじゃないですか? 暴動がおきるかも」

「ああ、そんな心配は無用です」

羊飼いは笑いをこらえたような表情になりました。

そして、口の端をゆがめていいました。

「羊はなにもしません。なぜなら……自分たちが羊だとは気づいていないから」




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学校のフィールドワークの日。

女子学生は教授や学生たちと牧草地へやってきました。

広々とした牧草地では、たくさんの羊たちがせっせと草を食んでいます。

——ここにいる羊たちはみんな、自分が羊だと思っていないなんて……。

羊飼いの講義のあと、女子学生はすっかり元気をなくしていました。


 
——子どもの頃から、勉強しかしてこなかった。友だちもいないし思い出もない空っぽの10代。

つまらない毎日だけど、将来は羊たちの暮らしを守るために働けるなら、それはそれで勉強する意味はあると思ってた。なのに……。


『つまり……我々羊飼いは、羊毛を納めさせるために、羊を管理しているのです』


 
——わたし、思いちがいをしてたんだ……。


そのとき——

「あなた、羊飼いの学校の学生さんなんですね。今日は実習かなにかですか?」


一匹の羊が、女子学生に話しかけてきました。

 
「ええ、まあ……」

「いいなあ、学生時代って青春そのものですよね。昔を思い出します」
 
「あ、あの……ひとつお聞きしたいんですが……」

「島国一の学校の学生さんがわたしに? それは光栄だ。どうぞ、なんでも聞いてください」

 
「その……あなたは、羊さん……ですか?」

「はい? わたしが羊?」

羊がきょとんと女子学生を見ました。

羊の横に長い瞳孔が、少し開いたように感じました。

「ははっ、学生さんは面白いことをいうんですね。まあ確かに羊毛を納めてるから、羊といえなくもないか。ははは!」

「す、すみません、変なことをいいました」

「いえいえ。それにしても最近、どんどん納める羊毛が増えてきて暮らしも大変です。

なんせ、我々の負担率は諸々合わせると47.5%、納める羊毛の量も、世界でワースト2位っていうじゃありませんか。

収入のほぼ半分を持っていかれて、これからもまだまだ増えるって話だし

「本当ですか? 知りませんでした。そんな大変なこと……」

「ホントもホント。もう、やってられませんよ」

羊はそういいながらも、どこか人ごとのようにのんきです。

「あなた、ぜひ羊飼いとして出世して、なんとかこの国を良くしてくださいね。期待してますよ!」

羊は笑いながら去っていきました。

 
——あの目だ……。


女子学生はさっきの羊の目を思い浮かべます。

 
——羊特有の横に長い瞳孔。この前学校にきた羊飼いの目は、羊の目と同じだったんだ……。


講義の日、羊飼いはいった。

羊たちは自分たちが羊だとは気づいていない、と。

だけど……羊飼い自身も自分が羊だとは気づいていない。

ちょっとばかり頭のいい羊かもしれないけれど……。

あの羊飼いはもともと羊だったのか。

それとも、気づかないうちに羊になってしまったのか。

どっちなのか、わたしにはわからない。

だけど……

 
「羊も羊飼いも……誰も自分が羊だって、気づかないんだ……」



女子学生の口から言葉がこぼれたとき——

 

「僕は羊ですよ」


突然、後ろから声がしました。




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振り向くと、そこには若い羊がいました。
 

「僕は自分が羊だと気づいています」

「そうなんですか?」

確かに、外見は牧草地に住む平凡な羊のようです。

でもその羊の目は、人間の目、そのものでした。

 

「僕は自分が羊だと知ったとき、とてもショックでした。生まれてからずっと、自分は人間だと信じ込まされていただけだったんだと絶望しました


羊は牧草地に目をやります。

白い羊たちが群れている牧草地は日に照らされ、平和そのものです。

 
「結局……見守りカメラに囲まれた安心安全な牧草地も、自然に優しい発電所も、寝るのも忘れるほど夢中になれる娯楽も、
なにもかもが全部、羊毛を集めやすくするためだけのものだったんですよね

「えっ……? それって、どういう……」
 
「ああ、失礼。あなたはまだ学生さんでしたね。わからなくて当然です」

「そ、そんな! バカにしないでください! わかるように説明してください!」
 
「バカになんてしてません。つまり……羊は羊のままでいてもらった方が、得する人たちがいるってだけのことですよ」

「得する……人たち……?」
 
「将来、あなたが羊飼いになればわかる話です。

そして……こういう世の中の仕組みは、あなたにとってもそんなに悪いシステムではないということがすぐに理解できます。

あなたは羊飼いの学校に、はいれるほど、頭がいいんですから」

「システム……システムっていったい——」
 
「しゃべりすぎました。すみません。では、僕はこれで」


羊は女子学生に会釈し、歩きだそうとしました。

 
「待ってください! 羊さん! もっとちゃんと教えて!」


女子学生は羊の腕をつかみました。


「あなたは確かに牧草地に住む羊です。

でも……あなたの目は人の目をしている。羊であっても羊じゃない。

だったら、あなたには本当のことをみんなに伝える義務があるんじゃないですか?

「ははっ、羊に義務とか難しい言葉を使わないでくださいよ」

「茶化さないで! わたし、真面目にいってるんです!」

羊は小さくため息をつきました。

 
「……仲間たちには伝えようとしました。でも……誰も僕の話を聞いても理解しようとしない。

仲間のほとんどは、『ウソをいうな』とか『仮にそうだったとして、どうしようもないだろ』とかいって、僕から離れていきました」

羊が女子学生を見据えます。

「羊はなにかが起こるまでは、自分から動こうなんてしない生き物なんです。

いや、なにかが起こっていても気づきもしない。

ただ目の前の数メートル四方にある牧草だけが大事なんですよ。

だから……もう、あきらめるしかないじゃないですか」

そういって、羊は女子学生の手を振り払いましたが、女子学生はまた羊の腕をつかみます。

 
「なんですか? しつこいなあ」

 
「羊さんは、あきらめてないですよね?」

 
「は? いや、僕は——」

 
「あきらめてない。だから、わたしに話しかけてきたんじゃないんですか?」

「……」

女子学生の言葉に、羊はしばらく黙ってしまいました。

そして——

 
「そうですね……そうかもしれません。だって……」


羊は少し悲しそうな笑みを浮かべました。

 
「羊のまま死ぬのは、やっぱり悔しいですよ」


その笑みを見て、女子学生はいいました。

 
「羊さん。わたしと友だちになってください」

 
「えっ……?」

 
「いきなりすぎるって、自分でもわかってますが……」


女子学生自身、生まれてはじめて友だちを作ろうとしている自分におどろいています。

だけど、この島国でよしとされる羊飼いになって、本当に自分がやりたいこともわからずに年をとって死んでいく——

そんなのは悔しいと……自分も心のどこかで思っていたんだと、いまわかったのです。

羊の悔しいといった気持ちが、痛いほどわかったのです。

 

「お願いします。友だちになってください」

 
「……それは無理でしょう。羊の僕にはあなたの友だちなんて、荷が重すぎます」

「どうして? わたしが羊飼いの学校の学生だから? 

それなら大丈夫! わたし、バカですから! 

この前だって、羊飼いの講義、さっぱりわからなかったくらいで。

それに今まで……あっ!」


女子学生はずっと羊の腕をつかんでいたことに気づきました。


 
「痛かったですか? ごめんなさい……」

「大丈夫です。それより、さっきなにをいいかけたんですか? 今まで……なんだったんですか?」

「……今まで、わたしには友だちがいませんでした。だからもし、羊さんが友だちになってくれたら、あなたはわたしのひとり目の友だちなんです」
 
「友だち……ずっといないんですか?」
 
「はい! ひとりも! 勉強しかしてこなかったんで!」


羊は面食らっていたようでしたが、ふっと表情をゆるませました。

 
「それなら、ハードルがぐっと下がりますね。僕でもあなたの友だちになれそうだ


羊の言葉を聞いた女子学生は大喜び。

 
「やったあ! ありがとうございます! これからよろしくお願いします」

 
「こちらこそ、お願いします」

いま知り合ったばかりだけれど、たぶん誰よりもわかりあえる友だち。

この友だちができたことは、100人の友だちができるより嬉しいんじゃないかなと女子学生は思うのでした。


↓第11話

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