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学校にいる大人たちの幸せを支えたい。社会保険労務士から教育の世界に転職した、学校事務職員

教育現場への関わり方は、学校の先生になるという道だけじゃない。学校事務職員という立場から先生や生徒たちを支える道もある。

現在、私立の中高一貫校で事務長という立場から学校を支える北川力さん。北川さんは、紆余曲折の20代を経て、心機一転、社会保険労務士としてキャリアをスタートさせ、厳しい職場で鍛えられながら、やがて学校事務職員という仕事に辿り着いた。

学校現場と、学校法人の経営陣をつなぐパイプ役として頼りにされる北川さん。学校事務職員とはどのような仕事なのか。紆余曲折あったキャリアから得たものが、どんな形で今に生きているのか、話を聞いた。


学校事務職員は「なんでも屋さん」。皆が困ったときの最後の砦

——北川さんは現在、土佐女子中学高等学校の事務長として働かれていますね。学校事務職員とはどのようなお仕事なのですか?

私が現在お世話になっている土佐女子中学高等学校は、高知県にある私立の女子中高一貫校です。ここで事務職として働き始めて11年目になります。

2019年から事務長というポジションになり、事務職員のマネジメントはもちろん、主に法人としての学校組織の運営、とりわけ財務面の管理や理事長と校長のサポートをする秘書的な立ち回りなどをしています。

また、小さな組織ですので、校舎のトイレの水が出ない、電球が切れた、変な電話がかかってきた、保護者からの問い合わせや苦情が届いている等々、日常的に起こる困り事から突発的な事態への対応まで、窓口となって幅広くカバーしています。

学校事務職員を分かりやすく言い換えるなら「学校の中のなんでも屋さん」ですね。皆が困ったときの最後の砦みたいな仕事です。

8人いる事務職員は本当に幅広い仕事に対応してくれていますが、事務長である私の大事な役割としては、法人の運営、特に財務面と人材面の管理を重点的に行っていくことです。

校内の調整役として頼りにされている北川さん(左)

——経営のサポートから現場の細かい困りごとへの対応まで、学校事務には本当にさまざまなお仕事があるのですね。その中で今、北川さんが特に注力していることはどんなことですか?

今は全国的に子どもの数が少なくなり、学校の運営をどうしていくかは多くの学校さんが悩んでいると思います。当校も同じで、今後しっかり学校を運営していかないと、5年先、10年先がないという危機感を強く持っています。

そのような現状の中で、今年度は意思決定をする理事会、現場に立つ教員、学校事務職員も含めた関係者を全て巻き込んで、学校のあり方に関してどういった方向性にするかの検討に取り掛かっています。私はその取りまとめに全力を注いでいます。

私立の学校は、法人としての部分と学校としての部分とで意思決定が分かれています。私は、理事長を含めた法人側の人たちと、先生たちが立つ学校側の考えをすり合わせる役割です。つまり、現場の声を上に届けて法人側の理解を深め、逆に法人側の考えや財務状況、今後の見通しをきちんと現場に落としていくパイプ役を果たしています。

課題がてんこ盛りなこの変化の過渡期で事務長として立ち回るのは、結構大変で辛いときもありますが、捉え方を変えれば、逆にすごく幸運なこと。重要な局面で大事なバトンを渡されるなんてことは人生で滅多にないことだから、この機会には感謝していますし、やりがいを感じています。

——とても重要なポジションに立っておられるのですね。学校事務職員として、現場に立つ先生とは違う目線だからこそ大事にしていることはどんなことですか?

語弊を恐れずに言うと、私は子どもの方には目が向いていなくて、学校にいる大人がどう幸せになれるかという目線でものごとを考えています。

なぜなら、子どもたちの前に立つ大人たちがまず幸せにならないといけないと思うからです。だからこそ、組織として、やはり大人を中心に考えるべきだと私は思っていて。先生たちが生徒を見ている、その先生たちの背中を私が見ている、という感じ。

もちろん、子どもたちと活動したり会話したりすることがすごく好きな事務職員もいます。例えば卒業生がうちの事務職員になるケースがある。その事務職員にとって生徒たちは後輩ですから、学生だった当時の自分を思い出しながら、私が取れない距離感で目の前にいる生徒たちとコミュニケーションを取っています。

また、事務職員の中には学校の外の世界とつながる人も結構います。地域の人たちとつながる人、保護者とつながる人、本当にさまざまで、その人の身の処し方や目的意識次第で、どこともつながれます。

学校事務職員だからといって、学校の中に閉じて誰かとつながれないかというとそれは違って、学校事務職員の人たちに忘れないでほしいのは、学校に関係するどんな人とも絶対につながることができるということ。そこは大事にしてもらいたいですね。

たまたま教育の世界に出会い、心に火がついた

——学校にいる大人たちが幸せでいられるように支える、という視点が素敵ですね。北川さんは、なぜ学校の事務職に就こうと思ったのですか?

紆余曲折の末に、ご縁が重なりこの仕事にたどり着いたという形です。

私は大学卒業後、定職に就かない時期を経て、心機一転、まともに働こうと就職した社労士事務所で、一人前の社会人になるために本当に厳しく鍛えられました。そろそろ社労士として一通りのことを覚えて自信も出てきたし、次のステップに行こうかなと考えていたある日、地元の新聞でたまたま見つけた求人情報が、専門学校を持つ学校法人による学校事務職員の募集でした。

結果的にそこに転職した、というのが事務職員としての始まりです。なので、その時点で教育に対する何か熱い思いがあったわけでは全くなくて(笑)。ただ、その学校法人で働きながら、業務外で勉強会やセミナーに足を運ぶうちに、校種を問わずさまざまな立場の教育関係者の方たちとの出会いがあり、次第に教育という世界への好奇心に火がつき、現在に至ります。

私は本当に、風に吹かれて生きてきたようなところがあって。好きな言葉は「置かれたところで咲きなさい」なんですが、私自身、置かれたところで皆さんに可愛がっていただきながら精一杯やってきました。いろいろな経験をしてきたからこそ分かるんです。人間、本当に置かれたところ、どこにいても咲けるよな、と。

今の場所でも、どこまで大きい花を咲かせられているかは分かりませんが、咲いてはいる。初めから教育の世界に行こうと決めていたわけではなく、たまたま教育の世界に出会い、心に火がついてしまったというご縁です。

学校事務職員でありながら、
社会教育士など多岐にわたる活動もしている

——全く違う業界に飛び込むことになったと思うのですが、転職したての頃はやはり大変でしたか? 当時のことで何か印象的だったことがあればお聞かせください。

とても大変でしたね。その学校法人では、一応社労士として労務管理などの仕事もさせていただきつつ、理事長と副理事長の信頼を得ていたので、秘書のようなことから、総務、経理、学生募集まで、全てをひっくるめてやらせてもらっていました。

理事長と副理事長は兄弟だったのですが、二人で力を合わせて一世一代で学校法人を大きくした人たちです。なので、どこかネジが飛んでいるようなところがあるんだけれども、ものごとの多角的な考え方、捉え方、見方などはすごく鋭い。いろいろなことを教えていただき、本当に勉強になりました。私にとって師匠と呼べる方々ですね。

師匠と言えばもう一人、私に大きな影響を与えてくれた人がいます。それは、初めて定職に就いたときの社労士事務所の所長です。

入所する前、ハローワークの人に「ここは厳しすぎるからやめておいた方がいい」とまで言われましたが、「厳しいなら短期間でスキルが身につくから、むしろいいじゃないか」と思ってそのまま就職したら、本当に厳しい人で(笑)。

所長としては、社会人経験ほぼゼロの人間を雇うわけです。憎まれ口をたたかれながらも、鍛えてもらいました。社会人として自分が一人前になることだけを考えて、とにかく必死に食らいついていくような2年間でしたね。でも、この人も一代で事務所を大きくしてきた人。学校法人の理事長たちと同じように、並大抵ではないような部分がありながらも、今の自分を作る大切なスタンスを教えていただいたと思っています。

——刺激的なトップマネジメントの下で積まれてきた経験やスキルが、今に生きているのですね。

本当にその通りです。スキル面以外の、人とのつながりという面においても、大切なことを教えていただいたと思います。

これは私の根底にある考え方でもあるのですが、労働者と雇用主というドライな関係であるよりも、もっと家族的な、人と人とが心を通わせながらつながっていけるような関係性を、すごく大事にしたいんです。その点、私の師匠たちは、どちらかというと相当無茶で乱暴なことも言う豪快な人たちでしたが、人間的な魅力があり、とても好きでしたね。彼らから学んだことが、今の自分自身を形作ってくれていると思います。

これまで受けてきた恩を、教育の世界で還元したい

——北川さんは、きっと誰に対してもポジティブに向き合われてきたのだろうなと、これまでの歩みを聞いて感じます。

ありがとうございます。自分の中で、なかなか定職に就けずやりたいことも見つからなかった20代は暗黒の時代なんですが、あの頃に出会った人たちは皆本当に優しくて、そんな私を支えてくれた。世の中捨てたもんじゃない。そう思いました。とにかく人の善意をまずは信じること、世の中・社会・人に対して前向きでいられていることは、師匠を始め、あの頃出会った人たちのおかげです。

私はきっと、人との出会いやつながりの運だけは、人一倍、恵まれています。だからこそ、あのとき私と関わってくれた人たちに、どこかで恩返しがしたい。そんな気持ちがあるんです。

——どんな恩返しの形が考えられるでしょうか?

私がまだ知ることができていない、まだ拾い上げられていない、一緒に働く仲間たちの魅力であったり良さを見つけて、それらをどういう風に育てていくか、その人の成長をどう支えていくかを、マネジメントの立場として考えていきたいと思います。

その人たちが事務職や教員の仕事をする中で、幸せ(ウェルビーイング)な状態であるために、自分にできることをしっかり取り組んでいかなければなりません。

私は現在、学校の事務職員である傍ら、社会保険労務士と社会教育士、さらにファンドレイザーとしても活動しています。

ファンドレイザーは、非営利組織の資金調達を専門に行う職業で、日本でも最近注目されつつあります。これらの専門知識も生かして、学校にいる教職員や事務職員の皆さんの人生を私が豊かにする...という言い方はおこがましいですが、この人たちに「北川が事務長でよかったな」と思ってもらえるようなことを成し遂げないといけないなと思います。

——北川さんの、まるで家族に向けるようなやさしくて熱い思いが伝わってきます。最後に北川さんのように、民間企業から教育現場へのチャレンジを考える読者の皆さんへメッセージをお願いします。

今、日本の教育は過渡期にあり、学校も大きな変化の中にいます。少子化に歯止めがかからない中で、どの学校も安泰ではなく、財政的にも存続自体が危ぶまれているところもあり、非常に厳しい状況に立たされています。

ただ、だからこそ、本当に挑戦のしがいはあると思います。皆さんが企業やさまざまなところで培った知識やスキル、人とのつながりを必ず生かすことができる世界です。ですので、もし少しでも教育の世界に興味があったら迷わずに、まずは入ってみてください。教員免許を持っていなければ、私のような学校事務職員という道もあります。

日本の教育が変わっていくには、もう外の力を借りないと学校がこれからいい教育、価値のあること、おもしろいこと、ワクワクすること...そういったことができないような状況だというのは、誰もがどこかで感じている。皆さんには、必ずどこかで、その力を存分に発揮できる場所があります。それが教育の良さであり、学校の素敵なところだと思います。

ありとあらゆるところから来た仲間、同僚がほしいです。心配する必要はないので、大丈夫だと信じて、扉をノックしてみてください。

取材・文: 峰岸 巧| 写真:ご本人提供