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妖怪と音楽シリーズ3 “妖怪の音”の探求

「妖怪と音楽」というテーマでこれまで2つの記事を上げてきました。このテーマで記事を書こうとすると、取り上げないわけにはいかない人物がいます。“妖怪の音”を探求して日々活動しているパーカッショニストの渡辺亮さんです。演奏活動はもちろん、楽器制作、美術活動、教育活動など、その活躍は多岐にわたります。妖怪文化の中心的な知識人の集う大イベント、『怪フォーラム』においてもパフォーマンスを披露しており、妖怪ファンの中でも知られている異色の存在です。今回は渡辺さんの活動を紹介し、このシリーズのテーマである“妖怪”と“音楽”の合流点をさらに言及していきたいと思います。

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~渡辺亮 プロフィール~
1958年神戸市生まれ、武蔵野美術大学卒業。
在学中よりブラジルのパーカッションや創作楽器を中心に音楽活動を始め、数多くのレコーディング、コンサートに参加する。また、東京青山「こどもの城」講師を経て、佐渡鼓童アース・セレブレーション、いわき芸術文化交流館アリオス、横浜美術館、国立民族学博物館、焼津小泉八雲記念館等、全国でパーカッションのワークショップを行っている。東京学芸大学非常勤講師。
出版物に「レッツ・プレイ・サンバ」(1998年音楽之友社)、「小泉八雲の怪談づくし」(2021年八雲会)がある。自己の活動として、美術と音楽が共存できるプログラム「音と妖怪」「美術と音楽」を主催している。
ホームページ https://www.ryo-watanabe.com/index.htmlより引用

楽器制作の段階から“妖怪の音”を探求


まずは、こちらの画像をご覧ください。

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これはいったい何なのか、お分かりになりますか?
なんと、楽器です。制作者によって「八岐大蛇(ヤマタノオロチ)」と名付けられています。

八岐大蛇とは、日本神話に出てくる八つの首を持つ蛇の妖怪ですが、パイプがうねり伸びるようなこの見た目はまさに八岐大蛇そのもの。この楽器の制作者が、今回のテーマである渡辺亮さんです。渡辺さんは“妖怪の音”を探求しパーカッショニストとして演奏活動をしており、楽器を制作するところから行うという徹底ぶりです。この世にいない妖怪という存在を音で表現するわけですから、それを奏でる楽器もまた、普段目にしないものばかり。それらの中には、日常にある物が姿を変えた(化けたといった方が妖怪っぽい?)楽器も多くあります。渡辺さんが音楽を担当した「Re:つくもがみ」という公演(2021年3月)では、日常で使われなくなった物を使った楽器がいくつも登場しています。

“つくもがみ”とは、物が妖怪化したもの。日常で使われている様々な道具やゴミなどを楽器として息を吹き込むことで、コンセプトとしても“つくもがみ”を表現しています。

また、美術館や大学などでもワークショップを行い、“妖怪の音(不思議な音)”を子どもや学生たちとともに演奏する、創造的な試みを行っています。

「森と海と川と河童のためのパーカッション・シンフォニー」

他にも、妖怪のイベントである『怪フォーラム』において、京極夏彦氏との朗読セッションや開会時の演奏など、“妖怪”と関連を持つ、様々なパフォーマンスを積極的に行っており、妖怪界の音の第一人者として大きな存在感を放っています。

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怪フォーラム 2016 in とっとりにて京極夏彦さんと共演する渡辺さん

“妖怪の音”とは

渡辺さんは、幼いころから音楽に触れ、ジュニア・オーケストラでチェロ、吹奏楽部でトランペットを担当していたといいます。中学、高校と進むにつれ、E.モリコーネやマイルス・デイヴィスなどクラシック以外の音楽に興味を持ち、大学生になるころにはサンバなどブラジル音楽関係で活動、その後もあらゆるジャンルの音楽をいろいろと聴きました。そんな中で渡辺さんは、これまで聴いたことも無いような“得体の知れない音”に出会うこととなります。ワールドミュージック(民族音楽)のCDを聴くと、その普段聴きなれない音楽の中で「この音は一体どうやって出しているんだ?」という音色が現れます。こういったなぜか惹かれる“得体の知れない音”こそが、“妖怪の音”の原点です。渡辺さんは、そういったよくわからない不思議で惹かれるものの性質を「妖怪質」と形容しています。


こうした “得体の知れない音”は、現地に行って、ネイティブな演奏を実際に見て聴いて初めてその素性が知れるわけですが、いつもいつも世界各地を飛び回るわけにもいかない。そうした“得体の知れない音”を自分で再現しようとしたとき、渡辺さんはどんなふうにこの音を出すか、既存の楽器の演奏の仕方を工夫したり、楽器を新たに作り出したりして表現しようとしました。そしてその結果、もともとの現地のネイティブな音ともまた違った、“渡辺さんの音”が誕生することとなります。渡辺さんが惹かれた「妖怪質」な様々なものが、渡辺さんの中で消化され、表現された新しい音。それらの音は、その音を作り出した渡辺さんにとっては素性の知れた音ですが、それを聴いた別の人にとってはまた“得体の知れない音”になるわけです。
筆者は妖怪と音楽シリーズ第1回で、“得体の知れないもの”を説明するために妖怪が生まれた、と説明しました。人は“得体の知れないもの”に出会うとそれを恐れ、防衛本能として名前を与え、設定を与え、妖怪を作り出すのです。少しでも自分が管理可能なものにするために。渡辺さんが“渡辺さんの音”を生み出すプロセスは、まさに妖怪が生まれるプロセスと似ていませんか?そして、その“渡辺さんの音”を別の我々が聴くとき、その音も“得体の知れない音”、つまり“妖怪の音”として聴こえてくるのでしょう。

自分にしかできないことを見つけよう

渡辺さんは、自分にとってグッとくる怪しげな音やものごとを“妖怪質”という言葉で表し、追求していきました。その結果、“渡辺さんにしか出せない音、渡辺さんにしかできないパフォーマンス”が生み出されることとなりました。ここで筆者が特に音楽家を目指す方々に伝えたいのは、自分の魅力を最大限引き出すカギは、得体の知れない闇の部分にこそあるのかも知れないということです。人間は、自分の管理された空間で生きるのは楽です。すでに自分が知っていて、多くの人たちも知っているものの中でいろいろ行うのは、自分以外の人も参入しやすいし、すでにライバルも多くいます。一方で、未知のものを追求しようとすれば、不安だし骨も折れます。誰でも未知の領域に足を踏み入れるのは怖いのです。ここでいう“未知の領域”というのは、何も全人類が未だ辿り着いていない前人未到の境地というわけではなく、あくまで個人にとっての“未知”ということです。例えば音楽だけを勉強している人にとって、美術は未知の領域ですし、西洋音楽をやっている人にとっては雅楽や民謡も未知の領域といえるでしょう。そういった自分にとっての未知の領域に踏み込むことで、他の人にとっての“未知”の部分を獲得できるのです。“音楽”をやっている人は多くても、“音楽”と“妖怪”を掛け合わせている人は少ない。“西洋音楽”についてよく知っている人も、“西洋音楽”と“アフリカ音楽”を掛け合わせた音楽を知る人は少ない。まったく新しいものを生み出さなくても、既存の2つのものを掛け合わせるだけで、自分ならではのオリジナリティが切り開ける可能性があるのです。

渡辺亮さんの妖怪画

最後に、渡辺さんの描く妖怪画をご紹介します。渡辺さんは、パーカッショニストでもありますが、武蔵野美術大学のデザイン科を卒業しており、イラストレーターとしても活動しています。旅先の風景を描いたり、さらにそこに妖怪を書き加えたりしています。

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上のイラストは有名な妖怪“小豆洗い”です。渡辺さんのお気に入りの“音”に関係する妖怪の一つです。こうしたイラストを見ても、この妖怪がどんな音を発していたのか、どんな音を聞いて昔の人がこの妖怪を創造したのか、いろいろと思いをめぐらすことができます。

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このイラストもまた有名な音の妖怪“やまびこ”です。昔の人は、山で声が返ってくる現象を、この妖怪が真似ていると考えていたわけです。
今では科学的に説明が付くことですが、昔の人たちは自分たちの想像の中で説明し、妖怪化していたのですね。昔の人は、未知なる“音”から、こうした独特な姿を想像していましたが、渡辺さんは逆に、こうした妖怪の“姿”から「どんな音を出していたのだろう?」と想像し、“音”としての妖怪を生み出していくのでしょう。

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それからこれは筆者が好きな妖怪“わいら”です。この妖怪、あらゆる妖怪図に載っていますが、常に上半身だけしか描かれていません。ページの端っこから出ていたり、草むらや木々に隠れていたりと、下半身はどうなっているのかがわからないのです。それをいいことに、現代の人は、この妖怪にいろいろな下半身を想像して描きました。羽が付いていたり、クモのようになっていたりと…。全部を見せないことは、想像力を掻き立てます。そのうちこの“わいら”についても記事にしたいな、と思っていたりもします。

伝統的な妖怪の姿に、渡辺さんのエッセンスを加えたユニークな妖怪画の数々。渡辺さんは妖怪画集も出版しており、その第9集も近日完成するとのことです。音楽や絵、パフォーマンス、楽器制作などが一体となった渡辺さんの生き方は、もはや“パーカッショニスト”とか“イラストレーター”などとカテゴライズすることができず、“渡辺亮”という新しいカテゴリーを作った方がしっくりきます。そして、そんな渡辺さんの生き方の中には常に“妖怪”が寄り添い、創造の核となっていると感じます。表面的にではなく、これほど深く、生き方に妖怪が浸透している人もなかなかいないでしょう。妖怪とともに精力的に活動を続ける渡辺さんに、今後も注目していきたいと思います。

Text by 一色萌生

▶▶洗足学園音楽大学:https://www.senzoku.ac.jp/music/

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