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子どもを戦争に感化させる仕掛けには事欠きませんー子ども向け軍歌レコードもありました

 こちら、ショーチクレコードスタジオという、京都に本社があった、主に8インチの子供向けレコードを製作していた会社の品です。

勇ましい絵の「軍歌集」
これも「報国」といったもの勝ち

 SP版のレコードを持ったことのある方ならよくわかっていただけると思いますが、一枚がすごく重いのです。ですので直径が18センチほどの小さなサイズなら、子どもも遊びで使えるという次第。1928年2月に全身の昭和レコード製作所が設立され、満州事変が1931(昭和6)年9月18日の柳条湖事件を機に勃発した直後の同年10月、「ショーチクレコードスタジオ」と社名を変更しています。

日の丸が軍歌集に合うと考えたのでしょう

 この軍歌集も、「独立守備隊の唄」が満州の一線に立つ部隊の唄なので、1932-33年ごろ発行されたものでしょうか。開いてみますと…

ああ、1枚ないんです(´;ω;`)

もう一度開くと…

3枚セットが一望に!

西南戦争の警視庁の精鋭を歌った「抜刀隊」、従軍看護婦の「婦人従軍歌」、そのほか「敵は幾万」、日露戦争の遼陽の激戦で戦死した軍神「橘中佐」、日清戦争の黄海海戦を歌った「勇敢なる水兵」、そして独立守備隊の唄の6曲があります。

女児向けに婦人従軍歌を入れたか
勇ましい曲、軍神の曲といろいろ
勇敢なる水兵は、のらくろの替え歌にできました。

 第12集とあるので、過去にはどんなのを出していたか、おそるおそる見てみますと…

ちょっとほっとする内容

 少し安心しました。
 しかし、この後も満州国家とか、大陸に進出する日本を子ども心に植え付けるようなレコードを出していきます。まあ、売れたんでしょうね。1940(昭和15)年ごろまで営業は続いていたようです。
 ちなみに、演奏は松竹でやっていたりしますが、社名のショーチクは昭和の昭と蓄音機の蓄をとっていて、特別な関係はなかったようです。
           ◇
 ところで、この抜刀隊の歌詞、ごらんください。

抜刀隊

 西南戦争を題材にしている、いわゆる内戦の唄を政府側から歌った曲なんですね。軍隊が天皇の軍隊だから、敵は「天地容れざる朝敵」なんですね。これがいつの間にか、陸軍行進曲となり、太平洋戦争中は学徒出陣での演奏が一番有名な場面です。
 しかし、今は陸上自衛隊が、抜刀隊をベースとした陸軍行進曲をそのまま使っているんですね。海上自衛隊の旭日旗とともに、日本国憲法の世の中にある自衛隊として適切かどうか。そんなこともつい、考えさせられてしまいます。
 ちなみにこのレコード、収蔵している蓄音機で再生してみましたが、だいぶ擦り切れていて、歌詞を聞き取るのは困難でした。だいぶ楽しんだのでしょうね。無事、戦時下を乗り切られてくださっていたならうれしいことです。

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