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研究者に求められる素質 サイエンス本紹介 #2

サイエンス本紹介について

 「サイエンス本紹介」では、サイエンスメソッド(科学の考え方)を身につけるのに役立つ本を、私たちが厳選して紹介する。

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 第2回目は「生物と無生物のあいだ / 福岡伸一」である。

 この本は、さまざまな研究業績や科学者の群像を描きながら、生物学という学問の発展を追っている。
 生物学の専門知識がなくて楽しめながら読めるので、一般向けの科学の読み物として純粋に面白いのでおすすめだ。

おすすめポイント

 この本でサイエンスメソッドを学べるのは、第1章の『病原体特定のステップ』である。ここでは、野口英世の業績に触れつつ、病原の原因(病原体)を特定していくステップを紹介されている。このステップは、サイエンスメソッドの重要な構成要素である仮説検証プロセスに相当する。仮説検証プロセスは、「未知の事象の原因をどのように明らかにしていくか」を考えるときに有用なメソッドである。
 以下、筆者が適宜手を加えつつプロセスの内容を紹介していく。

仮説検証のための対照実験

 科学者は、ある病気の原因(病原体)を特定するため、患者から採取された体液を顕微鏡で覗いてみた。病名は仮に「マウント症候群」としよう(他人をマウントしてしまう症状)。そうすると、これまでに見たことがないうごめく微生物「プライド球菌」を発見した。

 そこで科学者は「このプライド球菌がマウント症候群の病原体なのではないか?」と考えた(仮説)。

 さて、科学者はこの仮説を検証するためにどのような手順を踏めばよいだろうか?
 まずは対照実験である。健康の人の体液と比較する実験を行ってみよう。健康な人から採取された体液は、マウント症候群患者と同じ性別、同程度の年齢、その他の諸条件もできるだけそろえてあり、体液の採取方法や採取時期も同じにする(注1)。
 ここでは、プライド球菌はマウント症候群患者の体液には観察され、健康な人には見られないことを期待して実験を行う。より正確に書くと、

 微生物が、病人の体液には"必ず"存在しているが、健康な人の体液には存在しないことを示す。

 この対照実験が期待通りに進めば、プライド球菌が原因だと確証できそうだ。

注1)対照実験は、比較したいこと以外の条件を完全に揃えることが理想だ。ここでは患者のクローン人間を用意するのが望ましいが、それは無理なので、年齢や性別や健康状態などが近い人を用意する。このように、生物や医療の世界では条件をコントロールして実験を行うのが(物理学や化学と比較して)難しい。

結果が期待に反した場合

 実験を進めていくと、健康な人にはどうやらさっき見たプライド球菌は見られないことがわかった。期待通りの結果である。

 しかし、さらに実験を進めると、マウント症候群の患者の体液からもプライド球菌が見いだせないケースに複数出くわしてしまった! となるとプライド球菌はマウント症候群とは関係ないのだろうか?
 いや、問題はそう簡単ではない。実験に不手際がなかったとしても、「プライド球菌が病原体ではなかった」以外にも原因が考えられるからだ。本書で挙げられていた原因は以下である。

 研究データには必ず例外や偏差が含まれる。それは単なるミスや錯誤であることも多いが、生物学的意味を持つ現象かもしれない。
 たとえば、病原体は患者の体液から一瞬、姿を消して特別な部位に潜む時期があるとか、非常に類似の症状を示す別の病気の存在など。

・プライド球菌がある期間だけ体液とは別の場所に移動する。
・被検体の中に、マウント症候群とよく似た症状を示す別の病気「ひけらかしシンドローム」(自分の過去の栄光を自慢してしまう症状)の患者が混ざっていた。
 このような事象でも患者の体液にプライド球菌は見られないということが説明できる。そのため、「プライド球菌が病原体ではなかった」と結論付ける前に、これらの検討実験をしなければいけない。

 また、逆パターンとして健康な人の体液からもプライド球菌が見い出されるケースに出くわしたらどうだろう? これも単なる実験ミスではなく、可能性がある。

 微生物が存在していても発症が防がれる状況があるかもしれない

 プライド球菌が存在していてもマウント症候群の症状が表れないという状況だ(「感染」しているが「発症」しないというふうに言われる)。

結果が期待通りだった場合

 実験結果が思惑通りだった場合はどうだろう。

 患者のほとんどどの検体からも、微生物が発見され、一方で、健康な人からはそれが見つからない。

 この場合は、めでたしめでたし、プライド球菌が病原体と特定できた! ……とはならない!これだけでは不十分だ(注2)。
 なぜならば、何か別の要因があって、それがプライド球菌の発生とマウント症候群の両方を引き起こしたかもしれないからである。プライド球菌とマウント症候群は相関関係に過ぎず、因果関係ではないということである。

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 そこで科学者はさらに追加の実験を行う。

 原因と思われる状況を人為的に作り出し、予想される結果が起こるかどうかを試す。微生物をピペットで吸い取り、それを健康な実験動物に接種し、病気が発生するかどうかを確かめればよい。

 このような実験は「介入実験」と呼ばれる。
 これで健康な動物が病気になれば、病原体をプライド球菌であると確証することができる! ……とはならない。まだならない。

注2)科学的にコンセンサスを得られるレベルとしては不十分だが、この段階まで進めば、いったん一区切りとして結果を研究論文にまとめて発表できるだろう。ただし、次の研究への橋渡しとなるように、残された課題をしっかり書くことが求められる。

まだまだ研究は続く

 病巣から取り出した液体の中に、その微生物以外に何者もいないかどうかはわからない。

 つまりはこういうことだ。

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 例えば、真の別の要因は小さすぎて見えないウイルス「承認欲求ウイルス」で、ピペットで患者の体液を吸い取った時に、プライド球菌に必ず承認欲求ウイルスが混ざってしまう状況、などが考えられる。

科学研究は、粘り強さが求められる

 「微生物がある病気の原因かどうかを明らかにする」という目的で行われる研究活動と、その大変さが伝わっただろうか? 

 実験を行う際はミスがないよう細心の注意を払い、いざ結果が出ても、「本当に仮説の検証ができたのか?」と常に批判的に問う必要がある。
 科学の研究成果というは、このように科学者が綿密な作業と思考を数年間積み重ねて得られたものなのである。

 さて、科学研究について、どういう印象をもっただろうか? 地味で退屈なものに感じたかもしれない。
 しかし、このような活動の積み重ねによって、今日の私たちは多くの感染症を治療することができ、死なずに生きることができる。僕は、たとえ地味であっても、このような知のリレーのバトンを担うことは、とてもやりがいを感じられる。
 また、研究活動を通して鍛えられる批判的思考は、物事の勘所を見つけたり、安易なものに騙されないための一生モノの力となるだろう。

 サイエンス本紹介マガジン

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