SFラブストーリー【海色の未来】5章(前編)
過去にある
わたしの未来がはじまる──
穏やかに癒されるSFラブストーリー
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「うわっ!?」
目覚めた瞬間、クイーンサイズのベッドに寝ている自分に仰天する。
「うわっ!? うわっ!? な、なんで!?」
叫んでから、ようやく昨日の出来事を思い出す。
──そうだ。古葉村邸に泊めてもらったんだっけ……。
深く眠れたらしく、頭痛もだいぶやわらいでいる。
──わたし……どのくらい寝てたのかな。
身体を起こして、ベッドに腰をかける。
──この部屋……ホント、高級ホテルみたい。
──ううん、それ以上だ……。
豪華な調度品がしつらえられた部屋。
庭からはのどかな鳥の声が聞こえてくる。
目に映る眺めは、アパートのわたしの部屋とは似ても似つかない。
──これ……夢じゃないんだよね。
ついきょろきょろと辺りを見まわしてしまう。
──あれっ? あのチェストは?
部屋の片隅にあるチェストは、前にルミ子さんと来たときに見たものだった。
──昨日は余裕なくて気づかなかったんだ……。
ベッドから立ちあがり、チェストのそばに行く。
──ここが7年前なら、状態も違うはず。
そう思い、上から下まで調べたけれど、前に見たときとの差異はよくわからない。
──わたしに鑑定できるわけないか。
あきらめて、窓際へ行く。
カーテンを開けると外はいい天気で、庭のしげった木の葉が朝日の中できらきらしている。
そして、枝の間から海の濃い青が見えた。
──そうだ。海がすぐ近くなんだ……。
しばらく窓からの景色に見入っていると、庭にマサミチさんが出てきた。
マサミチさんはホースを伸ばして、庭の草木に水をやろうとしている。
──なにか手伝えることあるかも。
わたしは急いで服を着替えはじめた。
庭にやって来ると、マサミチさんはすぐにわたしに気がついた。
「おや、比呂さん。おはよう」
マサミチさんは今日もさりげなくオシャレで、青いコットンシャツをラフに着こなしている。
「おはようございます。なにかお手伝いさせてください」
「ありがとう。じゃ、ホースを少し伸ばしてくれる?」
「わかりました」
花壇に水をまくマサミチさんの歩調に合せて、巻いてあるホースを伸ばしていく。
「あの……マサミチさん」
「はい、なんですか?」
「どうして、見ず知らずのわたしを泊めてくださったんですか?」
「どうしてって?」
「その……お会いしたばっかりで、素性もわからない人間なのに……」
「ああ、そんなこと」
マサミチさんは水やりを続けながら言う。
「流風が比呂さんを連れてきたからですよ」
「流風くん?」
「あの子が比呂さんと知り合いになった。そして、泊めてあげたいと言った。理由はそれだけです。いや、それだけ……は言いすぎかな。
もちろん、比呂さんが気の毒だったのもあります。でも……基本的に、流風の行動について、僕はなにも言わないほうがいいんですよ」
「え……」
──それって、10歳の男の子の言いなりなんじゃあ……?
──そういえば、昨日の夕ご飯のとき……流風くんだけ特別あつかいされてるようなこと、美雨ちゃんが言ってたっけ……。
「変に思うかもしれないれけど、それが自然なことなんです。
それこそ、風が流れるみたいにね。
もともとある流れを、僕なんかが勝手にゆがめるわけにはいかないんですよ」
「流れ……」
一瞬、その言葉に息を飲む。
──もし、マサミチさんが言うようになにか『流れ』というものがあるのなら……
──わたしが今この場所にいるのも、その流れの一部……なのかな……。
マサミチさんが庭の片隅にある水栓を閉めた。
「さて、ひととおり水もやったし、朝食にしましょうか」
マサミチさんはなごやかな笑顔で言った。
「比呂ちゃん!」
マサミチさんと一緒に食堂へ入ったとたん、美雨ちゃんがかけ寄ってくる。
「おはよう、美雨ちゃん」
「ねえ、流風から聞いたけど、比呂ちゃんってずっとこの家にいてくれるの!?」
「は、はい?」
──わたしが……この家に?
意味がわからず、キョトンとしてしまう。
「ああ、お伝えするのを忘れていました」
マサミチさんが、のんきな調子で言う。
「比呂さん。あなた当分ここに住んだらいいですよ」
「なっ……? マサミチさん?」
「アパートの修繕工事もすぐには終わらないでしょうし」
「しゅ、修繕工事?」
「流風から聞きましたよ」
──流風くん、またそんな作り話を……。
「でっ、でもっ、そこまでご厚意には甘えられないです!」
「細かいことは気にしなくていいから」
「いや、決して細かいことじゃあ……」
そこへ、食事の乗ったワゴンを押しながら流風くんが入ってくる。
「朝ごはんできたよー。あれ? なんでみんな立ってるの? 早く席についてよ」
流風くんは言いながら、テーブルにテキパキと朝食を並べる。
「あ、流風くん、わたしも手伝うよ」
「大丈夫。ボク、慣れてるし。比呂ちゃんは座ってて」
「そう……?」
──もしかして流風くんが作ったとか? 朝はお手伝いさんがいないのかな。
「比呂ちゃん、流風にまかせておいていいの。毎日、当番でやってるから」
「えっ?」
「うん。朝ごはんは、ボクと美雨と海翔の3人で順番に作ることになってるんだ」
──へえ……当番制なんだ。
「なにもかも人にやってもらうのも、子どもたちにとってよくないと思いましてね」
「そうなんですね」
「さ、わたしたちは座って待ってましょう」
「あ、はい……」
──マサミチさん、子どもたちのために、いろいろ考えてるんだな。
感心しながらテーブルにつくと、あれっと隣の席で美雨ちゃんが首をかしげる。
「でも、今日はお兄ちゃんが当番じゃなかった?」
「海翔、寝坊してさ。だから、ボクが手伝ってるってわけ」
「また寝坊か。あいつは仕方がないなあ」
「でもね、おじいちゃん」
美雨ちゃんがテーブルに身を乗りだして言う。
「わたしたち、働きすぎだと思う」
「働きすぎ? 美雨たちが?」
「うん。お手伝いさんにやってもらってることって、週に3回、夕ご飯作ってもらうだけじゃない……あとはぜーんぶ、わたしたち……って、仕事多すぎ!」
──じゃあ、昨日はたまたまお手伝いさんのいる日だったんだ。
──お手伝いさんが何人も住みこんでるのかと思ってた。
──ちょっと意外……。
「庭の手入れは僕の担当じゃないか。それに掃除は自分たちの部屋以外、お手伝いさんがやってくれてるだろ?」
「う……うん、でも……」
しどろもどろになる美羽ちゃんに、マサミチさんは笑いかけながら言う。
「ぜーんぶ、なんて大げさだよ」
「そうだよ。美雨はもっと自分で自分のことやったほうがいいよ」
「やってるもん!」
「こないだ、お手伝いさんに宿題を手伝ってもらってたよね。知ってるよー」
流風くんの言葉に、美雨ちゃんがパッと顔を赤らめる。
「えっ! ちょっと、流風!」
「美雨、それはよくないなあ」
マサミチさんが、からかい半分に言う。
「あ、あのときは、時間がなくて……」
美雨ちゃんはボソボソとつぶやくと、決まり悪そうに黙ってしまう。
「お手伝いさんまかせより、ボクはこのほうがいいけどな。いろいろ自分で好きにできるから」
流風くんが、手際よく5人分のフレンチトーストを並べ終える。
「わ、美味しそう……」
カフェで出されてもおかしくない出来栄えに思わず言うと、流風くんは自慢げな顔をする。
「ボクの得意料理だからね」
「すごい……!」
──流風くんって、器用なんだな。それに口も達者だし……。
──美雨ちゃんもしっかりしてるけど、流風くんはとても10歳とは思えないくらい。
──相当、頭のいい子なのかもしれないな。
そこへ、海翔くんがペットボトルを数本抱えて入ってくる。
「お待たせ。みんな、好きなの飲んで」
テーブルの真ん中にペットボトルを置いて、海翔くんがわたしの斜め前の席に座る。
「お、うまそう。じゃ、さっそく」
海翔くんは、いただきますと手を合わせたかと思うと、もうフレンチトーストを頬張っている。
「海翔、さっきフレッシュジュース作るって言ってたのに!」
「なんか面倒になっちゃってさ」
「だまされた。あーあ、ボク、手伝わなきゃよかったな」
「はあ? だまされたって、大げさじゃね?」
「もういいから、みんな早く食べなさい」
「ウソ! こんな時間! まだ髪も結んでないーっ!」
──いつの間にか食卓が大騒ぎになってる……。
みんなが口々にしゃべるその勢いに圧倒されそうだ。
──いつもこういう感じなのかな。でも……楽しいかも……。
にぎやかな朝食なんて、何年ぶりかわからない。
思えばずいぶん長いあいだ、ひとりで暮らしていた。
ずっと、音楽のことだけを考えて……。
「ねえ比呂ちゃん、早く食べてみて」
気がつけば、左隣りの流風くんが期待いっぱいの目でわたしを見ていた。
「う、うん……いただきます」
すすめられるまま、フレンチトーストをひと口食べる。
「ん……! ホントだ! 美味しい!」
柔らかな食感とメイプルシロップの甘さが、口の中にふわっと広がる。
「この子のフレンチトーストは絶品ですからね」
「流風って、これだけは上手だよねー」
マサミチさんと美雨ちゃんが、口々に流風くんをほめている。
「へへっ、まあねー」
「ホント、美味しい! 流風くん、お店出せるかも」
「やったねっ」
わたしの言葉に流風くんが無邪気にピースサインをする。
──大人びたこと言うわりに、こういうかわいいところもあるし……。
──なんだろ……流風くんって、ちょっと不思議な子だな。
普通の子どもとは違う雰囲気を、わたしは流風くんから感じていた。
楽しい朝食に気持ちがなごみながらも、さっきから海翔くんの様子が気になっていた。
──なんだか機嫌が悪いような……。
海翔くんはテーブルの向かい側で、ひとり黙々とフレンチトーストを口に運んでいる。
──きっと、よそ者がいるからだよね。
──わたしのこと信じきれてないって言ってたし……。
──海翔くん、わたしに抵抗あるんだろうな。でも、それはこっちだって同じ……。
──セッション中はいいけど、それ以外は、なんだかんだで上から目線だし。
──まあ、もともとの性格みたいだから、仕方ないんだろうけど……。
そんなことを思っていたら、顔をあげた海翔くんとまともに目があった。
──うわっ。
急いで目をふせようとしたとき、海翔くんに、あのさ、と話しかけられる。
「えっ、なっ、なんでしょう?」
「あんた……ここに住むんだって?」
「ここに……あっ!」
──忘れてた! そういう話をしてたんだった!
あわててマサミチさんに向きなおる。
「マサミチさんっ! ここに住むなんて……本当にそこまで甘えるわけには──」
「どこか行くあてがあるんですか?」
「うっ……そ、それは……」
言葉につまるわたしを見て、マサミチさんが笑った。
「だったら別にうちにいればいいじゃないですか。住むところを探しながらお仕事するのも大変でしょう」
「仕事……ですか」
──ルミ子さんの店……今はどうなってるんだろう。
──ご主人のあとを継いだって言ってたから、店自体はあるんだろうけど……。
「ねえ、比呂ちゃんのお仕事って古道具屋さんでしょ?」
「え……」
──美雨ちゃんがなんで……あ、美雨ちゃんにも名刺渡してたんだっけ。
「うん、そうだよ。バイト店員だけどね」
──でもこの状態って、バイトしてるって言えないな……。
「今日は仕事に行かなくていいんだよね?」
当然、という顔で流風くんがわたしを見る。
「えっ? う、うん……」
──流風くん……わたしがバイトに行けないこと、知ってる……?
はっきりした言い方に、すべて見透かされているような気がしてドキッとする。
──そ、そんなことあるわけないし。
「今日は……たまたまバイト入れてなかったから」
ちょっとどぎまぎしたけれど、たぶん自然に言うことはできた。
「それならちょうどいい」
マサミチさんが言った。
「今日のうちに、ここでの生活に必要なものを揃えたらどうですか?」
「ま、待ってください。本当にわたし、もうご迷惑おかけできません」
すると、海翔くんが口をはさむ。
「別に俺には関係ねえけどさ」
海翔くんはとっくに食事を終えていて、ペットボトルの水に手を伸ばしている。
「ここ出たらどうすんだよ、これから」
「え……これから……」
──確かに、古葉村邸を出てどうすればいいんだろう……。
──家が見つかるまでホテルに? お金は持ってるけど、そんなのすぐになくなる。
身元も証明できないから働くこともできない。
わたしを知る人に会えばパニックが起こる。
だから、誰にも会っちゃいけない。
家族も友だちも頼れない。
この時代にいるはずのない人間は、どこにも行く場所はない。
──わたし、古葉村邸を出たらもう本当にひとりなんだ……。
「比呂ちゃん、遠慮しないでここにいなって」
流風くんがそっとわたしの服の袖を引く。
「流風くん……」
「そうですよ」
マサミチさんがうなずく。
「部屋はあまってるんです。あなた1人増えたところで、なにも問題ありません」
「マサミチさん……」
穏やかな優しい声に、ちょっと涙ぐみそうになる。
「……本当に、お世話になってもいいんでしょうか」
「もちろんです。あ、買い物に行くとき、海翔に荷物持ちをさせたらいい」
名案が浮かんだとでも言うように、マサミチさんが海翔くんを見る。
「えっ、なんで俺?」
「コンビニのバイトは夜なんだろ? だったらいいじゃないか」
「ボクも比呂ちゃんと買い物に行く!」
流風くんが言ったけれど、マサミチさんは首を横に振る。
「流風は家にいなさい。今日は家庭教師の先生がいらっしゃる日だからね」
「あ、そうだった。つまんないなあ」
「わっ、もう行かないと! じゃ、比呂ちゃん、またね!」
美雨ちゃんがせかせかと立ちあがる。
「う、うん、いってらっしゃい」
「僕はこれから写真クラブの集まりに行ってくるよ。流風も先生をお迎えする準備をしなさい」
「はーい。じゃ、海翔。せめて後片づけはやってよね」
「言われなくてもわかってるよ。ったく……」
みんながバタバタと出て行き、急に食堂が静かになる。
──すごい勢いでいろいろ決まってしまった……。
そのとき、ハタと気がつく。
──あ……海翔くんとふたりきりだ。
しんとした空気の中で、不機嫌そうな海翔くんといることに、なんだかプレッシャーを感じた。
(BGM・効果音有り)動画版はこちらになります。
https://youtu.be/Lkjkcv4pDSY
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4章までのあらすじはこちら
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