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【読み聞かせ】ヒーリングストーリー 千一夜【第3夜】おしゃべりな影

今日もお疲れさまでした
お休み前のひとときに
ココロを癒やすファンタジックなショートストーリー

天気のいい朝。
駅から会社までの道をひとり歩いていると、わたしの影が話しかけてきた。

「しばらくお暇をいただきたい」

「はあ?」

立ち止まって自分の影に目を落とす。

アスファルトでわたしのスカートの影が風にあわせて揺れている。

「影のくせに、突然なに?」

「あなたが生まれてから32年間、ワタシは片時も離れず、あなたにぴったり寄り添ってきました。
でも……でももう限界です。あまりにも扱いがひどすぎる。あまりに理不尽なことばかりだ」


「扱いがひどすぎる? 理不尽? ずいぶん文句が多いのね。影のくせに」

「ほら、またいった! 『影のくせに』って。その言葉にこそワタシに対する扱いのひどさがあらわれているじゃありませんか!」


「なんなの? まったくわけわかんない」

「とにかくお暇をください」

「わたし、あなたのこと雇ったおぼえはないんだけど」

「長いお付き合いでしたから、いちおう許可をいただいておこうかと」

「なんかめんどくさい。わかったわかった、どこへでも好きに行けば?」

「ありがとうございます。では、お元気で」

影はそういったとたん、地面からすっきり消え去ってしまった。



会社に入るまでも入ったあとも、わたしに影がないのは誰にも気づかれなかった。

みんな忙しくて、自分のことで手いっぱい。

人に影があるかどうかなんか気にならないんだろう。

他人の影なんて、そんなものかもしれない。

たぶん自分の影があるかないかだって、どうでもいいはず。

実際、わたしだってどうでもいい。

今日は苦手なプレゼンがある日。

わたしには、影のあるなしなんかにかまっている余裕はなかった。



仕事が終わる頃、彼が電話でご飯に誘ってきた。

そんなわけで、会社近くのカフェレストランで遅い夕食をとっている。

 「いつもとは別人みたいだな」

彼がまじまじとわたしを見る。

「あ、わかる? 会社の人にもいわれた! プレゼンも大成功だったし! いつものわたしじゃ考えられないよ! 最初から反応がよくて、自分でもびっくり!」

すると彼は露骨に嫌な顔をした。

「プレゼンの話はもういいって。これ以上は勘弁してくれ。さっきからプレゼン、プレゼンって何度も聞かされてるし」

「あれ……もしかして……怒ってるの?」

「ああそうだよ。そんなこともわかんない? こっちは仕事がトラブって大変だったんだ。
いつものお前なら、俺の電話の声だけでなんとなくわかってくれるんだけど。ホント、今日のお前、いつものお前じゃないよ」

彼はひったくるように伝票をつかむと、店を出て行ってしまった。



家に帰り、お風呂からあがるとスマホにメッセージが届いていた。

彼からだ。


 『今日は一緒に喜んでやれなくて……ごめん』

 
——今さら謝られたって……。ホント、あの態度は男としてちっさすぎる。

そんなふうにため息をつく自分におどろいた。

いつものわたしなら、もっとちがう反応をしたはず。

じゃあ、いつものわたしならどう思うんだろう……といくら考えてもなぜかわからない。

どうしてだろう。

自分のことなのに。

 そもそも今日のプレゼンの出来映えは異常だった。

もともと空気を読みすぎる癖のあるわたし。

いつもなら場の雰囲気におされ、伝えたい内容の半分もいえない。

ところが今日は大勢の人を前にしても、まったく怯むことはなかった。


 ——もしかしたら……影がなくなったせいかな? うん、そうに違いない。


 きっと影はわたしのネガティブで残念な側面で。

影がきれいさっぱりなくなったいまのわたしはポジティブ100%

なにをやっても、なにが起こっても、ネガティブな感情なんかみじんも感じない。

そしていまのわたしは、少しもためらわず彼からのメッセージを既読スルーしている。

おまけに、なんの後ろめたさも感じていない。



 『ホント、今日のお前、いつものお前じゃないよ』



 彼の言葉がよみがえる。


いまになって考えてみると、今日の彼は最初から口数が少なかった。

そんなことにも気づかなかった。


 ——どうして気づかなかったんだろう……。

わたしは……本当に別人になってしまったのかもしれない。



その晩、影ふみをする夢をみた。

誰かと影ふみで遊んでいるわけじゃない。

わたしはひとりで、ひたすら自分の影をふんでいる。

足を痛めるんじゃないかというほどの勢いで、わたしは狂ったように影をふんでいる。

夢の中で、ふと思う。

わたしの影は、そんなに悪いものなんだろうか。

そんなに憎まれなきゃならないものだったんだろうか。



 
起きたとたん、わたしはスマホに飛びついた。

「昨日のこと、謝らないと…!」

昨晩とは打って変わって、後悔やら焦りやらでパニックになっている。

すると……

「ワタシがいない間に、なにかしでかしましたね?」

影だ。

いつの間にか、わたしの影が戻っていた。

「どうしたの? 気がかわったの?」

「あなたの影ですから。やっぱりあなたのことが心配なんですよ」

「心配?」

「ええ、あなたを守るのがワタシの役目ですから」

「守る……ねえ」

まぶしい朝日の中、カーペットにあるわたしの影を見つめた。

たしかに影とは、生まれてからの長い付き合いだ。

わたしの背が伸びれば影の背も伸び、小さな子供の影は、いつの間にかおとなの影になっていた。

落ち込んで肩を落としているときも、元気を出そうと大股で歩いているときも、ひとりぼっちのときも、影はいつでもわたしと一緒だった。

人生というサバイバルゲームをともに生き抜いてきた同志といえなくもない。


「どうです? やっぱりワタシがいなくて困ったでしょう?」

「そうねえ……困ったような、困らなかったような」

小さく笑うわたしに合わせ、影も肩をゆらす。

「彼に連絡しなくていいんですか?」

「あっ、そうだった!」

わたしは大慌てで彼にメッセージを送った。

すぐに返信があり……なんとか仲直りすることができた。

「よかったあ…」

ホッとしてベッドに腰を下ろす。

影は、もうなにもしゃべらない。

すっかりわたしの影というポジションに戻ったらしい。


わたしの動きに合わせて動く影。

やっぱり影があるほうが、なんとなくしっくりくる。

生まれてはじめて、自分から影に声をかけてみる。


 「……おかえり」


今日はいつになく、自分の影がとても愛おしく思えた。


↓第4話

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