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エントロピー増大は一方通行のドア

プロジェクト管理には必ず「できる/できない」の判断が伴います。全体について、或いは部分的にでも、与えられた条件では「できない」と判断せざるを得ないケースも出てきます。

いくつか理由を挙げて「できない」旨を伝えたところ、担当を外されたこともありました・・・もちろん、必要なリソースの調達や、仕様の見直しなどに協力して頂いたケースもあります。様々な(大人の)事情から、調整を進めること自体にストップが掛かったこともありました・・・。

関係者の合意を形成する手段のひとつに、目をつぶってテスト結果を示す方法もあります。ダメだったら「元に戻せばいい/やめればいい」場合には、言われた通りに実行したこともありました。
但し、一度やってしまったら「元に戻せなくなる」ケースは少なくありません。これはハードウエアの物理的な破壊や改造だけでなく、人と組織、人と人との信頼関係などにも当てはまります。
実績のある仕組みを崩して、顧客や取引先が離れていくような変更を「ダメ元で」やってみるのは大きなリスクですが、現場にいて肌感覚で理解できるような話も、会議室では伝わらないことがあります。

物理的に「元に戻せない=不可逆」といえば、「エントロピー増大」です。これを用いて何とか説明できないものか・・・と、片っ端から入門書を紐解いてみた時期がありましたが・・・そもそも「エントロピーとは?」から抽象的で難解な概念なので、これには挫折しました。。

” エントロピーとは、エネルギーの分散、不可逆性を示す状態量である ”

ぼく自身の理解としては、こういうことなのですが・・・エネルギーって、分散させちゃうと元に戻せなくなるのです。(「覆水盆に返らず」という諺もありますね。。)漠然とですが、この無常観?みたいなものは、どこかしら仏教の教えにも通ずるところがあるように感じていました。

三十年前にまだ禅に参じなかった時は、山を見れば山、水を見れば水であった。そののち親しく師に参禅して悟ってみたら、山を見ると山でなく、水を見ると水でなくなった。しかし今万事が片付いてみると、山は依然として山であり、水はただ水である。

中国宋代の禅僧、青原惟信の言葉

ちょうど、ある本を読んだ中で、こちらの言葉に出逢った直後だったので、以下のエントロピー入門書を開いた時は、思わず笑ってしまいました。。

トコトンやさしいエントロピーの本(日刊工業新聞社)

また同じような状況に置かれた時に「できない理由」をどうやって説明したらいいのか?・・・それは長らく、自分の中で宿題になっていました。

最近になって、Amazon関連の本で以下のような記述を見つけました。

 アマゾンで働いていると、よく投げかけられる問いがあります。
 こんな問いです。
「それは、ワンウェイ・ドア(one-way door)か、それともツーウェイ・ドア(two-way door)なのか?」

Amazon Mechanism (アマゾン・メカニズム)  イノベーション量産の方程式

これは、ジェフ・ベゾスが株主に宛てた手紙の中で、意思決定に関して述べたものから来ているようです。

いくつかの決定は、重要で不可逆またはほぼ不可逆的な「一方通行のドア」で、これらは体系的に、注意深く、ゆっくりと、十分な審議と協議と共に決める必要があります。もし、あなたが通り抜けた後に見るものが気に入らなくても、元の場所に戻ることはできません。我々はこれらをタイプ1の決定と呼ぶことができます。しかし、ほとんどの意思決定はそうではありません。それらは変更が可能で、元に戻すことができる「双方向のドア」です。もしあなたが最適ではないタイプ2の決定を行った場合、その結果に長く留まる必要はありません。あなたはドアを再び開けて戻ることができます。タイプ2の決定は、判断力の高い個人または小さなグループで迅速に行うことが可能で、またそうするべきです。 

米国証券取引委員会 ジェフ・ベゾスが2010年に株主へ宛てたレター

・タイプ1の決定:元の場所に戻れない「一方通行のドア」
・タイプ2の決定:元に戻ることができる「双方向のドア」

もともとは「重要でない判断は担当者(担当部署)主導で行うべき(→何でもかんでも上層部にお伺いを立てればいいってもんじゃない)」という趣旨だったようです。注意深く審議するべき「重要な決定」の定義を「不可逆またはほぼ不可逆的」と表現しているところが「さすが!!」です。

本質的な解決ではありませんが「AmazonのCEOがこう言ってます」とジェフ・ベゾスの威光を借りることで、説得力が少し増すかもしれません。。


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