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SFラブストーリー【海色の未来】5章(中編・上)


過去にある

わたしの未来がはじまる──

穏やかに癒されるSFラブストーリー

☆テキストは動画シナリオの書き起こしです。

動画再生で、BGMつきでお読みいただくこともできます。

Youtubeの方が内容先行しておりますので、再生を続けてnote数話分を先読みすることも可能です。)


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──……かなり気まずい。


ずっと無言でペットボトルの水を飲んでいる海翔くん。

そんな彼の前で、まだ残っていたフレンチトーストを食べ続けている。


──味がわからなくなってきた……。


と、そのとき、目の前にゴロゴロとペットボトルが転がってきた。


「はっ!?」


テーブルのふちから落ちそうになったペットボトルを、あわててキャッチする。


「飲んだら?」


こちらも見ずに、頬杖をついている海翔くんが言う。


「え……あ、うん……」


戸惑いながら、ペットボトルのキャップを開ける。


──いちおう気づかってくれてるんだよね。

──態度は引くくらいぶっきらぼうだけど……。

「ありがとう。……いただきます」


お礼を言い、ペットボトルに口をつける。

どこの店にも置いてある定番のりんごジュースの薄い味に、なんだか気持ちがホッとする。



──さっきだってそう。

──わたしのこと心配して、ここを出ないほうがいいって言ってくれたみたいなもんだよね。

──言いかたはともかく……。

──こう見えても、根は優しい子なんだろうな。


「ところでさ。あんたって、歳いくつ?」



タンッと空になったペットボトルをテーブルに置き、海翔くんが訊いてくる。


「わたし? 26だよ」


答えると、海翔くんがちょっとびっくりする。


「そんな上だと思わなかった。タメ口、ムカついてた?」

「ははっ、少し……ね。でもそれより、あんた、はやめてほしいかも。名前で呼んでもらったほうがいいな」

「ふうん。じゃあ、これから比呂って呼ぶわ」

「は? 比……」


──比呂さん、とかじゃないんだ。ま、別にいいか……。


そのとき、食堂のドアが開き、流風くんが顔を出す。


「海翔、カモミールティーの缶、どこにあるか知らない?」

「さあ?」

「だよね……。仕方ないや。先生には違うお茶で我慢してもらおうっと」


はああ、と流風くんはため息をつき、行ってしまった。


「先生って……家庭教師の?」

「そう。ワガママなんだよ、あの先生。カモミールティー出さないと、機嫌悪いんだってさ。数学者って変わった人多いから」

「数学者の家庭教師……? そうだ、流風くんって今日、学校は?」

「あいつは行かないんだ。そもそも美雨とは学校も違うし」

「どういうこと?」

「流風はじいさんの知り合いの孫なんだ。
事情があって、その知り合いが親代わりになってたんだけど。

流風が不登校になったから、しばらく環境を変えたいって言われたらしくてさ。そんで、去年からウチで預かってるってわけ」

「流風くんが……そうだったの……」

──ちょっと大人びた子に思えたのは、いろいろあったからなのかな……。


「あんなにいい子なのに……」


ついつぶやくと、海翔くんは首を横に振り、


「いや、流風にしたら不登校も大した問題じゃねえし」


と、気楽な調子で言う。


「小学校で勉強することなんかないから、行く気が起きないだけみたいで授業が簡単すぎて、退屈なんだってさ」

「あ……それで数学者の家庭教師……。つまり……流風くんは天才少年ってこと?」

「天才かどうかは知らねえけど。あいつには何人も家庭教師がついて、外国語だの量子力学だの教えてるよ」

「へ、へえ……」

──それを天才って言うような気がする。

「まあそんなわけで、じいさんの孫は俺と美雨だけなんだ。でも、俺は流風も兄弟みたいなもんだと思ってる」

「そっか……みんな、仲がいいもんね」


海翔くんと流風くん。それに美雨ちゃん。

3人が口喧嘩しながらも、結局じゃれてる普段の様子は、

知らない人が見たらみんな兄弟だと思うだろう。


「……なんやかんや言っても、俺も美雨もあいつのことが気に入ってるんだよな」


ぶっきらぼうにだけど、どことなく嬉しそうな顔で海翔くんは言う。


──気に入ってる……か。好きって言えばいいのに。


海翔くんらしい言い方に、ちょっと笑いそうになる。



「……で、買い物、どうすんの? 荷物持ちしてやるよ」


「ううん、ひとりで大丈夫」


「俺も行くって。あとからじいさんになに言われるかわかんねえし」


「ありがとう。でも……寄りたいところもあるから」


「どこ?」


「……バイト先」



わたしはそう言うと、少し残っていたりんごジュースを飲み干した。


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朝食の後片づけを終え、海翔くんと古葉村邸を出た。

通りにはよどみない日差しが照りつけていて、雲の色も明るい。


「今日は暑くなりそうだな」

「そうだね……」


ルミ子さんの店はひとりで訪ねるつもりだったけれど、

気になるからと海翔くんが言い、一緒に行くことになった。


──やっぱり、疑われてるのかな。店にまでついてくるなんて……。


──わたしが怪しい行動しないか、見張るために……?

「言っとくけど、俺、別に見張ってるわけじゃないから」

「えっ!?」

「そう思ってただろ?」

「なんでわかったの!?」

「じとーっとした目で俺のこと見てるからさ」

「ウソっ、ご……ごめん……!」


すると、海翔くんは前を向いたままで話はじめる。


「比呂が7年後の人間だとすると、納得できるんだ。鍵のことも、スマホのことも……。だから、信じることにした。

いつからなのかは知らねえけど、未来のあの部屋に比呂は住んでた。そして、比呂は7年後の世界から来た。それでいいや」


「海翔くん……」


「もうめんどくせーから信じるよ」



なんでもないことのように言う海翔くん。


簡単に心を決められたわけじゃないと思う。


なのにそんなそぶりも見せずに、信じる、と言ってくれたのが嬉しかった。


「それでさ……」


海翔くんはシャツのポケットから、わたしがあげた名刺を取り出す。


「この店だよな?」


「うん……。ルミ子さんって人がやってる骨董屋なんだけど……」


──ルミ子さん、今、店にいるかな。


たずねたところで、どうなるわけでもない。

それでも会いたいと思った。

わたしが知っている人で会えるのはルミ子さんしかいない。


──だけど……なにが起こるかわからない。

──本当は、ルミ子さんにも会うべきじゃないのかも……。



小さくため息をついたとき、海翔くんが思い出したように言う。


「確か、ウチに骨董品の鑑定に来たって言ってたよな」

「あ、うん……美雨ちゃんに──」


言いかけて、ハッと口をつぐむ。


──あのことは、海翔くんにとって未来だ。

──そんなの、話してもいいのかな……。

「おい……?」


急に無言になってしまったわたしを見て、海翔くんが訝しげな顔をする。


「なんかヤバいこと?」

「ううん、その……高校生の美雨ちゃんを見かけたんだ。ちらっとだけど……」

「マジか……」

「うん……」

「高校生って……制服でも着てたとか?」

「そ、そう……」

「どんな?」

「え、えっと……」


わたしは制服の特徴を伝えた。


「ああ……T高だ、それ」


海翔くんはそう言うと地面に目を落とす。

そして、戸惑った様子でマジかよと何度もつぶやいていた。


──やっぱり……7年後のことなんか口にしたらダメだ。


──わたしの言葉が、これからなにかを引き起こすかもしれないんだ。


ふいに胸がふさがるような息苦しさをおぼえる。


「もしかして……俺と流風にも会ったのか?」


少し緊張した表情で海翔くんが訊く。


「それは……ちょっと記憶があいまいなところもあって……わからない」


海翔くんと流風くんには会ってない、と言うこともできた。

だけど、7年後の出来事なんて、海翔くんはきっと知らない方がいい。


「そっか……わからないか」

──だますみたいで気が重いけど……。仕方ないよね……。

「ごめん……」

「別にあやまることじゃねえし。とにかく行くぞ。バス停こっち」

「うん……」


もしかしたら、隠し事をしているとバレたかもしれない。

だけど、海翔くんはそれ以上は訊いてこなかった。



──必要以上に、古葉村家の人たちとかかわらないようにしよう。

──みんなの運命を変えてしまわないように……。



わたしだけが知っている未来が、なんだかとても重たく感じられた。



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ほどなくして、ルミ子さんの店に着いた。

その外観も古い町並みも、7年後とほとんど変わりない。

わたしと海翔くんは、店の軒先に並べられた古茶碗を見るふりをしながら、

ちらちらと中の様子をうかがっている。



──これから会うルミ子さんとは、初対面になるんだよね。

──うっかり変なこと言わないように、気をつけないと……。


「……入らないのかよ?」


しびれを切らしたように海翔くんが口を開く。


「入りたいんだけど……ま、まだ気持ちの整理が……」


「ったく……仕方ねえな」



海翔くんはそう言うと、いきなり店の引き戸に手をかける。


「わっ!? 海翔くん! 待って!!」


わたしの叫び声が、引き戸の開く音と重なる。


──うわ、開けちゃった……仕方ない、こうなったら行くしかない……!


でも、やっと覚悟を決めたのに、海翔くんは入り口で立ち止まっている。


「どうしたの? 入らないの?」

「ちょっと訊くけどさ……」



海翔くんは首だけまわしてわたしのほうを向き、小さな声でこそっと囁く。



「ルミ子さんって……女の人?」


「なっ……! あたり前でしょっ!」


するとそのとき、店の中から声がする。


「いらっしゃい」

──え……。


聞こえてきたのは、ルミ子さんではなく、男の人の声だった。


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「そうですか……店長さん、いらっしゃらないんですね」

「ええ、すみません」



店にいたのは、ルミ子さんの息子さんだった。

アロハシャツに雪駄を履き、長く伸ばした髪はヘアゴムでひとつにまとめられている。

息子さんのいでたちは、ルミ子さんが言っていた道楽者そのものだった。


「店長、海外なんすよ。帰ってくるのは、1か月先になるか、2か月先になるか……

買い付けだって張りきってたけど、要は遊びに行きたかっただけですよ、きっと。いい年して、手のつけられない道楽者なんすよ」


──ルミ子さんと息子さん、お互い同じように言ってる……。


いつものルミ子さんの優しい笑顔が目に浮かぶ。


──やっぱり、会いたかったな……。



ルミ子さんと仕事をしていた日々が、やたらと懐かしく思えた。



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古道具屋を出て、もと来た道を海翔くんともどっている。


「……で、ほかに知り合いいないのかよ?」

「いない。引越しして来たばかりだったし……」



ルミ子さんに会えなかったのが、まだこたえていた。



──ルミ子さんが帰ってきた頃に、また来ようかな……。



未練たらしく店のほうを振りかえる。


──本当なら今のこの時間にいるはずのないわたしは……これから誰とどんなことを話せばいいんだろう……。

「おい」

「痛っ!?」



とんっ、といきなり後頭部にチョップされた。


「な、なに!?」

「うすらボケーッとしてるから」

「は!? その言いかたひどい!」

「買い物、行くんだろ。テキパキ行動してくれよな」


歩調を早められ、あっという間に距離が開いてしまう。


「ま、待ってよ!」


ほとんど走るようにして、海翔くんの背中を追う。


──人にチョップなんかされたの、子どもの頃以来だよ。

──年上に対するなんていうのかな……そう、畏敬の念とか、ぜんっぜんっないんだろうな。


懸命に早歩きしながら、海翔くんをにらみつける。


──でも……。なんやかんや言って、いろいろ付きあってくれてるし、まあ……いい子なのかな。

「あっ! バス来てるぞ! 走れっ!」

「えっ!? ウソっ!?」


全力疾走する海翔くんに置いていかれないよう、わたしはあわてて走りだした。




BGM・効果音有り)動画版はこちらになります。
https://youtu.be/32QwiSH62PY

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【海色の未来】マガジンもございます。目次代わりにお使いいただけると幸いです。


4章までのあらすじ
はこちら
https://note.com/seraho/n/ndc3cf8d7970c

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予告編:2分弱)
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