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宇宙船はブラックホールを避けられるか?(前篇)

 あなたは宇宙船に乗って意気揚々と宇宙旅行にでかけました。ところが宇宙地図に未記載のブラックホールが航路上に存在していたのです。宇宙船はこのブラックホールを検知して回避することはできるのでしょうか?

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事象の地平面を捉えよう

 ブラックホールは単に重力が大きいだけの天体ではありません。中性子星のように、超重力・超高密度でありながら何でも吸い込むわけではない天体もあります。ブラックホールをブラックホールたらしめているのは、事象の地平面と呼ばれるポイント・オブ・ノーリターンが存在することです。
 事象の地平面とは、これより内側に入ると脱出速度が光速を超えるラインのことです。ブラックホールの語源は、通常の意味で光を発しないためまるで真っ暗な穴が空いたように見えることから来ています。光より速い物体は存在しないので、この事象の地平面より内側に入ってしまえばどんな物体でも脱出する方法はありません。
 一回入ってしまうと戻ってこれないので、事象の地平面に接近していることを知る方法がキーポイントになりそうです。

時計を使って回避できないか?

 事象の地平面付近では時空が歪んでいるため、なにか日常感覚からしておかしな物理現象が起きるはずです。例えば(ブラックホールでなくても)重力の影響下にある時計は遅れて進むと言われています。だとしたら宇宙船の中にいる人はブラックホールという非常に強大な重力の影響を受けて時間がゆっくり進むようになるのではないでしょうか? この効果を用いて体感的に時空の歪みを検知したら回避できそうです。
 しかしこの方法では時空の歪みを検知できません。意外かもしれませんが相対論的な時間の遅れは「本人の体感では」検知できないのです。実は宇宙船の中にある時計は、宇宙船の中にいる人が見ている限り遅くなったり早くなったりすることはありません。
 おや、重力の影響を受けると時間がゆっくり進むのではなかったのでしょうか? 実は相対性理論では誰が観測するか・観測者がどんな状態にあるかによって結果が変わりうるのです。宇宙船の中にいる観測者がどんな経験をするのかについて詳しくみてみましょう。自由落下する観測者にフォーカスします。

自由落下と無重力状態

 話をかんたんにするため宇宙船のエンジンは切っておきます。周囲の重力に任せて宇宙船が動いている状態から話を始めましょう。
 このとき、宇宙船は物理的には自由落下と同じ状態だといえます。重力に任せて動いていると書きましたが、近くにブラックホールがあったら中心に向かって落ちていくわけですから、これは地球上でボールを投げ上げたら重力に従って落ちてくるのと一緒の物理現象が起きていると考えられます。
 一般相対性理論はこの自由落下する物体の考察から始まります。自由落下する物体にくっついている観測者は重力に引っ張られる力だけを感じているはずです。この観測者は遊園地のフリーフォールや宇宙ステーションのような無重力状態を経験するでしょう。
 ところで宇宙ステーションは無重力状態といわれますが、宇宙ステーション自体には地球の重力がほぼ地上と変わらない強さで影響しています。宇宙飛行士は地球の重力から自由になったかのように思えますが、宇宙ステーションくらいの高度だと地球の重力は1割程度しか小さくなりません。ではなぜ宇宙ステーションの中で浮いていられるのか。これは宇宙ステーション自身が衛星軌道上を運行していて遠心力が働くからです。宇宙ステーション内では地球の重力と遠心力が釣り合って何の力も働いていないかのように感じます。
 この遠心力は「力」とはいうものの、具体的に宇宙ステーションを外向きに引っ張る力が存在するわけではありません。観測者自身が加速度運動をしているとき、観測者は加速度と正反対の方向に力がかかったかのように感じる、いわゆる見かけの力なのです。電車がブレーキを掛けた瞬間につんのめる感覚とか、エレベーターが動き始めたり止まり始めたりしたときに掛かる重さの感覚とまさに同じ原理です。宇宙ステーションは円運動をしているので、常にこの見かけの力である遠心力がかかっているのです。

アインシュタインの等価原理

 ここで話を戻すと、アインシュタインは一般相対性理論を構築する際に見かけの力と重力の関係について考察しました。重要なのが先程説明した見かけの力です。宇宙ステーションでは円運動に伴う見かけの力で重力が打ち消されていますし、フリーフォールの場合も仮に高さを100倍にして客を箱に閉じ込めハーネスなどに固定せず自由に動けるようにすれば宇宙ステーションと同様にふわっと浮くことができるはずです。
 アインシュタインはこのようにどんな重力場であっても観測者に加速度を掛けることによって、観測者の存在する一点に限ってはあたかも重力がないかのような空間を作り出せることに気がつきました。これがいわゆる等価原理です。
 等価原理を満たす限り、観測者は各瞬間において局所的に慣性系にいるとみなすことができます。自由落下している場合は落ちるたびにどんどん速くなっていくので慣性系ではない気がしますが、ある瞬間に速度 $${v_1}$$ で落下しているとすればその瞬間だけ速度 $${v_1}$$ の慣性系に乗っていて、次の瞬間には別の慣性系 $${v_2}$$ に乗り移っていると考えることでこの問題を回避します。(だから「各瞬間」において「局所的」にしか慣性系とはみなせない)

一緒に落ちる時計は遅れない

 自由落下する観測者が各瞬間で慣性系にいるとみなせます。ブラックホールだろうと局所的に観測者の存在する一点に限って重力が存在しないのと同じだと言えるのです。このとき観測者は自分が重力に従って自由落下しているのか等速直線運動をしているのか区別がつきません
 光は空間の歪みに沿って運動するため、光の動きを見ると時空の歪みがわかります。外部からみて如何に光がねじ曲げられていても、自由落下している観測者が自分の目の前から発せられた光を観測するとまっすぐに秒速30万キロで動いていることが観測されるのです。これは自由落下する観測者の目の前ではどれだけ重力が強くても平坦な時空しか観測できないということを表しています。つまり自由落下している観測者が自分と一緒に落下している時計を観測すると遅れも早まりもないという結論が出ます。
 結局、宇宙船の中にいる観測者が宇宙船と一緒に自由落下している以上は、宇宙船がブラックホールに落ちようとしていても、時計が遅れたり早まったりしないことがわかります。宇宙船の中にいる限り、ブラックホールによる時間の遅れを体感することはできないのです。

宇宙船単独ではブラックホールを回避できない。

 ではブラックホールを回避する方法はないのでしょうか? この問題を解決するには、宇宙船単体ではうまくいきません。協力者がいれば時空の歪みを検知することができます。その方法は次回お伝えしましょう。


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