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宇宙船はブラックホールを避けられるか?(後編)

 前回の記事で、ブラックホールに突入する宇宙船は単独ではブラックホールによる時間の遅れを体感的に知ることができないことがわかりました。

https://note.com/senzu_science/n/n61bc3d3e4e88

 では回避する手立ては無いのかというとそんなことはありません。協力者がいれば可能です。今回は通信を使って時間の遅れを検知する方法について述べていきます。

絶対的な時間の遅れはわからない

 何もない空間は平坦ですが、質量によって空間は歪められます。このとき空間だけでなく時間の流れも歪んで、時計の進みが遅くなります。ところがこの時間の遅れは相対的なもので、観測者本人の時間の流れが絶対的にどのくらい遅れているのかはわからないのでした。
 このように観測者が観測者自身の時間の遅れを絶対的に測る方法はありません。時間の遅れとは誰か別の人と比べたときの相対的なものにすぎないのです。

誰かと比較すれば時間の遅れも観測できる

 時間の遅れが相対的なものなら、どこかに基準を作って宇宙船の外にいる基準点と常に時間の遅れを比較し続けることで宇宙船のいる時空の歪みがわかるはずです。ここでは地球上の時間の流れを基準点にとってみましょう。
 どのように時間を比較するかというと、通信を使います。地球は一定の間隔で全宇宙に向けて電波信号を発信しており、それが全宇宙に到達しているものとします。信号の間隔は、地球時間で1秒に1回という取り決めをしましょう。宇宙船は地球からの信号を受け取るだけです。

地球は1秒に1回信号を送り続ける

 宇宙船はこの仕組みを構築してから宇宙旅行にでかけます。普通に過ごしていたら、宇宙船は1秒に1回信号を受け取ることになります。宇宙船がブラックホールに巻き込まれそうになったらどうなるのでしょうか?
 ブラックホールに巻き込まれそうになると宇宙船の時間が(地球に比べて)遅れます。仮に宇宙船の時計が地球の半分しか進まなくなったときを考えてみましょう。宇宙船の時計で1秒進む間に地球時間で2秒進んでいることになります。そうすると、宇宙船は1秒間に2回の信号を地球から受け取るようになります。

宇宙船は1秒間に2回の信号を受け取る

 地球は変わらず1秒間に1回の発信を続けているのですから、信号の間隔が短くなったのは宇宙船の時間が遅れているからと結論づけることができます。これで宇宙船は異常な重力を間接的に感知できるようになりました。
 宇宙船がこのままブラックホールに飲み込まれていくにつれ、宇宙船時間で1秒経過するたびに到達する信号の数はどんどん増えていきます。

重力が強くなるほど信号間隔はどんどん短くなる

 これで宇宙船はブラックホールに飲み込まれる前に自分が異常な重力圏に飲み込まれようとしていることを理解することでしょう。出られなくなる前に引き返すなどの方策をとることができそうです。

それでもブラックホールに突入するとどうなるか?

 もし信号を無視してブラックホールに突入していくとどうなるでしょうか。
 ブラックホールに突入する宇宙船の描写として有名なのは、「シュヴァルツシルト平面に張り付いて時間が止まる」というものです。しかしこれは、あくまでも地球から観測したときの現象に過ぎません。
 詳細は別項に譲りますが、宇宙船単体では時空の歪みを検知することはできないためシュヴァルツシルト平面を通過しようとするときに物理的に特別なイベントは何も起こりません。地球から観測すると確かにシュヴァルツシルト平面に張り付いて時間が止まっているようにみえるのですが、何も知らない宇宙船は特段何の警告もなくブラックホールに吸い込まれていきます。

 では地球からの信号を受信していた場合はどうでしょうか。
 宇宙船がシュヴァルツシルト半径をまたぐとき、地球からみた宇宙船の時間の遅れは無限大に発散します(だから地球から見て宇宙船は止まっているようにみえるのですね。)これは逆の立場に立つと、宇宙船の時間で1秒が経過する間に地球時間は無限秒が経過することになるので、シュヴァルツシルト半径付近では無限の信号が到達します

シュヴァルツシルト半径付近では無限の信号が到達する

 シュヴァルツシルト半径をまたぐ瞬間にどのようなことが起きるかはわかりました。ではシュヴァルツシルト半径をまたいでしまったらどうなるか? こればかりは何もわかりません。もはや光ですらも外に出られない領域に踏み入ってしまいましたので、宇宙船から信号を送ろうとも地球には絶対に到達しません。ブラックホールの中で何が起きているかは、誰にもわからないのです。

時間の遅れは相対的

 一般相対性理論が時間と空間、そして重力を扱う分野であることはよく知られています。計算によって重力による時空の歪みがわかるようにはなるのですが、自分の立っている空間の歪みや時間の遅れはわかりません。相対性理論という名前の通り、時空の歪みは飽くまでも相対的なものに過ぎません。本記事で扱ったように、時間の遅れを体感するためには誰か別の時空に立っている人を基準にしなければならないのです。
 相対性理論が明らかにした不思議な現象はたくさんありますが、それを体感することができないのもまた相対性理論の不思議なところです。もしかしたら自分の見ている時計は、別の人からみるとものすごく遅れているのかもしれません。

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