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SFラブストーリー【海色の未来】5章(前編)

過去にある

わたしの未来がはじまる──

穏やかに癒されるSFラブストーリー

☆テキストは動画シナリオの書き起こしです。

動画再生で、BGMつきでお読みいただくこともできます。

Youtubeの方が内容先行しておりますので、再生を続けてnote数話分を先読みすることも可能です。)


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「うわっ!?」


目覚めた瞬間、クイーンサイズのベッドに寝ている自分に仰天する。


「うわっ!? うわっ!? な、なんで!?」


叫んでから、ようやく昨日の出来事を思い出す。


──そうだ。古葉村邸に泊めてもらったんだっけ……。


深く眠れたらしく、頭痛もだいぶやわらいでいる。


──わたし……どのくらい寝てたのかな。



身体を起こして、ベッドに腰をかける。


──この部屋……ホント、高級ホテルみたい。

──ううん、それ以上だ……。


豪華な調度品がしつらえられた部屋。

庭からはのどかな鳥の声が聞こえてくる。

目に映る眺めは、アパートのわたしの部屋とは似ても似つかない。



──これ……夢じゃないんだよね。


ついきょろきょろと辺りを見まわしてしまう。


──あれっ? あのチェストは?


部屋の片隅にあるチェストは、前にルミ子さんと来たときに見たものだった。


──昨日は余裕なくて気づかなかったんだ……。


ベッドから立ちあがり、チェストのそばに行く。


──ここが7年前なら、状態も違うはず。


そう思い、上から下まで調べたけれど、前に見たときとの差異はよくわからない。


──わたしに鑑定できるわけないか。


あきらめて、窓際へ行く。

カーテンを開けると外はいい天気で、庭のしげった木の葉が朝日の中できらきらしている。

そして、枝の間から海の濃い青が見えた。


──そうだ。海がすぐ近くなんだ……。


しばらく窓からの景色に見入っていると、庭にマサミチさんが出てきた。

マサミチさんはホースを伸ばして、庭の草木に水をやろうとしている。

──なにか手伝えることあるかも。

わたしは急いで服を着替えはじめた。


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庭にやって来ると、マサミチさんはすぐにわたしに気がついた。



「おや、比呂さん。おはよう」


マサミチさんは今日もさりげなくオシャレで、青いコットンシャツをラフに着こなしている。


「おはようございます。なにかお手伝いさせてください」

「ありがとう。じゃ、ホースを少し伸ばしてくれる?」

「わかりました」


花壇に水をまくマサミチさんの歩調に合せて、巻いてあるホースを伸ばしていく。


「あの……マサミチさん」

「はい、なんですか?」

「どうして、見ず知らずのわたしを泊めてくださったんですか?」

「どうしてって?」

「その……お会いしたばっかりで、素性もわからない人間なのに……」

「ああ、そんなこと」


マサミチさんは水やりを続けながら言う。


「流風が比呂さんを連れてきたからですよ」

「流風くん?」

「あの子が比呂さんと知り合いになった。そして、泊めてあげたいと言った。理由はそれだけです。いや、それだけ……は言いすぎかな。

もちろん、比呂さんが気の毒だったのもあります。でも……基本的に、流風の行動について、僕はなにも言わないほうがいいんですよ」

「え……」


──それって、10歳の男の子の言いなりなんじゃあ……?

──そういえば、昨日の夕ご飯のとき……流風くんだけ特別あつかいされてるようなこと、美雨ちゃんが言ってたっけ……。

「変に思うかもしれないれけど、それが自然なことなんです。

それこそ、風が流れるみたいにね。

もともとある流れを、僕なんかが勝手にゆがめるわけにはいかないんですよ」

「流れ……」


一瞬、その言葉に息を飲む。


──もし、マサミチさんが言うようになにか『流れ』というものがあるのなら……

──わたしが今この場所にいるのも、その流れの一部……なのかな……。


マサミチさんが庭の片隅にある水栓を閉めた。


「さて、ひととおり水もやったし、朝食にしましょうか」


マサミチさんはなごやかな笑顔で言った。



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「比呂ちゃん!」


マサミチさんと一緒に食堂へ入ったとたん、美雨ちゃんがかけ寄ってくる。


「おはよう、美雨ちゃん」

「ねえ、流風から聞いたけど、比呂ちゃんってずっとこの家にいてくれるの!?」

「は、はい?」

──わたしが……この家に?


意味がわからず、キョトンとしてしまう。


「ああ、お伝えするのを忘れていました」


マサミチさんが、のんきな調子で言う。



「比呂さん。あなた当分ここに住んだらいいですよ」

「なっ……? マサミチさん?」

「アパートの修繕工事もすぐには終わらないでしょうし」

「しゅ、修繕工事?」

「流風から聞きましたよ」

──流風くん、またそんな作り話を……。

「でっ、でもっ、そこまでご厚意には甘えられないです!」

「細かいことは気にしなくていいから」

「いや、決して細かいことじゃあ……」


そこへ、食事の乗ったワゴンを押しながら流風くんが入ってくる。


「朝ごはんできたよー。あれ? なんでみんな立ってるの? 早く席についてよ」


流風くんは言いながら、テーブルにテキパキと朝食を並べる。


「あ、流風くん、わたしも手伝うよ」

「大丈夫。ボク、慣れてるし。比呂ちゃんは座ってて」

「そう……?」

──もしかして流風くんが作ったとか? 朝はお手伝いさんがいないのかな。

「比呂ちゃん、流風にまかせておいていいの。毎日、当番でやってるから」

「えっ?」

「うん。朝ごはんは、ボクと美雨と海翔の3人で順番に作ることになってるんだ」

──へえ……当番制なんだ。

「なにもかも人にやってもらうのも、子どもたちにとってよくないと思いましてね」

「そうなんですね」

「さ、わたしたちは座って待ってましょう」

「あ、はい……」

──マサミチさん、子どもたちのために、いろいろ考えてるんだな。


感心しながらテーブルにつくと、あれっと隣の席で美雨ちゃんが首をかしげる。


「でも、今日はお兄ちゃんが当番じゃなかった?」

「海翔、寝坊してさ。だから、ボクが手伝ってるってわけ」

「また寝坊か。あいつは仕方がないなあ」

「でもね、おじいちゃん」


美雨ちゃんがテーブルに身を乗りだして言う。


「わたしたち、働きすぎだと思う」

「働きすぎ? 美雨たちが?」

「うん。お手伝いさんにやってもらってることって、週に3回、夕ご飯作ってもらうだけじゃない……あとはぜーんぶ、わたしたち……って、仕事多すぎ!」

──じゃあ、昨日はたまたまお手伝いさんのいる日だったんだ。

──お手伝いさんが何人も住みこんでるのかと思ってた。

──ちょっと意外……。

「庭の手入れは僕の担当じゃないか。それに掃除は自分たちの部屋以外、お手伝いさんがやってくれてるだろ?」

「う……うん、でも……」


しどろもどろになる美羽ちゃんに、マサミチさんは笑いかけながら言う。


「ぜーんぶ、なんて大げさだよ」

「そうだよ。美雨はもっと自分で自分のことやったほうがいいよ」

「やってるもん!」

「こないだ、お手伝いさんに宿題を手伝ってもらってたよね。知ってるよー」


流風くんの言葉に、美雨ちゃんがパッと顔を赤らめる。


「えっ! ちょっと、流風!」

「美雨、それはよくないなあ」


マサミチさんが、からかい半分に言う。


「あ、あのときは、時間がなくて……」


美雨ちゃんはボソボソとつぶやくと、決まり悪そうに黙ってしまう。


「お手伝いさんまかせより、ボクはこのほうがいいけどな。いろいろ自分で好きにできるから」


流風くんが、手際よく5人分のフレンチトーストを並べ終える。


「わ、美味しそう……」


カフェで出されてもおかしくない出来栄えに思わず言うと、流風くんは自慢げな顔をする。


「ボクの得意料理だからね」

「すごい……!」

──流風くんって、器用なんだな。それに口も達者だし……。

──美雨ちゃんもしっかりしてるけど、流風くんはとても10歳とは思えないくらい。

──相当、頭のいい子なのかもしれないな。


そこへ、海翔くんがペットボトルを数本抱えて入ってくる。


「お待たせ。みんな、好きなの飲んで」


テーブルの真ん中にペットボトルを置いて、海翔くんがわたしの斜め前の席に座る。


「お、うまそう。じゃ、さっそく」


海翔くんは、いただきますと手を合わせたかと思うと、もうフレンチトーストを頬張っている。


「海翔、さっきフレッシュジュース作るって言ってたのに!」

「なんか面倒になっちゃってさ」

「だまされた。あーあ、ボク、手伝わなきゃよかったな」

「はあ? だまされたって、大げさじゃね?」

「もういいから、みんな早く食べなさい」

「ウソ! こんな時間! まだ髪も結んでないーっ!」


──いつの間にか食卓が大騒ぎになってる……。


みんなが口々にしゃべるその勢いに圧倒されそうだ。


──いつもこういう感じなのかな。でも……楽しいかも……。


にぎやかな朝食なんて、何年ぶりかわからない。

思えばずいぶん長いあいだ、ひとりで暮らしていた。

ずっと、音楽のことだけを考えて……。


「ねえ比呂ちゃん、早く食べてみて」


気がつけば、左隣りの流風くんが期待いっぱいの目でわたしを見ていた。


「う、うん……いただきます」


すすめられるまま、フレンチトーストをひと口食べる。


「ん……! ホントだ! 美味しい!」


柔らかな食感とメイプルシロップの甘さが、口の中にふわっと広がる。


「この子のフレンチトーストは絶品ですからね」

「流風って、これだけは上手だよねー」


マサミチさんと美雨ちゃんが、口々に流風くんをほめている。


「へへっ、まあねー」


「ホント、美味しい! 流風くん、お店出せるかも」

「やったねっ」


わたしの言葉に流風くんが無邪気にピースサインをする。


──大人びたこと言うわりに、こういうかわいいところもあるし……。

──なんだろ……流風くんって、ちょっと不思議な子だな。


普通の子どもとは違う雰囲気を、わたしは流風くんから感じていた。



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楽しい朝食に気持ちがなごみながらも、さっきから海翔くんの様子が気になっていた。


──なんだか機嫌が悪いような……。



海翔くんはテーブルの向かい側で、ひとり黙々とフレンチトーストを口に運んでいる。



──きっと、よそ者がいるからだよね。


──わたしのこと信じきれてないって言ってたし……。


──海翔くん、わたしに抵抗あるんだろうな。でも、それはこっちだって同じ……。

──セッション中はいいけど、それ以外は、なんだかんだで上から目線だし。

──まあ、もともとの性格みたいだから、仕方ないんだろうけど……。


そんなことを思っていたら、顔をあげた海翔くんとまともに目があった。


──うわっ。


急いで目をふせようとしたとき、海翔くんに、あのさ、と話しかけられる。


「えっ、なっ、なんでしょう?」

「あんた……ここに住むんだって?」

「ここに……あっ!」

──忘れてた! そういう話をしてたんだった!


あわててマサミチさんに向きなおる。


「マサミチさんっ! ここに住むなんて……本当にそこまで甘えるわけには──」

「どこか行くあてがあるんですか?」

「うっ……そ、それは……」


言葉につまるわたしを見て、マサミチさんが笑った。


「だったら別にうちにいればいいじゃないですか。住むところを探しながらお仕事するのも大変でしょう」

「仕事……ですか」

──ルミ子さんの店……今はどうなってるんだろう。

──ご主人のあとを継いだって言ってたから、店自体はあるんだろうけど……。


「ねえ、比呂ちゃんのお仕事って古道具屋さんでしょ?」

「え……」


──美雨ちゃんがなんで……あ、美雨ちゃんにも名刺渡してたんだっけ。


「うん、そうだよ。バイト店員だけどね」


──でもこの状態って、バイトしてるって言えないな……。


「今日は仕事に行かなくていいんだよね?」


当然、という顔で流風くんがわたしを見る。


「えっ? う、うん……」

──流風くん……わたしがバイトに行けないこと、知ってる……?


はっきりした言い方に、すべて見透かされているような気がしてドキッとする。


──そ、そんなことあるわけないし。

「今日は……たまたまバイト入れてなかったから」


ちょっとどぎまぎしたけれど、たぶん自然に言うことはできた。


「それならちょうどいい」


マサミチさんが言った。


「今日のうちに、ここでの生活に必要なものを揃えたらどうですか?」

「ま、待ってください。本当にわたし、もうご迷惑おかけできません」


すると、海翔くんが口をはさむ。


「別に俺には関係ねえけどさ」


海翔くんはとっくに食事を終えていて、ペットボトルの水に手を伸ばしている。


「ここ出たらどうすんだよ、これから」

「え……これから……」

──確かに、古葉村邸を出てどうすればいいんだろう……。

──家が見つかるまでホテルに? お金は持ってるけど、そんなのすぐになくなる。


身元も証明できないから働くこともできない。

わたしを知る人に会えばパニックが起こる。

だから、誰にも会っちゃいけない。

家族も友だちも頼れない。

この時代にいるはずのない人間は、どこにも行く場所はない。


──わたし、古葉村邸を出たらもう本当にひとりなんだ……。

「比呂ちゃん、遠慮しないでここにいなって」


流風くんがそっとわたしの服の袖を引く。


「流風くん……」

「そうですよ」


マサミチさんがうなずく。


「部屋はあまってるんです。あなた1人増えたところで、なにも問題ありません」

「マサミチさん……」


穏やかな優しい声に、ちょっと涙ぐみそうになる。



「……本当に、お世話になってもいいんでしょうか」

「もちろんです。あ、買い物に行くとき、海翔に荷物持ちをさせたらいい」


名案が浮かんだとでも言うように、マサミチさんが海翔くんを見る。


「えっ、なんで俺?」

「コンビニのバイトは夜なんだろ? だったらいいじゃないか」

「ボクも比呂ちゃんと買い物に行く!」


流風くんが言ったけれど、マサミチさんは首を横に振る。


「流風は家にいなさい。今日は家庭教師の先生がいらっしゃる日だからね」

「あ、そうだった。つまんないなあ」

「わっ、もう行かないと! じゃ、比呂ちゃん、またね!」 


美雨ちゃんがせかせかと立ちあがる。


「う、うん、いってらっしゃい」

「僕はこれから写真クラブの集まりに行ってくるよ。流風も先生をお迎えする準備をしなさい」

「はーい。じゃ、海翔。せめて後片づけはやってよね」

「言われなくてもわかってるよ。ったく……」


みんながバタバタと出て行き、急に食堂が静かになる。


──すごい勢いでいろいろ決まってしまった……。


そのとき、ハタと気がつく。


──あ……海翔くんとふたりきりだ。


しんとした空気の中で、不機嫌そうな海翔くんといることに、なんだかプレッシャーを感じた。




(BGM・効果音有り)動画版はこちらになります。
https://youtu.be/Lkjkcv4pDSY


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4章までのあらすじはこちら
https://note.com/seraho/n/ndc3cf8d7970c


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