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夢が叶うかどうかの分かれ目。職業にしたい好きと、したくない「好き」。

望月ヒカリです。フリーランスの作曲家・鍵盤奏者です。noteでは定期購読マガジンとメンバーシップをやっています。

私には3人の子供がいます。その中のひとりが、この夏、将来「〇〇になりたい」と、私たちに話してきました。

たまたま、オーディションのようなものが開催されるらしく、それに応募したいと、話していたようです。「ようです」というのは、この最初に行われたオーディションの話は、夫にしていたみたいで、私はしばらく経ってから聞いたからです。

同性同士だと話しにくい内容だなとも思うし、年齢的なことや性格もある気もします。そして、それは私もそうだったので、気持ちはよくわかります。(私の場合は、両親どちらにも話すのがイヤでした、笑)

それで、子供を見ていて思い出したことがあったので、今日はそんな話をしようかな。夢が叶うかどうか?について。

私はずっと「デザイナーになりたい」という夢を持っていました。正確にいうと「デザイン系」になるかもしれませんが、とにかく絵を描くことが大好きで、お絵かき帳や、新聞に入っている広告の裏紙などに、毎日書いていました。

真っ白で何もないところに、自分の世界が出来上がっていくのが楽しかったのを、よく覚えています。人を描くのも、家や建物、家具や間取りを描くのも好きだったし、ロゴや看板のようなものを描くのも好きでした。単純に数字や文字を、デザインして描いたりもしていました。

毎日、紙が足りない、紙が足りないと言っては、昨日書いた広告の裏紙のスキマスペースを見つけて、そこにも描く、みたいなこともしていました。紙関係の仕事をしていた父が「こんなにも紙紙って喜んで言ってくれるのはいいもんだ」と言っていたのも、よく覚えています。

どの時代を思い返しても、絵を描かない日はなくて、親戚に聞いても「いつも絵を描いたり工作をしていたよね」と未だに言われます。そのくらい大好きでした。

そこだけを切り取ると、インドアなタイプに見られるかもしれませんが、「女らしい」という言葉とは無縁で、外で遊ぶのが大好きでした。キックベースや鬼ごっこ、木登りが日課、みたいなタイプ。それに「なんでこれをしたらダメなの?」が口癖でもありました。

保育園時代も小学校時代も、先生からはもちろん、親からも「そういう決まりだから」とか「あなたは女の子なんだから」といった類のセリフを何度も聞きました。(残念ながら全然響いていない、笑)

「女の子なんだから、フェンスをよじ登ってはいけません。スカートだから危ないよ」なんて言われても、やりたいものはやりたい私。

保育園を脱走して、隣の小学校に行って。大きな鉄棒に登り、その上に座って見上げたら、空がなんて近いんだろうと思いました。自分の知らない世界が広がった気がして、ワクワクしました。5歳のことです。

こっぴどく叱られたけど、その時に感じた「自分がやりたいと思った気持ちのまま動く」と言うのは原点だと思っています。

その後もあれダメこれダメを言われ続けましたが、「女の子だからズボンじゃなくて、スカートを履きなさい」と言うのには、とにかく納得がいきませんでした。青系の服もダメ、黒いランドセルもダメ。男の子たちが履いているスニーカーが履きたかったけど、それもダメ。

じゃあ髪を伸ばしたら女の子らしく見えるじゃない?と思って、伸ばしたいって話したら、「乾かすのに時間がかかるから短くしなさい」って、おかしくない?って、バチバチした気持ちでいました。笑

私がデザイナーになりたいと思ったのは、そう言う反動もあると思います。絵の中の子だけは、せめて自分が好きな服を着せたい。好きな髪型にしたい、と思って、自由に描いていました。

毎日毎日、ほんと絵ばっかり書いていたので、とある親戚が、暴言を母に話していたのを目撃したこともあります。その時は、その言葉の意味はわかんなかったけれど、言葉と、言っている場面は鮮明に覚えていたので、それがわかる年になったときに「なるほど」と思いました。まぁ、俗に言う「過集中」だったのかもしれません。わかんないけど。笑

私からすれば、好きなだけなのにな。今でも思います。(フォローするわけではないけど、きっと悪気なく言っていたんだろうなと言うのもね。なんとなく。気質的な意味もありそうだし。)

でまぁ、「大きくなったら何になりたい?」といった類の質問が来た時には、ずっと一貫して、デザイナーとか看板屋って答えていたんですが、「そんなのになれるのは、一握りの特別な人間だ。あなたには無理だ。そんな夢はやめなさい」って言われていました。

やってもいないのに、なんでだろうと思って、とにかく好きがいっぱいの私は、それでも、描いて描いて描きまくっていましたが、そのうちに、金銭的なことを理由に夢をはっきりと諦めなさいと言われました。中学生のときのことです。具体的な言葉は割愛しますが、すごくショックだったのを覚えています。

あんまり誰かを悪くすることは書きたくないし、とはいえ、全部が全部、善で進む世の中なんてないとは思っているけれど、明確に「世の中、自分の好きだけじゃ、どうしようもないこともあるもんだ」と思ったもんです。

私もわたしでしぶといので、「じゃあ、貯められるだけのお金を今からでも貯めて、いつか夢を叶えてやるぜ!!!」と闘志むき出しでしたが、きちんと「挫折」というものを経験しました。高校生の時のことです。

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