ジグザグ迷ってもいい。声優アニメソングコース・鈴木結女先生が思う、「完璧じゃない」ことの大切さ
洗足学園音楽大学の魅力のひとつは、多様なバックグラウンドやキャリアを持っている教員が多数在籍していることです。本シリーズでは、魅力ある教員の多彩なキャリアをインタビュー形式でお伝えしていきます。
創作意欲が爆発!歓喜のままに表現し続けた中学生
──鈴木先生が音楽の道に進まれたきっかけを教えてください。
実を言いますと、小さい頃はそこまで音楽に傾倒していたわけではありませんでした。私には12歳上の兄がいて、彼はローリングストーンズなどのロックバンドが大好きだったのですが、「なんか楽しそうだな〜」くらいの感覚で見ていましたね。テレビで流れる西城秀樹さんの楽曲などは好きで、真似て歌うこともありましたけれど(笑)。
そんななか、私の心に衝撃が走ったのは、中学2年生の頃。下校時間に池袋の電気屋さんの前を通りかかったんですね。店頭に並んでいたたくさんのテレビには、MTVのビデオが流れていて、そこにはマイケルジャクソンが『スリラー』を歌う姿が映っていました。
「なんだこれは!?」と。歌っている姿はもちろん、あのリズムの取り方や歌い方。そしてあの楽曲、映像。目の前にある全ての画面に映し出された「新たな衝撃」に、私は学校のバッグを足元に置いて、口を開けたままずっとテレビを見ていました。あの瞬間は本当に忘れられません。昨日のことのように思い出せます。
──まさしく鈴木先生の「原点」であるように感じられますね。
それから走って帰って、カバンを投げ捨てて、着替えもせず、無我夢中でピアノを弾き続けました。
実は幼稚園から小学生の頃までピアノを習っていたのですが、「ちゃんと弾かなければいけない」ことに緊張や恐れを感じていた……と言うのでしょうか。結局ピアノをあまり好きにはなれず、ピアノ教室は退会。家にあるピアノは、フタが閉じられたままでした。しかし、興奮のままに帰宅した私はピアノに直行。気づけば夢中で弾いていたんです。この「歓喜」をどうにか表現してみたかった。
もう本当、適当ですよ! でも、自由に弾くなかでも、メロディができてくるとなんだか楽しくなってきて。それが、だんだん曲になっていくともっと楽しくなって、気づいたときには曲作りに没頭していました。もう創作意欲が爆発!って感じです(笑)。
──最初に生み出した曲はどのような曲でしたか。
マイケルジャクソンの『スリラー』を聴いた割に、最初に作ったのは『Message for you』というピアノバラードでした。ただ、私自身「曲作ったから聴いてよ!」みたいなタイプでは全くなくて、作って自分でふふっと喜んだらそれで終わり。でも、側にいてくれた親友が「もったいない! 一人で喜んでいてもいいんだけれど、せっかくならオーディションとか出しなよ!」と。
『Message for you』も自分の中に隠し持っておこうとしたところ、親友や友人たちの応援もあって、なんと学芸会のテーマソングになっちゃいました。そのようなことが重なる中で「自分は作ることが好きなんだ」という気持ちを、何度も再認識させてもらいました。いつか作曲家として仕事をしてみたいと感じるようになったのは、その頃の話です。
兄にだまされ(?)デビューが決定
──プロフィールを拝見すると、「大学3年生の頃にデビュー」といった記載があります。大学在学中、デビューに至ったきっかけをお聞きしたいです。
実は私が大学3年生の頃に兄が結婚したのですが、突然「結婚式で歌ってほしい」と言われたんですね。学校のバンドとかじゃないところで歌うのは勘弁してくれ〜!と思いつつも、「みんな喜んでくれるし、ほとんど友達や親族だけだから大丈夫!」と言われ、それならと歌うことにしたんですよ。
ただ、実際に会場へ入ってみると、一番前の席にはヴァージン・ジャパンというレコード会社の副社長の方が座られていましたし、他にも、兄が仕事で関わっている音楽業界の方々がすごい数でずら〜っといらしていて。もう本当、ワルい兄ですよね(笑)。
──ほとんど親族のみの式かと思って参列したら、音楽業界の方がたくさんいらっしゃったとは……!
でも、もうやるしかないじゃないですか。緊張でクラクラしながらも、なんとか自作の歌を歌ったんです。
そうしたら、ヴァージン・ジャパンの副社長の方が、なんともいえない表情でニヤニヤと笑っているんですよ。もう、泣きそうになりながら控え室に戻りました。その後、副社長の方が兄にお祝いの言葉を言いながら私の方にも来てくださって、「あなたの声、特徴的だね。面白いから、あなたが嫌じゃなかったら一緒にやりませんか?」って言ってくださったんです。
今まで控えめだった私はどこへ行ってしまったのか。兄も「いけいけ!」みたいな感じで後押ししてくれたこともあり、その場で「ぜひお願いします」とお返事をさせていただきました。
作曲家ではなく、歌手としてのデビューではあったのですが、親友にも伝えたら、泣いて喜んでくれました。よかったね、よかったね、って。思い返してみると、いい意味で兄にだまされた(?)ことがデビューへのご縁をつなぐきっかけとなってくれました。
『NINKU-忍空-』が歌手・作曲家としての転機に
──在学中にデビューされたとのことですが、おそらくデビューの前と後では生活リズムも大きく変化されたのではないでしょうか。
デビューが決まってから大学を卒業するまでの時期は、大変でした。普段の授業はもちろんのこと、特に卒論ですよね。とにかくスケジュールがハードで……。授業はできるだけ出席、でも欠席時は友達にノートを見せてもらったり、仕事の移動時間に論文を進めたりしながら、なんとか学業と音楽活動を両立しようと頑張っていました。親友いわく、その当時の私はムンクの『叫び』みたいだったとのことです。そのくらい、やつれていたのでしょうね(笑)。
そうこうしながらも無事に大学を卒業し、いただいたお仕事をひとつずつ大事に重ねながら5年ほど経った頃。テレビアニメ『NINKU -忍空-』のお仕事をいただいたことがきっかけで、「歌手」としても「作曲家」としても大きな挑戦の一歩を踏み出すこととなったのです。
──「大きな挑戦の一歩」と感じられた出来事について、伺いたいです。
大きな一歩だと感じた出来事は、2つあります。私自身、アニメは好きだったのですが、お仕事としてアニメに関わらせていただくのは『NINKU -忍空-』が初めてだったんですね。なので、オープニングテーマとエンディングテーマのお話をいただいたときには「新たな挑戦だ!」と思って気持ちが高まりました。
特にエンディングテーマ『それでも明日はやってくる』は私が作った曲なのですが、学生時代のようにただ気持ちのまま作ったわけではありませんでした。
原作をすべて読んだうえでストーリーを大切にする。そのうえで自分の気持ちも入れ込んでいく。その両方を融合させて楽曲を仕上げるという経験ができたことは、大きな学びとなりました。
これまではかなり自由に曲を作っていた部分もあったので、「起承転」で終わるような曲とかも多かったんです。しかし、『NINKU -忍空-』はアニメソングということもあり、きちんと展開があって、キャッチーさが備わっていないといけない。
だからこそ、私にとっては曲作りのチャレンジでもありました。このようなお仕事は以前からずっとやってみたいことだったので、無事に曲が完成したときには本当に嬉しかったです。
次に、アニメソングの歌い方です。これまではハッキリ音を当てていくような歌い方ではなく、どちらかと言えばモヤッとした歌い方をしていたんですね。歌というよりも、音の一部でいいや!みたいなときもあって。歌詞がない曲とかは、シンセサイザーの音のように歌うこともありました。
でも、今回はそういうものではなく、はっきり分かりやすく歌わなければいけなかった。これまでの歌い方を180°変えることは、私にとって大きなチャレンジでした。
──歌手としても作曲家としても、新たなチャレンジ。ましてクライアントがいる状況で、プレッシャーも大きかったのでは……と思ってしまいます。不安などはなかったのでしょうか。
原作を読んだうえで、心に響いた「歓喜」のまま真っ直ぐメロディーを作る、ということには自信がありました。もし、それで出したものがダメだったらまたすぐに全部作り直そうと。緊張はほとんどなかったかもしれません。
ただ、歌に関しては、ダメ出しがきたらどうしよう……という不安はありました。いくら気をつけても「まだ声がモヤってるよ」と言われるかもしれないなって。
──不安を感じる中でもどのようにご自身を鼓舞し、乗り切ったのでしょうか。
オープニングテーマ『輝きは君の中に』をレコーディングしたとき、サビの歌い方で悩んでいました。上手く歌おうとすればするほど、思った通りに歌えない。何回やっても上手くできないと、どんどん苦しくなってくる。
悪循環のループから抜け出せずに苦しんでいるとき、レコーディング準備についてくださったボイストレーナーの先生がこのような言葉を言ってくださったんです。
ハッとしました。その言葉のおかげで自然体になることができ、無事にレコーディングを終えることができたのです。本当に、ありがたいひとことでした。誰かが言ってくれるひとことであったり、誰かのほんのささいな行動であったり。ほんの小さな出来事が一筋の光になって、1歩踏み出せるようになることもあるんだと思いました。
振り返ってみると、私は親友の応援があったり、兄からいい意味でだまされたり(笑)。あとは先生のひとことに支えていただいたり……。節目節目でいつも誰かに助けてもらいながらここまで歩いて来られたんだなと、改めて感謝の思いが湧いてきます。
だからこそ、今度は私も誰かの助けになれるよう歩んでいけたらと。2019年から現在に至るまで声優アニメソングコースの歌唱講師として日々学生のみなさんと向き合っていますが、とにかく「躍動する若い才能を応援したい!」という一心で授業を行っています。
ざっくばらんに「キャリア」の話をする
──声優になりたい、一般就職してみたい、制作側に回りたい。声優アニメソングコースの学生さんは、みなさんさまざまな進路に進まれているかと思います。多様な選択肢が存在する中で、鈴木先生はどのように「キャリア」に関する指導を行われていますか。
「キャリア」について、先生と話すことに多少の戸惑いを感じられたと言いますか。学生のなかで、そんな空気が数年前まであったように思います。「就職は夢を諦めることでしょ」みたいな声を聞くこともありました。でも、そうじゃありませんよね。今は多様な生き方があります。
なんならひとつに絞らず、2つも3つも目の前の仕事を大切にしていったっていいんですよね。どんな職種であれ、相乗効果で自分の人間性や感性を深めてくれますし、目の前にあること一つひとつにチャレンジしていくことは自分の可能性を必ず拡げてくれます。
なので、どのようなビジョンを描いていたとしても、まずは「話聞かせてよ!」みたいな感じで学生のみなさんとは向き合っていますね。「進路相談」みたいなガッチリしたものも必要ではありますが、まずはざっくばらんに学生のみなさんと「キャリア」の話をすることも大切なのではないかと考えています。
──キャリアに関するイベントを学内で実施したことがあると耳にしました。どのような企画だったのかお聞きしたいです。
昨年度は声優アニメソングコースの先生方に向けてキャリアアンケートを作成し、その回答内容をコース全学年の学生にシェアする試みを実施してみました。学生のみなさんにも先生のアンケートを読んだ感想を書いてもらい、それをまた先生方にも匿名で共有しました。
学生のアンケートを見てみると、「先生も失敗したことがあるんだ」とか「大きなこともそうだけど、目の前のことを大事にすることが1番なんだ」とか、いろんな声がありましたね。紙ベースで実施したものではありましたが、コース内の先生方と学生の距離がさらに近づき深まったのであればいいな、と思っています。
今後は先生方と学生のみなさんが「キャリア」について気軽に話し合える座談会のようなものを開いてみたいです。絶賛企画中ですので、実現できるように頑張ります!
なんでも完璧じゃなくて、大丈夫!
──最後に、洗足に通う学生に向けて鈴木先生からメッセージをお願いいたします。
卒業後のことを考えると、「自分はまだ1歩踏み出せていない」と感じて落ち込んでしまう瞬間もあるかもしれません。人と自分を比べて、結果を急いでしまうこともあるかもしれない。
でも、どこかで自分の心を急がせないというか、泳がせておくというか。ひとつのことにこだわるのはいいことだけれど、囚われてしまうと「それができない自分はダメ」って思ってしまいますよね。だから、なんでも完璧じゃなくたっていいと思うのです。
もちろん、夢に向かってアクションを起こし続けることは、チャンスを掴むために必要だとは思います。しかし、目標のビジョンを描きつつ、まずは目の前のことを一つずつ、粛々と、責任を持ってやり遂げること。それが何よりも大切ではないでしょうか。
約束をしっかり守ったり、言い訳をしなかったり。あとはメールを丁寧に書いたり、ちゃんと挨拶ができたり、とかね。音楽表現以外の部分にある「小さなところ」をどれだけ丁寧かつ大切にし続けられるか。思いもよらぬご縁は、そんなささいなところから繋がってくるのかもしれません。
アクションを起こしながら、たまに心を泳がせる。そのうえで小さなところはどこまでも丁寧に。そんなことを大切にしながら学生生活を送っていると、きっと素敵なチャンスに巡り逢える。私はそう思っています。
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Text and Photographed by 門岡 明弥