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【読み聞かせ】ヒーリングストーリー 千一夜【第1夜】散髪屋ハーモニー

今日もお疲れさまでした
お休み前のひとときに
ココロを癒やすファンタジックなショートストーリー

【あらすじ】
これは、日常に疲れてしまった大人のためのファンタジー短編集。

子どもたちに読み聞かせるような語り口で、知らないうちに傷ついてしまった心を癒やします。

登場するのは名もなき大人たち。

『星を釣るのが仕事の山小屋の主人』
『いきなり不満を訴えてきた自分の影に戸惑う会社員の女性』
『ミステリーハウスに住む謎の人物』
『全問正解クイズ大会という奇妙な大会に出場させられる男』
『公には言えない○○を盗む○○泥棒』

現実にはありえない、さまざまなシチュエーション。
でも物語の中に、大人たちが日頃忘れている大切なものがきっと見つかる。

そんなショートストーリー集です。

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「この人みたいな髪型にしてください。昔からのあこがれなんです。」

女が店の主人に写真を見せました。

ここは小さな散髪屋『はあもにい』。
バーバーチェアはたったひとつ。

散髪用の道具もかぎられたものがあるだけ。
ひげを生やした年齢不詳の店主がひとりで営んでいます。


お客は子どもからお年寄りまでさまざま。
男性も女性もやってきます。


でも常連さんはひとりもいません。
なぜか髪を切ってもらった人は、もう二度と店の看板を見つけることができないのです。



「本当にこの髪型にしていいんですか? かなり古風なものになりますが」

店の主人がたずねると、女の顔が少し曇りました。

「ええ、まあ……確かに古めかしいとは思います。この写真の女優さん、もうとっくの昔に亡くなったかたですし。でも有名な女優さんなんです。だから、いいんです」

「……わかりました。ではさっそくカットさせていただきますね」



店の主人がカットするあいだ、女はぽつりぽつりと話します。

「子どもの頃から、ずっと憧れてたんです。この女優さんみたいにきれいな人になりたいなあって。

でも10代になるまでには、わたしのルックスじゃあ大人になっても無理なんだとはっきり気づいていました。

学生の頃には、ルックスが無理ならこの人みたいに何かで成功して有名になろうとしたけれど、なれなくて。

社会人になってからは、せめてこの人みたいに結婚して、子どもも産んで、海外の豪邸で暮らすのが夢になりました。

……でも……どうやらそれも無理そうで。

だからやっぱり外見を変えることにしたんです。

今のわたしなら子どもの頃とちがって、ある程度ならファッションやエステにもお金をかけられますから。

とりあえず、持っている服を全部捨てて、この人が着そうな服に変えてみました」


「それでレトロなファッションをされてるんですね?」

「レトロ……。レトロといえば聞こえはいいですけど……じつはわたしが着るとただの古い服にしか見えない気もして……」

「ご自分であまり気に入っておられないのですか?」

「だって……まったく似合ってないでしょ? 自分でもわかってるんです。でも、髪型を変えれば少しはマシになりますよね……?」

「お客様。その写真の女優さんは、ある年代の方に絶大な人気があるのはご存じですか?」

「はい。ちょうど母の世代です。いつもこの人みたいな人生がよかったって、くちぐせみたいにいってました」

「母は……この人を愛していたと思います。とても幸せとはいえない暮らしの中で、この人だけが心の支えだったんじゃないのかな……」

そういったとたん、女の目から涙がひと粒こぼれました。
なぜ涙がこぼれたのか、女は自分でもよくわかりませんでした。



カットが終わり、店の主人が女からケープを外します。

「お疲れさまでした。よくお似合いですよ」

「え、これで終わりですか?あの……髪型……ほとんど変わってないんですが」

鏡の中の自分を見つめ、とまどう女に店の主人がいいます。

「できるだけもとのスタイルを生かしてみましたが、お気に召しませんでしたか?」

まったく悪びれない店の主人に女は納得がいきません。

「わたし、この女優さんみたいになりたかったのに。これのどこがカットしたっていえるんですか?」

すると店の主人は鏡越しに微笑みました。

「あなたが心の奥底にずっと持っていた、偽物のあこがれをカットしました」


女は、はあもにいを出ました。

それほど髪は切っていないはずなのに、ずいぶんと軽くなった気がします。

(そうだ、今度髪を切ってもらうときは、今までしたこともない……
でも、わたしが本当にやってみたい髪型をオーダーしよう……。)

古い写真はもういらないなと女は思ったのでした。


↓第2話



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